西岸境界流 『黒潮』
 目次
 1)黒潮とは?
  西岸境界流  貿易風  熱帯収束帯  黒潮続流  熱塩循環
 2)水塊
 北太平洋亜熱帯循環 北太平洋亜熱帯モード水 北太平洋回帰線水 北太平洋中層水
 3)オホーツク海気候
 4) 南東の季節風モンスーンの軌跡
 5)アリューシャン低気圧
 6)オフォーツク海を起点にする溶解鉄の循環
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 安曇野 大王わさび農場  2025年5月2日
 作付面積15haに及ぶ日本最大のわさび畑
「日本の名水百選」に選ばれた「安曇野わさび田湧水群」

 1)黒潮とは?
       
 黒潮とは、北太平洋の西岸境界流の一つであり、日本南岸を流れる強い暖流である。西岸境界流とは、大洋の西側に沿って流れる強い海流 のことで、黒潮のほかにメキシコ湾流なども含まれる。西岸境界流の特徴は、大洋の西側では、黒潮の元となる北赤道海流がフィリピン諸島によって進行方向を遮られ、そのまま直進できないため、一部の海水は南へ流れるが、さらに地球の自転の影響(コリオリ力)で北半球の海流は右()へ曲がる。その結果、北へ流れるが、これにより、黒潮は日本南岸に沿って 幅が狭く、流速が速い 海流として流れる。
 西岸境界流には、各地域に特有の強い暖流が含まれている。
      - 北太平洋: 黒潮 日本南岸を流れる暖流
      - 北大西洋: メキシコ湾流 アメリカ東岸を流れる暖流
      - 南太平洋: 東オーストラリア海流 オーストラリア東岸を流れる暖流
      - 南大西洋: ブラジル海流 (南アメリカ東岸を流れる暖流
      - インド洋: アグラス海流 アフリカ南東岸モザンビーク海峡を通る暖流

 北赤道海流から分岐する海流は黒潮以外にも、代表的なものとして ミンダナオ海流がある。ミンダナオ海流は、フィリピン東方で南下し、インドネシア中部周辺のスラウェシ海を経由し、インドネシア通過流Indonesia Throughflow(ITF)の一部としてインドネシアの多島海を通過してインド洋へと流れ込む。この流れは、太平洋とインド洋をつなぐ重要な海流の一つであり、これも西岸境界流の一種であり、ミンダナオ海流は、黒潮とは逆方向に流れるため、熱帯域の海洋循環に重要な役割を果たしている。インドネシア多島海は世界で最も海面水温が高い地域の一つであれば.、短周期の渦が海水温の変動に影響を与える。
 インドネシア多島海内で水塊の特性が変化し、潮汐混合の影響を受けることで、表層が冷却され、塩分濃度が変化する。 インドネシアは赤道直下であれば、年間を通じて高温多湿な気候が続く。季節風(モンスーン)が降水量や気温に大きな影響を与え、乾季(5月~10月)と雨季(11月~4月)がはっきり分かれる。ミンダナオ海流は、インドネシア通過流として、太平洋とインド洋の間で水の交換を促進する役割を担っているため、インドネシアの気候や海洋環境に深く関わるばかりか、世界的な気候変動にも影響を及ぼす重要な海流でもある。
 また、北赤道海流は一部が東向きに流れる赤道反流へと変化することもある。赤道反流は北赤道海流や南赤道海流と逆向きに流れる海流で、通常は西から東へ向かう。この反流は、貿易風によって生じる海水面の傾斜が原因で発生し、特に太平洋では顕著に見られる。インド洋では季節風の影響を受けるため、北赤道海流とともに消滅することがある。これらの海流は、太平洋の大規模な海洋循環の一部として機能している。
 貿易風は、地球の壮大な大気循環の一部として年間を通じて安定して吹く恒常風であり、赤道付近から亜熱帯高圧帯へ向かう風の流れによって形成される。地球は球体であるため、赤道付近では太陽の高熱を多く受けて空気は温められて上昇し、極地方の空気は冷却されて下降する。赤道付近の熱帯収束帯Intertropical Convergence Zone(ITCZ)で、上昇気流を形成した空気は、上空で高緯度へ移動し、亜熱帯高圧帯(約30度付近)で下降する。下降した空気は地表を赤道方向へ流れ込む。このとき吹く東風が貿易風で、北半球では北東貿易風、南半球では南東貿易風として吹く。地球の自転によって、移動する空気は北半球では右向きに、南半球では左向きに曲げられる。
 熱帯収束帯の北側で北東貿易風、熱帯収束帯の南側で南東貿易風が吹く。地上から対流圏を観測すると、南北の高圧帯から常に風が吹き溜まり、常時風がこの帯域に収束しているように見えるので熱帯収束帯という名前が付いている。
 貿易風は赤道付近で東から西へ吹き続けるため、海水が西側に押し寄せられ、結果として西側の海面が東側よりも高くなる。この水位差が生じることで、海水は重力によって東へ向かって流れる。これが赤道反流の原動力となる。特に太平洋では、この水位差が約63cmにもなると計算されており、大西洋では約14cmの水位差が生じている。この傾斜による流れは、北赤道海流や南赤道海流とは逆向きに、西から東へと流れる。
 さらに、赤道反流の内部構造は複雑で、表層では北から南へ、深層では南から北へ向かう環流が存在する。また、反流の北縁では海水が発散し、下層が上昇する一方、南縁では収束し、下層では沈降するという特徴的な流れが見られる。この上昇流は栄養豊富な深層水を表層へと運び、プランクトンや魚類の繁殖にとって重要な役割を果たしている。このように、貿易風による海水面の傾斜が赤道反流を生み出し、海洋循環の中で重要な役割を果たしている。

 黒潮の流域は、フィリピン東方で北赤道海流から分岐し、日本南岸を北上し始める。房総半島沖で東向きに流れ、『黒潮続流』として北太平洋へ広がる。黒潮続流は、熱帯から温帯へ熱を輸送 し、気候変動に影響を及ぼす。また、黒潮続流域では、亜熱帯水と亜寒帯水の境界が形成され、海洋の混合が活発に行われるが、その流域では、強い水温勾配(水温前線帯)が見られる。水温勾配とは、海洋や湖などの水温が空間的に変化する度合いを指す。つまり、ある地点から別の地点へ移動したときに、水温がどれだけ変化するかを示すもので、特に、海洋では水温勾配が強い場所があり、これが気候や海洋生態系に影響を与える。水温前線帯とは、水温勾配が特に急激な領域を指す。例えば、暖流と寒流がぶつかる場所では、異なる水温の海水が接するため、顕著な水温前線が形成される。日本近海では、黒潮と親潮の境界が代表的な水温前線帯で、このような前線帯は、海洋の循環や気象に影響を与え、魚の分布や漁業の収穫にも関係している。その黒潮続流域の水温前線帯は、日本南岸の房総半島沖から東へ向かう黒潮続流の流れに沿って展開している。この海域では、亜熱帯循環の高温・高塩分な黒潮系の水と、亜寒帯循環の低温・低塩分な親潮系の水が接するため、水温の急激な変化が見られる。
 黒潮続流と親潮は直接一体化するわけではないが、日本東方の海域では両者の水が混ざり合う「混合域」が形成される。黒潮続流は暖かく塩分濃度が高い亜熱帯の海流で、親潮は低温・低塩分、そして栄養豊富な亜寒帯の海流である。この二つの海流が接する場所では、冷水渦や暖水渦が入り混じり、海洋生態系にとって重要な環境が生まれる。
 黒潮続流と親潮の混合域は、世界でも有数の漁場となっており、多くの魚種が豊富に獲れる場所として知られている。 しかも漁獲量が高くなる傾向がある。これは、栄養豊富な親潮の冷たい水と黒潮の暖かい水が混ざり合うことで、植物プランクトンが大量に発生し、それを餌とする魚が集中するからである。また、近年の研究では、黒潮続流の北偏傾向や海水温の変化が漁獲量に影響を与えていることが指摘されている。例えば、暖水性の魚類が増加する一方で、冷水性の魚類が減少するなど、漁業資源の変動が見られる。
 北太平洋には「亜熱帯循環」と呼ばれる中緯度域を東向きに流れる北太平洋海流が流れ、黒潮続流は、日本東方の海域で黒潮から分かれ、暖水を東へ運ぶ流れであるが、北太平洋海流の主要な構成要素の一つとなっている。この循環は、黒潮続流だけで構成されているわけではなく、カリフォルニア海流や北赤道海流など、他の海流とも連携しながら北太平洋の大規模な循環を形成している。低緯度の温かい海水を中高緯度へ運び、逆に冷たい海水を低緯度へ輸送することで、熱の分配に大きく貢献している。また、親潮系の冷水渦や中規模渦が影響を与えることもあり、海洋の熱輸送や生態系に重要な役割を果たしている。
 親潮は最終的に、日本東方の海域で黒潮と接触し、一部は北太平洋海流として東へ流れていく。この流れは太平洋を横断し、カリフォルニア海流へとつながることで、北太平洋の大規模な海流循環の一部を形成する。その一方で、親潮の一部はオホーツク海へ入り、さらに低温・低塩分な海水と混ざりながら循環し、再び千島列島沿いを南下することで親潮の流れを維持する。このように、親潮は北太平洋の海流システムの中で重要な役割を果たしながら、栄養豊富な水を供給し続けている。 つまり、黒潮と親潮は直接一体化するのではなく、混合域を通じて相互作用しながら北太平洋の海流システムに影響を与えている。
 気象庁は、『黒潮続流の変動』に関して
 「北太平洋における亜熱帯循環の西岸境界流である黒潮は、日本南岸に沿って流れ、房総半島沖から東向きに流れます。この房総半島以東の流れは黒潮続流と呼ばれています。黒潮及び黒潮続流は、低緯度域から中緯度域へ多くの熱を輸送し、冬季の寒冷な季節風により本州南方及び東方海域で大気へ大量の熱を放出しています。
 アリューシャン低気圧は、北太平洋のアリューシャン列島付近で冬季に発生する低気圧で、その形成過程は、シベリア高気圧との相互作用によって特徴づけられる。
 秋が終わりに近づくと、シベリア高気圧が勢力を増し、日本付近を通過する低気圧が発達しながらアリューシャン列島方面へ移動する。この地域では、シベリア高気圧からの冷たい乾燥した空気と、移動してくる低気圧が運ぶ太平洋高気圧からの温かい湿った空気がぶつかり合い、低気圧が発達しやすい環境下にある。
 冬に入ると、日本付近を通過した低気圧がアリューシャン列島方面へ集中し、結果としてこの地域は恒常的に気圧が低い状態となる。この低気圧の勢力は年々変動し、黒潮などの海流や偏西風などの大気の大循環に影響を与え、気候変動にも関係している。
 このような大気海洋間の熱のやりとりは、北太平洋の10年規模の気候変動にとって重要であると考えられています。また黒潮続流域は、亜熱帯循環(高温・高塩分な黒潮系の水)と亜寒帯循環(低温・低塩分な親潮系の水)の境界となっており、その南側と北側の海域には、多くの中規模渦が存在しています。そのため、中規模渦による海水混合や黒潮続流を横切る海水交換が起こっています。そして、この海域に集まった海水が黒潮続流の南北方向に、北太平洋の広範囲に広がっていくことから、海水の循環経路の理解にとっても重要な海域となっています。
 さらに大気中に排出され、地球温暖化の主要な原因物質とされる二酸化炭素を吸収し、海洋内部へ送り込んでいる海域であり、北太平洋の二酸化炭素を含む様々な物質の循環においても大きな役割を果たしていると考えられています」と記す。

 2023年11月の海洋予測モデルJCOPE2Mでは、約2か月先までの予測を行っている。
 「黒潮続流が例年に比べて異常に北上しており東北沖は水温が高くなっている。また北海道南東方沖には暖水渦が存在する。その合間をぬって、親潮が南下している。水温5度線は平年より広がっており、平年より水温が高くなっている。気象庁が診断している親潮の面積も平年より小さくなっている。
 黒潮続流の北上の南は流れとしてくびれており、渦としてちぎれそうな形をしている。しかし、今後の予測は、渦がちぎれそうで、ちぎれずに続くという予測になっている。先月までの予測では渦がちぎれると予測して、実際にはにはちぎれないということが続いており、黒潮続流の北上はなかなか解消しがたいようだ。ちぎれた場合も暖水渦として影響が残り、沖合の暖水渦の影響もあるので、親潮域は水温が高い状態が続く。 日本海では水温が高く、北海道北部で水温5度線の分布が平年よりも広がっており、それが続く予測が見立てである。」

 親潮系の冷水渦は、黒潮続流と直接混合するわけではなく、混合域で相互作用する。日本東方の海域では、親潮前線と黒潮続流前線の間に「混合域」が広がっており、ここでは親潮から切り離された冷水渦や黒潮から切り離された暖水渦が入り混じっている。 冷水渦は、混合域内で複雑な動きをしながら周囲の水と熱や物質のやり取りを行い、徐々に小さくなっていく。場合によっては、冷水渦が黒潮前線を横切って黒潮の中へ南下することもある。このような現象は、海洋の熱輸送や栄養塩の分布に影響を与え、海洋生態系にも重要な役割を果たしている。つまり、親潮系の冷水渦は黒潮続流と完全に混ざるわけではなく、混合域で相互作用しながら影響を及ぼし合う。
 冷水渦は、黒潮や親潮などの海流から切り離された水塊が形成する渦であるから、特に黒潮続流の北側では親潮系の冷水渦が多く見られる。これらの渦は、海洋の混合を促進し、栄養塩の分布や生態系に影響を与える重要な役割を果たしている。 特に、黒潮続流の南側と北側の海域には、多くの中規模渦が存在し、これらの渦による海水混合や黒潮続流を横切る海水交換が起こっている。この水温前線帯は、季節や黒潮続流の安定期と不安定期によって変動し、時期によって流路が蛇行することもある。
 つまり、低緯度から中緯度へ大量の熱を輸送し、特に冬季には、寒冷な季節風によって本州南方および東方海域で大気へ大量の熱を放出し、地域の気温を上昇させる要因となる。海面水温が高くなると水蒸気の供給が増え、低気圧の発達や降水量の増加につながる。特に梅雨前線や台風の活動に影響を与えている。この水温変化は、大気場への影響を通して北太平洋の10年規模の気候変動に関与する。

 黒潮は、一般的に暖かい表層流として知られているが、深層部には冷たい海流が流れているわけではなく、海洋の循環によって異なる水塊が存在する。また黒潮の深さは一定ではなく、季節や気象条件、黒潮の蛇行によって変化する。黒潮は、表層では暖かく塩分濃度の高い水を運ぶが、深層では熱塩循環の影響を受け、密度の高い水が沈み込むことがある。しかし、黒潮の流れは強くしかも速く、深さ600~700mでも流速が1~2ノットknot(記号: kt, 1時間に1海里1,852m進む速さ)になることがあるため、単純に「二層構造」とは言えない。
 黒潮の塩分濃度は、一般的に比較的高い傾向がある。これは、黒潮が熱帯から温帯へ流れる暖流であり、蒸発が多いが、降水による淡水の供給が少ないためである。特に黒潮の中心部では、塩分濃度が 約34.5~35.0‰ になることが多い。
 熱塩循環は、海水の温度()と塩分()による密度差によって駆動される海洋の大規模な循環を指す。冷却と塩分の関係は、高緯度地域では、海水が冷却され、塩分濃度が高まることで濃縮され密度が増加する。この現象は 熱塩循環thermohaline circulationの重要な要素であり、深層水の形成に関わる。
 その冷却による密度増加のメカニズムは、水は冷たくなるほど密度が高くなる。特に高緯度地域では、冬季の寒冷な気候によって海水が冷却され、密度が増する。つまり、温度が下がると分子の運動が低下する。それにより密に詰まるため、密度が増加する。温度が高くなれば水分子が活発に動き、分子間の距離が広がる。
 水分子は 水素結合によって互いに硬く結びついている。温度が下がると水素結合が強まり、分子がより規則的に並ぶため、密度が増する。例外は、4℃で密度が最大になる理由は、4℃以下では、氷の結晶構造が形成され始めるため、逆に密度が低下する。
 氷は純水に近い状態で形成されるため、氷に含まれなかった塩分により周囲の海水の塩分濃度が高まる。これにより、塩分濃度が上昇し、密度がさらに増加する。密度が高くなった海水は、周囲の水よりも重くなるため、深層へ沈み込む。これが北大西洋深層水North Atlantic Deep Water(NADW)や南極底層水Antarctic bottom water(AABW)の形成につながる。
 密度の高い海水は深層へ沈み込み、深層流として移動する。沈み込んだ海水は、数百年~千年以上かけて世界の海洋を巡る(深層流の移動)。深層水は、赤道域や沿岸湧昇域で表層へ戻り、再び循環を開始する(深層流の湧昇)。

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 2)水塊
        
 大洋の水塊は、異なる温度や塩分濃度を持つ海水の塊で、それぞれの特性に応じて異なる流れを形成する。その水塊は、特定の温度・塩分・密度を持つ海水の塊であるが海洋の循環によって形成される。表層での冷却や蒸発により塩分が濃縮され、河川や降水による淡水供給による塩分低下する。風や海流の影響による混合もある。黒潮の影響を受ける日本近海では、黒潮水塊や親潮水塊などが存在し、これらの水塊の変動が漁業や気候に影響を与えている。
 水塊が混ざらずに存在できる理由はいくつかある。
 水の密度は温度や塩分濃度によって変わる。例えば、塩分濃度が高い水は密度が大きく、低い水は軽くなる。この違いがあると、上下に分かれて混ざりにくくなる。
 海や湖では、温度や塩分の違いによって層ができることがる。特に夏場は、表層の水が温められ、深いところの冷たい水と混ざりにくくなる。
 海流や風の影響で水が動くと、異なる水塊がぶつかっても混ざりにくくなる。例えば、海流が強い場所では、異なる水塊が並行して流れ続けることがある。
 一部の水塊には特定の化学成分が含まれていて、それが混ざるのを防ぐこともある。例えば、淡水と海水が出会う場所では、塩分の違いによってはっきりとした境界ができることがある。
 以上のことから、自然界では水塊は寧ろ本質的に混ざりにくい性質を持っている。水分子の拡散は非常にゆっくりであり、特に密度や温度が異なれば.混ざるのに長い時間が掛かる。海流や風の影響で水塊が移動しても、異なる水塊が層をなして並行して流れ続けるため混ざりにくくなる。

 北太平洋亜熱帯循環は、北太平洋の中緯度の概ね 北緯15度~40度 の範囲にある大きな時計回りの循環を形成している。この循環は、低緯度域の温かい海水を中高緯度域へ運び、また、中高緯度域の冷たい海水を低緯度域へと輸送することで、南北方向の熱の分配に大きく貢献しており、北太平洋周辺の気候システムおいて重要な役割を果たしている。北太平洋亜熱帯循環は、海上の風によって作り出されている。そのため、その強さは大気場の変化に応じて変動する。例えば、冬季に北太平洋の北部で卓越するアリューシャン低気圧の変動は、亜熱帯循環を構成する流れの強さや分布、さらには亜熱帯循環内部の多くの現象に影響を及ぼすことが知られている。
 特に、アリューシャン低気圧の強さは北太平洋の風の場を変化させ、それに応じて亜熱帯循環の流れの強さや分布が変動する。 また、アリューシャン低気圧の変動には約20年周期の強弱変動と南北移動による変動があり、それぞれ異なる気候パターン、Pacific/North American (PNA) パターンとWestern Pacific (WP) パターンと関連している。この変動は黒潮などの西岸境界流にも影響を及ぼし、数年のタイムラグtime lagをもって応答することが指摘されている。
 Pacific/North American (PNA) パターンとWestern Pacific (WP) パターンは、北太平洋地域の気候変動に関わる重要なテレコネクションteleconnectionである。 「tele-」は「遠隔」の意味で使っている。Pacific/North American (PNA) パターン は、北太平洋から北米にかけての大気循環の変動を示すもので、エルニーニョ・南方振動 (ENSO) と関連が深い。特徴としては、正のPNAパターンでは、アリューシャン低気圧が強まり、北米西部に高気圧が形成され、東部では寒冷な気候が発生する。
 南方振動とは、南太平洋東部で海面気圧が平年より高い時はインドネシア付近では平年より低く、南太平洋東部で平年より低い時はインドネシア 付近では平年より高くなるというシ−ソ−のような変動を南方振動と呼び、貿易風の強弱に関わること から、エルニ−ニョ/ラニーニャ現象と連動して変動する。また熱帯の西部太平洋と東部太平洋の間の海面気圧が、数年ごとにシーソーのように変動する現象のことも指す。現在では、この南方振動とエルニ−ニョ現象は、大気と海洋が密接に結びついた同一の現象のそれぞれ大気側、海洋側の側面と理解されている。
 エルニーニョEl Ninoと南 方振動Southern Oscillationのそれぞれの頭文字を取ってエンソENSOと呼ばれる。)

 負のPNAパターンでは、北米西部が寒冷になり、東部が温暖になる傾向がある。 ロスビー波Rossby waveの伝播により、北米の気候に大きな影響を与え、異常気象を引き起こすことがある。 Western Pacific (WP) パターンは、北太平洋西部の大気循環の変動を示し、アジア・北米の気候に影響を与える。特徴としては、正のWPパターンでは、日本付近の気圧が低くなり、寒気が南下しやすくなる。 負のWPパターンでは、日本付近の気圧が高くなり、温暖な気候が続きやすくなる。
 WPパターンは、アリューシャン低気圧の強弱や偏西風の蛇行と関連し、東アジアの冬季気候に影響を与える。 これらのパターンは、北太平洋の気候変動や異常気象の予測に重要な役割を果たす。
 (地球が回転している球体であれば、当然、大規模な流れは回転球体の影響をかなり受ける。もし空気の塊が、地表面に対して全く動いていなければ、宇宙から見ると地球にくっついた状態、つまり地球の自転に伴って同じ速さで回転していると見える。このように地球の自転に伴って生じる渦度のことを「惑星渦度」といい、低気圧の周りで反時計回りの風が吹いているのはその一例である。この回転球体の影響で高・低気圧は自ら西へ移動しようとする波動として振る舞う性質を持つ。この波をロスビー波と呼ぶ。
 高・低気圧は西へ移動しようとするが、上空の偏西風はそれを押しとどめようとする。結果として、高・低気圧がその場所にとどまり続けることがある。この時、偏西風の蛇行が持続して異常気象がもたらされることがある。なお、高・低気圧が移動しなくても、ロスビー波はその波動エネルギーを東へ伝えて、離れた場所に偏西風蛇行を引き起こすため、異常気象が各地で連鎖的に起こる要因となる。)

 北太平洋亜熱帯循環には、黒潮および黒潮続流、北太平洋亜熱帯モード水北太平洋回帰線水北太平洋中層水といった特徴ある海流や水塊が見られる。これらの海流や水塊は、日本を含む北太平洋周辺地域の気象・気候や海洋環境と関連していることが知られている。また、それらの変化は水産業をはじめとした日本の社会経済活動ばかりでなく、個々の個人生活にも多大な影響を及ぼす。
 近年の研究では、地球温暖化によって亜熱帯循環に様々な変化が生じると予測している。例えば、地球温暖化に伴う海上風の変化によって北太平洋亜熱帯循環全体が強化され、今後、黒潮の流量は増加すると考えられている。また、暖流である黒潮の流量が増加することで、日本近海を含む亜熱帯循環北西部の表層水温は他の海域に比べて大きく上昇すると見られている。このような海洋の変化は、気象・気候や水産資源の分布に影響し、日本をはじめとした東アジア地域での気象災害(大雨・暴風など)の増加や一部の魚介類の不漁を引き起こすことが懸念されている。
 気象庁は、黒潮・北太平洋亜熱帯モード水・北太平洋回帰線水・北太平洋中層水の時間変化を調べることで地球温暖化に伴う北太平洋亜熱帯循環の変化を監視し、日本近海を含む北西太平洋において、気候変動対策に必要な海洋環境の変化に関する科学的な知見を提供している。

 北太平洋亜熱帯モード水は、北太平洋の中緯度に広がる水塊で、特に水温と塩分の鉛直方向の変化が小さいことを特徴としている。この水塊は、冬季の冷却によって形成され、比較的均一な水温と塩分を持つ層として維持される。 一般的に、北太平洋亜熱帯モード水の水温は約16~19℃の範囲にあり、塩分は約34.6~35.0の範囲で安定している。この均一性は、冬季の強い混合によって生じ、春以降は表層の成層化によって維持される。 この水塊は、黒潮続流の南側で形成され、背景の海流や渦によって広範囲に運ばれる。また、モード水は気候変動の影響を受けやすく、長期的な変化を監視することが重要視されている。
  
 モードとは統計学の世界では、数値からなるデータがある場合に、そのデータを端的に表す値のことを「代表値」と言う。代表値として使われる値には、平均・中央値・モード(最頻値)があり、その最頻値を表す単語モードとは、最もデータ数の多い値、つまり特定のデータにおいて最も頻度が高い値を指す。何を測定したかによって表す値は異なるが、亜熱帯モード水の場合は水温と塩分だ。
 海洋は基本的に海面に近いほど温かく、海底に近いほど冷たい構造になっている。温かいほど比重が軽く、冷たいほど比重が重いためである。太平洋では水深が1,000mより深くなると、海水温はどの緯度帯でも5℃程度以下に下がる。しかし、1969年に発表された論文によって、亜熱帯域の深さ200~500m付近には水深が変わっても温度が一様になっている不思議な水塊が存在することが明らかになり、これを海洋物理学では亜熱帯モード水subtropical mode waterと呼んだ。
 海水の塩分は通常、実用塩分単位Practical Salinity Unit(PSU)、または千分率(‰)で表される。北太平洋亜熱帯モード水の塩分約34.6~35.0という値は、**PSUまたは‰**の単位で示されている。 PSUは、海水の電気伝導度を基にした単位で、ほぼ千分率(‰)と同じ値になる。つまり、塩分35.0‰の海水には、1リットルあたり約35グラムの塩が含まれているということになる。 海洋の塩分は、蒸発や降水、河川水の流入などによって変化し、地域ごとに異なる特徴を持っている。北太平洋亜熱帯モード水は比較的高い塩分を維持しており、海洋循環や気候変動の影響を受けながら変動している。
 北太平洋亜熱帯モード水は、北太平洋亜熱帯循環の北西部に広く分布する水塊であり、水温および塩分など一様な海水特性を持っている。この水塊のコア水温は約10年の周期で変動し、1980年頃から1990年頃にかけて上昇した後、高い状態を保ちつつ変動を続けている。近年では、2010年頃に極大となったものの、その後は比較的低い状態で推移している。 また、亜熱帯モード水の断面積も約10年の周期で変動しており、2010年代中頃に大きくなった後、黒潮大蛇行が発生した2017年以降は大きく減少している。コア水温の長期的な上昇傾向は地球温暖化との関連が指摘されており、今後も監視が必要とされている。 この水塊の変動は、冬季の大気による海面の冷却や、海洋表層の密度構造の変動に関係があると考えられている。冷却が強いほど、密度差が小さくなり、冷たく厚い亜熱帯モード水が形成される。

 北太平洋回帰線水は、東経137度(、本初子午線面から東へ137度の角度を成す経線。北極点から北極海・ アジア・太平洋・オーストラレーシア・インド洋・南極海・南極大陸を通過して南極点までを結ぶ。名古屋市の経度は東経136度47分31秒から137度3分38秒の範囲にある。 )に沿った塩分の鉛直断面図では、北緯15度の深さ150m付近を中心に塩分の高い層が見られる。この塩分の高い海水は、北太平洋の亜熱帯で沈み込んだ海水の一つで、北太平洋回帰線水と呼ばれている。この定線は、日本南岸から赤道域まで伸びており、黒潮や北赤道海流などの主要な海流を横断する形で設置されている。
 気象庁を代表する海洋観測定線である東経137度に沿った測線の観測は、凌風丸II世(1,598t)が就航した翌年の1967年の冬季に開始され、50年が経過した。この137度定線は、後年、気象庁長官や日本海洋学会長を務めた増澤譲太郎博士が「できるだけ大規模な現象の一般的変動を調べるため、島や海山などの局所的影響が少なく、北太平洋を代表する黒潮や北赤道海流などの海流系を横断する測線」として選定したもので、 ユネスコ政府間海洋学委員会が公式計画として、日本が中核となって計画した「黒潮およびその隣接海域の共同調査」に参加する形で始まった。

 海洋から蒸発した大量の水蒸気の一部は、大気の流れによって遠くまで運ばれ、陸上を含む他の地域の降水量に含まれる。近年、地球温暖化により、大気が含むことのできる水蒸気量が増加したことで海洋から大気へと供給される水蒸気も増え、その結果、様々な地域で降水量が増加している。蒸発がさかんな高塩分海域を起源とする回帰線水の塩分や形成量、そして分布量は、このような大規模な水蒸気の循環の変化を反映すると考えれば、これは、蒸発が盛んであるが降水の少ない北太平洋亜熱帯循環の中央部で形成されていることになる。この水塊の特徴として、蒸発が多く、降水が少ないため、塩分濃度が高くなる。約10年の周期で水塊の断面積が変動し、2010年頃から増加していたが、2016年頃以降は減少傾向にある。
 回帰線水は、亜熱帯循環の中央部(回帰線付近)にみられる海面塩分の高い海域で作られているため、亜熱帯循環中央部の海面塩分が高いのは、上記のように蒸発量が降水量を上回るためである。回帰線水は、この海面塩分の極大域から、表層の海水が冷えて重くなる冬季に海洋内部に沈み込み、時計回りの北赤道海流に沿って南西方向に広がっていく。亜熱帯循環では、海流が西側で強くなる「西岸強化現象」が見られる。これは地球の自転によるコリオリ力の影響で、黒潮のような強い西岸境界流が形成されるためで、この流れが塩分の高い海水を南西部へ運ぶ。太平洋亜熱帯循環の南西部では、黒潮続流や北赤道海流などの流れが収束しやすく、塩分の高い水塊が集まりやすくなる。やがて塩分極大層が太平洋亜熱帯循環の南西部に広く分布する。
 亜熱帯循環における蒸発量と降水量の多さを反映して、気候変動の影響を受けやすい水塊である北太平洋回帰線水の推移は、海洋環境や気候システムに影響が大きいため、長期的な監視が重要となる。
 「回帰線水」という名称は、回帰線の北緯・南緯約23.5度付近の海域で形成される高塩分水塊であることに由来する。回帰線(北回帰線・南回帰線)は、太陽が真上に来る最北・最南の緯度であり、これらの地域では亜熱帯高気圧が卓越し、乾燥した気候が形成される。ここの水塊が北太平洋回帰線水と呼ばれ、回帰線付近では、亜熱帯高気圧の影響で、蒸発が盛んに行われが降水量は極めて少ない。これにより、海水の塩分濃度が高くなり、高塩分水塊が形成される。特に北太平洋や大西洋の亜熱帯循環域では、回帰線付近で高塩分水塊が広く分布し、海洋循環に影響を与えている。 北太平洋亜熱帯循環の南西部に広く分布し、塩分極大層として存在する。このような水塊は、他の大洋にも見られ、例えば北大西洋や南半球の亜熱帯循環域にも同様の「回帰線水」が存在する。

 北緯約23.5度の北回帰線の付近に広がる海域は、いくつかの主要な海洋にまたがっている。代表的な海域としては、
  - 太平洋(西部) : フィリピン海、南シナ海、東シナ海の南部
  - 大西洋(西部) : メキシコ湾、カリブ海の一部
  - インド洋(西部): アラビア海の南部、ベンガル湾の一部
 この緯度は熱帯地域の一部を形成しており、世界の海流や気候に大きな影響を与えている。

 近年、回帰線水の形成域である亜熱帯循環の中央部において高塩化の傾向が報告されている。気象庁の船舶観測に基づく調査からも回帰線水の塩分の増加が明らかになっている(2020年)。回帰線水の塩分の増加は、地球温暖化に伴う亜熱帯循環域の海水の蒸発量の増加を反映したものであり、この蒸発量の増加は、日本を含む様々な地域の降水量の増加をもたらしている。回帰線水の塩分や分布は、気候変動に伴う気温や降水量の変化を調べるための手がかりであり、注意深く監視をする必要がある。

 北太平洋中層水は、北太平洋の亜熱帯循環域の中層(約200m~800mの深度)に広く分布する水塊である。東経137度に沿った塩分の鉛直断面図には、北緯24度の深さ700m付近を中心に塩分の低い層が見られる。この塩分の低い海水は北太平洋の亜寒帯に起源を持つもので、北太平洋中層水と呼ばれる。中層水は、オホーツク海や北太平洋亜寒帯域を起源とする低温で低塩分な海水が、本州東方の三陸沖で比較的高温かつ高塩分な亜熱帯起源の海水と混ざり、変質することで形成されると考えられている。形成された中層水は、時計回りの亜熱帯循環に沿って海洋内部を循環し、北太平洋の中緯度へと広がる。
 (気象庁を代表する海洋観測定線である東経137度に沿った測線。 この東経137度定線は、後年、気象庁長官や日本海洋学会長を務めた増澤譲太郎博士が「できるだけ大規模な現象の一般的変動を調べるため、島や海山などの局所的影響が少なく、北太平洋を代表する黒潮や北赤道海流等の海流系を横断する測線」として選定した。
 1967年に開始され、50年以上にわたり継続的に観測が行われている。)

 中層水は、北太平洋の海面から沈み込む海水の中では最も低温で密度が大きく、最も深くまで沈み込む海水で、海面を通して大気から受け取った熱や酸素を海洋内部に運ぶほか、亜寒帯域の表層に豊富な栄養塩(硝酸塩・リン酸塩・ケイ酸塩)やオホーツク海の沿岸域で特に豊富な鉄分を北太平洋の中層に輸送する働きを持つことが知られている。
 溶解鉄分は海洋生態系において重要な役割を果たしている。特に、植物プランクトンの成長を促進し、それを餌とする魚介類の生息環境を支える。海水中の鉄分は通常非常に低濃度であるが、河川からの流入や海底からの湧昇流によって供給されることで、海洋の生物生産を活性化させる。例えば、アムール川からオホーツク海へ流れ込む鉄分は、植物プランクトンの増殖を助け、それが魚介類の食物連鎖を支える要因となっている。また、鉄分が不足すると、植物プランクトンの成長が制限され、結果として魚介類の生息数にも影響する。魚介類自体も鉄分を含んでいるため、特にカツオやマグロ、アサリや牡蠣などは鉄分が豊富な食品として知られている。これらの魚介類を摂取することで、人間の鉄分補給にも役立つ。
 (溶解鉄分は植物プランクトンの成長において重要な役割を果たす。特に、鉄は光合成や栄養塩の同化に関わる酵素には必須な微量元素で、植物プランクトンの生理活動には不可欠である。
 海洋では、鉄の濃度が非常に低いため、鉄が不足すると植物プランクトンの増殖が制限されることがある。また、鉄は植物プランクトンの窒素代謝に関与する酵素の構成元素であり、特に硝酸還元酵素やアンモニア同化酵素の活性を促進し、植物プランクトンが海水中の硝酸塩やアンモニウム塩をより効率的に取り込み、タンパク質やDNAの合成に利用できるようになる。 また、鉄が十分に供給されると、植物プランクトンの光合成能力が向上し、エネルギー生産が活発になる。これにより、窒素の同化プロセスが加速し、成長速度が向上する。その一方、鉄が不足すると、窒素の利用効率が低下し、植物プランクトンの増殖が制限されることが知られている。
 この現象が、特に高栄養低クロロフィルHNLC)海域で顕著に見られる。鉄は植物プランクトンの窒素利用を最適化し、海洋生態系全体の生物生産を支える重要な要素となっている。
 HNLC海域(高栄養低クロロフィル海域)は、栄養塩が豊富に存在しながらも、植物プランクトンの生産量が低い海域のことを指す。これは主に鉄の不足が原因で、植物プランクトンの増殖が制限されていることによる。 現在もHNLC海域は世界の海洋に存在しており、代表的なものとして以下の地域が挙げられる。
   東部太平洋赤道域 ・南極海 ・北太平洋亜寒帯域 ・ カリフォルニア沖 ・ペルー沖など
  これらの海域では、鉄の供給が限られているため、太陽光エネルギーを吸収するクロロフィル濃度【鉄Feを錯体】が低くなり、結果として植物プランクトンの生産が抑制される。
 研究者は、鉄の供給を増やすことで生物生産を活性化できるかどうかを調査しており、過去には鉄を海水に添加する実験も複数回実施されており、一定の成功を収めている。
 これらの実験では、鉄の添加後に植物プランクトンのブルームBloom(大量増殖)が発生し、栄養塩の消費が増加することが観測された。特に、ケイ藻類が優占する傾向があり、これが海洋の炭素循環や生態系に影響を与える可能性が示唆されている。 ただし、鉄添加の長期的な影響についてはまだ検討段階にあり、海洋生態系全体への影響や二酸化炭素の吸収効率などを慎重に評価している。 )

 気候、物質循環、海洋環境、および生態系の観点で重要な役割を果たしているとされている中層水は、特に黒潮続流の北側や混合水域で顕著に見られる。この水塊の特徴は、塩分濃度が比較的低いが密度が高い、亜寒帯起源の冷たい海水が黒潮続流の北側で混合されていることを示す。 亜寒帯起源の水が混合されることで冷やされ、密度が高くなり、深層へ沈み込む傾向がある。

 オホーツク海の温暖化は、主に気候変動による影響が大きいとされている。特に、オホーツク海の風上にあたるロシア内陸部では、過去50年間で約2℃の気温上昇が観測されており、これがオホーツク海の海氷減少の主な要因と考えられている。 オホーツク海は北半球の海氷域の南限であり、ここで生成される海氷は塩分を排出しながら形成されるため、非常に重い水を生み出しす。この重い水は海中へ沈み込み、北太平洋中層水(200~800mの深さ)へと広がっていく。このプロセスは、北太平洋の中層循環を形成する重要な役割を果たし、オホーツク海は「北太平洋へのポンプ」とも呼ばれている。 しかし、温暖化の影響でオホーツク海の海氷生成が減少すると、重い水の供給が減り、北太平洋中層水の温暖化や酸素濃度の低下が進むことが懸念されている。この変化は、北太平洋の生態系にも影響を及ぼし、特に海洋生物の生息環境や栄養循環に影響を与える可能性がある。このような変化を詳しく調査するため、日本やロシア、アメリカの研究機関が共同でオホーツク海の観測を行い、北太平洋全体の海洋環境の変化を監視している。
 アムール川はオホーツク海に溶存鉄を供給する重要な役割を果たしている。その供給メカニズムは、アムール川流域には広大な湿地と森林が広がっており、これらの環境が溶存鉄の生成に寄与している。湿地では還元的な環境が鉄の溶解を促し、森林から供給される腐植物質が鉄と結びつくことで、河川水中の鉄が粒子化せずに海へ運ばれる。アムール川の水はオホーツク海へ流れ込むが、通常、河川の水中の鉄は汽水域で塩分と反応し、沈殿するが、オホーツク海では海氷の生成による熱塩循環が存在し、これが鉄の輸送を助けるため、外洋へと広がることが可能になる。そのアムール川から供給された鉄は、オホーツク海の潮汐混合によってさらに拡散され、東サハリン海流によって親潮域へと輸送される。このプロセスにより、オホーツク海や北太平洋の生物生産が支えられている。 このように、アムール川の流域環境とオホーツク海の海洋循環が連携することで、鉄分が広範囲に供給され、海洋生態系の持続性を担保する。

 黒潮続流の南側には高温・高塩分の海水が流れているが、その北側では亜寒帯起源の低温・低塩分の海水が存在し、これらが混合することで北太平洋中層水が維持される。長期的な変動に関する近年の研究では、北太平洋中層水の塩分が低下していることが報告されており、これは気候変動や淡水循環の強化と関連している可能性がある。長期的な気候変動によって偏西風の強度や位置が変化すると、偏西風が海面を吹くと、コリオリ効果の影響で海水は風向きに対して直角方向へ移動する。北半球では右向き、南半球では左向きにずれるため、偏西風が吹く中緯度帯では表層の海水が南へ輸送される(エクマン輸送)。
 オホーツク海周辺の亜寒帯海域では降水量が多く、表層の塩分が低くなる傾向がある。この低塩分水が親潮の海流に乗って南へ輸送されることで、北太平洋中層水の塩分が低下する可能性がある。また、黒潮続流周辺では塩分極小層が形成されることが知られている。黒潮の流路や強度の変化が中層水の塩分に影響を与えることがある。
 オホーツク海は北太平洋の中層水形成に重要な役割を果たしており、特に冬季の海氷形成が影響を与える。海氷が形成される際に塩分が排出され、これによって高密度の水が沈み込み、北太平洋中層へと広がる。
 塩分極小層は、北太平洋の中層(約300~700m)に広く分布する低塩分の水層で、北太平洋中層水の特徴的な構造の一つで、北太平洋亜寒帯域では降水が多く、表層の塩分が低くなる。 この低塩分の冷たい水が南へ輸送され、亜熱帯循環域の中層に取り込まれることで塩分極小層が形成される。周囲の水塊と比べて塩分が低く、特に亜熱帯循環域の中層で顕著に見られ、 塩分が低いため密度が比較的低く、長期間にわたって維持される傾向がある。北太平洋の亜熱帯循環域に広く存在し、黒潮続流の北側で特に明瞭な塩分極小が観測される。

 その一方、熱帯収束帯ITCZ)は赤道付近(北緯5度~南緯5度)に位置し、北半球と南半球の貿易風が収束することで上昇気流が発生し、降水量が多くなる。これにより、熱帯収束帯は湿潤な気候をもたらし、回帰線付近は乾燥した気候となる。
  高塩分水塊との関連 では、東経137度に沿った塩分の鉛直断面図には、北緯15度の深さ150m付近を中心に塩分の高い層が見られる。この塩分の高い海水は、北太平洋の亜熱帯で沈み込んだ海水の一つで、北太平洋回帰線水と呼ばれている。回帰線水は、亜熱帯循環の中央部(回帰線付近)にみられる海面塩分の高い海域で作られる。亜熱帯循環中央部の海面塩分が高いのは、ここでは蒸発量が降水量を上回るためで、ここの回帰線水は、この海面塩分の極大域から、表層の海水が冷えて重くなる冬季に海洋内部に沈み込み、時計回りの亜熱帯循環に沿って南西方向に広がっていく。

 海洋から蒸発した水蒸気の一部は、大気の流れによって遠くまで運ばれ、陸上を含む他の地域の降水量に影響する。近年は、気温の上昇(地球温暖化)により、大気が含むことのできる水蒸気量が増加したことで海洋から大気へと供給される水蒸気も増え、その結果、様々な地域で降水量が増加しているといわれている。蒸発がさかんな高塩分海域を起源とする回帰線水の塩分や厚さ(形成量、分布量)は、このような大規模な水蒸気の循環の変化をよく反映すると考えられ、気候変動を監視するための指標として注目されている。
 回帰線水の塩分や厚さ(形成量、分布量)の変動に関しては様々な調査が行われており、数年から10年程度の周期を持つ変動が報告されている。これら回帰線水の変動は、亜熱帯循環の中央部の蒸発量と降水量の変化の影響を強く受けていることがわかっている。近年、回帰線水の形成域である亜熱帯循環の中央部において高塩化の傾向が報告されており、気象庁の船舶観測に基づく調査からも回帰線水の塩分の増加が明らかになっている。回帰線水の塩分の増加は、地球温暖化に伴う亜熱帯循環域の蒸発量の増加を反映したものであり、この蒸発量の増加は、日本を含む様々な地域の降水量の増加をもたらすと考えられている。回帰線水の塩分や分布は、気候変動に伴う降水量の変化を調べるための手がかりであり、注意深く監視をする必要がある。

 気象庁は、黒潮・北太平洋亜熱帯モード水・北太平洋回帰線水・北太平洋中層水の時間変化を調べることで地球温暖化に伴う亜熱帯循環の変化を監視し、日本近海を含む北西太平洋において、気候変動対策に必要な海洋環境の変化に関する科学的な知見を提供している。こうした調査は、数値モデルの精度検証にも利用され、地球温暖化予測の向上にも貢献する。

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 3)オホーツク海気候
 オホーツク海気候は、オホーツク海周辺の気象特性を指す。特に冷涼で湿潤な気候が特徴で、冬季には海氷が広がり、寒冷な気候を形成するが、春から夏にかけては冷たい海水の影響で周囲の気温が低く保たれる。
 この地域では、オホーツク海高気圧が発生しやすく、冷たく湿った空気を日本の北部へ送り込むことにより、北海道などでは低温や日照不足が発生し、農業にも影響を受けることもある。また、オホーツク海気候は、梅雨前線の動きにも関与し、冷たく湿った空気を日本へ送り込むことで、梅雨前線の停滞を助長する。
 梅雨前線は、北のオホーツク海気団と南の小笠原気団がぶつかることで形成される停滞前線であるため、オホーツク海高気圧が強いと、冷たい湿った空気が南下し、梅雨前線の活動が活発化し、長期間にわたって雨が継続する。
 小笠原気団は、暖かく湿った空気の塊で、太平洋高気圧の一部として日本付近に広がる気団である。一方、オホーツク海高気圧は冷たく湿った空気を持つ高気圧で、梅雨時や夏場に日本の気候に影響を与える。 この二つの気団がぶつかると、梅雨前線が活発化し、長雨や局地的な豪雨を引き起こすことがある。ただし、暴風になるかどうかは、気圧配置や風の流れにより、一般的には、台風や強い低気圧が関与しない限り、暴風というよりは長雨や湿った空気の停滞が主な影響となる。
 また、オホーツク海高気圧の発生には、寒帯前線ジェット気流や亜熱帯ジェット気流の影響が関与する。これらの気流がオホーツク海付近で合流すると、下降気流が発生し、新たな高気圧が形成される。この高気圧が梅雨前線の北側に位置することで、前線を停滞させるため
、日本各地で長雨が続く要因となる。さらに、オホーツク海の冷たい海水が高気圧を冷却し、湿潤な空気を供給し続けることで、梅雨前線の降水量を増加させる。このように、オホーツク海気候は、日本列島上の梅雨前線の形成と持続に深く関わっており、日本の梅雨の特徴を決定づける重要な要因となっている。

 寒帯前線ジェット気流と亜熱帯ジェット気流は、地球の大気循環において重要な役割を果たす強い偏西風の流れと言える。 寒帯前線ジェット気流は、北緯40度付近の中緯度地域の高度約6~8kmに、気圧250~300hPa付近の強度で形成される。その気圧は、非常に低い気圧の領域に該当し、この程度の気圧は、一般的に高度10,000~12,000m(約旅客機の巡航高度)付近に相当し、対流圏の上部から成層圏の下部にかけての範囲と考えられる。その寒帯前線の移動に伴い、特に冬季に風速が増し、かなり強烈な風の流れとなり、特に蛇行が顕著で、温帯低気圧の発達と関係が深く、気象の変化は大きい。
 hPa;ヘクトパスカルは、気圧を表す単位で、1hPa = 100Pa;パスカルに相当し、パスカルは国際単位系(SI)における圧力の標準単位であり、1Pa = 1N/m²;ニュートン毎平方メートルになる。 日常では、地表の気圧【海面気圧】は約1,013hPaであり、この値が基準として使われる。 )

 このジェット気流は、中緯度の低気圧の発生と深く関係しており、気象に大きな影響を与える。また、水平温度傾度が大きく、特に冬にその影響が顕著になるため、気象予報において重要な要素の一つとなっている。
 ジェット気流の水平温度傾度が大きいとは、気流の方向に沿った温度変化が急激であることを意味する。つまり、ある地点から別の地点へ移動する際に、気温が短い距離で大きく変化する状態を指す。ジェット気流は、高度約10km付近の対流圏の上層を流れる強い風で、特に温帯低気圧の発達や天候の変化に深く関わる重要な気象要素である。この水平温度傾度が大きい場合、気流の中に強い前線が形成されている可能性があり、これは、暖かい空気と冷たい空気が急激にぶつかり合い、気象の不安定さを引き起こす。しかも、温度傾度が大きいと、気圧の変化も急激になり、風速の増大につながる。この領域では、低気圧が発達しやすく、激しい雨や嵐を伴う可能性も想定される。そのため、ジェット気流の強度が変わることで、乱気流の可能性が生じ飛行ルートの変更が必要になる。この現象は、特に冬の季節に北半球で顕著になりやすく、温度差が大きくなるほどジェット気流は強化される傾向がある。
 このジェット気流が強まり、偏西風の蛇行が激しくなると、寒波や異常気象を引き起こす要因となる。例えば、強い寒帯前線ジェット気流が存在すると、温帯低気圧の発達が促進され、強い風や大雨をもたらす、この寒帯前線ジェット気流が、気象の変動を引き起こす強力な要因となり、その影響は広範囲に及ぶ。気象予報士が偏西風の蛇行について言及する際には、このジェット気流の動きが重要なポイントとなる。
 北緯30度付近の亜熱帯地域に形成される亜熱帯ジェット気流は、ほぼ定常的に存在する寒帯前線ジェット気流ほど蛇行せず、比較的安定しているが、夏季は弱まるが、冬季になると風速が増す。通常、北緯およそ25〜35度付近の高高度(約12〜15km)に存在し、気圧200hPa付近のこれらのジェット気流は、温帯ジェット気流とは異なる特徴を持ち、平均して秒速30〜40mほどの強い風が吹くことが多い。しかも高高度の強い西風帯であるため亜熱帯地域の気象パターンに影響を与え、モンスーンの流れとも関係が深い。このジェット気流は、地球の熱的なバランスを維持するために存在し、大気の大循環の一部を担っている。特に日本の気候にも影響を与え、春や秋に亜熱帯ジェット気流が北上すると温帯ジェット気流と干渉し合い、気象が変わりやすくなるといった特徴がある。

 2020年夏に発生したラニーニャ現象は、2021年春に終息したが、その間に亜熱帯ジェット気流の蛇行が顕著になった。ラニーニャ現象が発生すると、西太平洋熱帯域の海面水温が上昇し、西太平洋熱帯域で積乱雲の活動が活発になる。日本付近では、夏季は太平洋高気圧が北にも張り出し、気温が高くなる傾向がある。特に、沖縄・奄美では南から湿った気流の影響を受けやすくなり、降水量が多くなりやすい。冬季は西高東低の気圧配置が強まり、気温が低くなる傾向がある。
 つまり、ラニーニャ現象が発生すると、日本付近では、夏は猛暑など厳しい暑さの日が増え、反対に冬は寒気が南下して気温が低く大雪になる傾向がある。反対に、エルニーニョ現象発生時は冷夏・暖冬になりやすい。

 一方、小笠原気団は、日本の南東に位置する高温・多湿な気団で、特に夏の気候に大きな影響を与える。この気団は太平洋高気圧の一部として機能し、勢力が強まると日本列島に暑く湿った空気をもたらす。
 その小笠原気団の影響は、5月から7月にかけて、小笠原気団はオホーツク海気団と衝突し、梅雨前線を形成する。この前線が停滞すると、日本各地で長期間の雨が持続する。8月頃になると、小笠原気団の勢力がピークに達し、日本列島を覆う。これにより、蒸し暑い夏が訪れ、南東の季節風が吹きつけることで湿度が高くなる。
 この小笠原気団の勢力が強いと、台風の進路にも影響を与える。この気団が強いと台風は日本の南側を通過しやすく、逆に弱まると台風は日本列島を直撃しやすくなる。
 8月後半から10月にかけて、小笠原気団が弱まり、オホーツク海気団が再び勢力を増すことで秋雨前線が形成される。これにより、日本各地で秋の長雨が発生する。小笠原気団は、日本の四季の変化に深く関わる重要な気団と言える。

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 4)南東の季節風モンスーンの軌跡
 バングラデシュの熱帯モンスーン気候
 「バングラデシュという国で連想されることは何ですか」という問いに対して、「洪水が多い」という答えが多いかもしれない。また、毎年のように来襲するサイクロンの被害を思い浮かべる方もあるかもしれない。
 バングラデシュは、ガンジス川、その支流のブラマプトラ川・メグナ川という世界的な国際河川の最下流に位置し、これらの河川やその支流、分流によって形成された平坦な沖積低地からなる低平地国である。
 そのような国土(北海道と九州の合計面積に等しい)に、約1億6,000万人が住んでいるという過密国、さらにその就業人口の5割強が災害の影響を直接受けやすい第1次産業に従事していることが、自然災害による被害を大きくしている要因となっている。そのため、この国は世界で気候変動の影響を最も受けやすい国の1つといわれている。
 バングラデシュの正式名称はバングラデシュ人民共和国。 国土面積は147,570km2と北海道の2倍程度、この日本の4割ほどの大きさに人口約1億5,250万人が暮らしている世界一の人口密度の国と言える(2025年【令和7年】4月1日現在1億2,340万人)。
 バングラデシュは熱帯モンスーン気候影響下にあり、雨期と乾期の区分が明確である。雨期である6月から9月にかけては、年間降水量の約7 0%が降る。この雨期に、平均すると毎年国土の約3割が水につかり、1 0 年に一度の洪水では国土の約4割が堪水するとされる。 なかでも三大河川と呼ばれるヒマラヤ山脈に水源をもつガンジス川とチベットに発しバングラデシュでガンジス川と合流するブラマプトラ川、世界最高の雨量を誇るメガラヤ山地を水源とするメグナ川の水位が雨季に同時に上昇したときには、全国的に大洪水が発生しやすい。降雨による洪水は6月から11月の雨季に都市部を含むバングラデシュ南西部のガンジス・ブラマプトラ・メグナ川デルタでみられる。そのデルタ地帯は、バングラデシュの大部分を占める世界最大の三角州である。高潮による洪水は、およそ800kmの海岸線に沿った地域で主にサイクロンに伴って発生する。
 鉄砲水による洪水は短期間の集中豪雨などによって起きている。バングラデシュ国外から3大河川などを通じての流入量は、国内降水量の約4倍といわれ、国内における降水時期と国外からの流入時期が雨期にほぼ重なるため、この低平地デルタには必然的に洪水が発生する。まず、主要3大河川の水量増加が支流の小河川の逆流を起こし、それが地表水の排水不良を引き起こし、後背低湿地を中心に洪水が発生する。
  国土の3分の2が海抜5メートル以下、首都ダッカも海抜8メートルという低地国である。この沖積低地の地形をみると、河道の両側に形成された氾濫堆積物からなる自然堤防とその後背地の湿地によって構成される。自然堤防の部分やそこから延長された土盛上に集落や道路など人間活動の場が設けられる。後背低湿地が雨期に洪水で湛水する部分であり、ここの生産活動としては、主に稲作や養魚などが行われている。
 この国の人々は、水害を及ぼす洪水を「ボンナ」とよび、毎年繰り返される規模の洪水「ボルシャ」と区別している。この国で洪水による水害が発生する「ボンナ」のケースは、堪水域が後背低湿地のみならず、自然堤防や盛土上の集落や道路に及んだ場合が多い。ボンナは、家屋や作物、家畜を水没させ、人的被害を及ぼすが、ボルシャであれば水と養分を他所から運んでくれるありがたいものである。
 アジアモンスーンの成因は、ユーラシア大陸が熱されて気温が高くなり、その周辺の海洋との気温の差が季節的に大きくなることによる。特に、広いチベット高原があることで、強い日射を吸収しやすくなり、大気の加熱を促進する。
 アジアモンスーンは存在するモンスーンの中でももっとも大きいと言われ、水平スケールで1万kmほど、とても広い範囲に影響があり、インドから東南アジア、中国を経て、日本付近にまで至る。
  西日本から西の地域の人は「梅雨って言えばどしゃ降りの雨のイメージ」、東海から北の地域の方は「何言ってるの、梅雨はしとしと雨でしょ?」となる。そこにアジアモンスーンが影響してくると、西日本から西の地域では梅雨時期に梅雨前線が停滞し、そこにアジアモンスーンの影響で暖かく湿った南西風が吹きつけるために、梅雨前線の活動が活発になる。
 南東の季節風(モンスーン)は、主に東アジア・日本・東南アジアなどで見られる風の現象を指す。 この南東の季節風は、太平洋高気圧の影響を受けて、日本や東アジアの沿岸地域に吹き込む。日本列島にも湿った空気を運び込む。特に夏季に顕著で、太平洋側から大陸へ向かって吹く卓越した風である。南東の季節風は、海洋と大陸の温度差によって発生する。

 夏季は、陸地が海よりも早く温まり大気が軽くなり、低気圧が形成される。他方、海洋は温まりにくいため、大気は比較的に重いまま高気圧が維持される。 この気圧差が、海から陸へ向かう風を呼び込み、これが南東の季節風モンスーン.になる。この南東の季節風は、数千kmと広範囲に影響を及ぼす強い風であり、時には梅雨や台風の形成にも関与する。海洋からの湿った空気を運ぶため、降水量の増加や高温多湿な気候が、数か月にわたる長雨と風の流れになる。風速は地域によって異なるが、数十km/hと台風なみに達することもある。
 台風の方は、主に海洋における熱帯低気圧が発達して形成されるため、その発生場所は西太平洋の熱帯地域、フィリピン沖・南シナ海・日本の南海上などで頻発する。台風の影響は局地的で数百km程度、しかも数日~1週間程度持続し、その主な特徴は強風・豪雨・低気圧であることがあげられる。小笠原列島周辺では、台風が発生することもあるが、むしろ台風の通過地点として知られている。気象庁のデータでも、小笠原諸島には毎年複数の台風が接近しており、影響を受けることが多い。
 一方、モンスーンは、海洋と陸地の温度差により発生する季節風の一種で、広範囲に及ぶ、数か月にわたる長期間の風の流れを指す。また長期間の風・湿度の変化を特徴とする。
 
 太平洋高気圧の勢力が強まると、南東方向からの風が日本へ向かって吹き始める。進行ルートに従って、太平洋上で湿気を多く含みながら北西方向へ移動し、日本列島の太平洋側に到達し、特に関東・東海・近畿地方で湿度を上昇させる。 山岳地帯では風がぶつかり、上昇気流を生じさせて雨を降らせ、梅雨前線の活性化に寄与し、長雨をもたらす。
 夏の高温多湿の原因となり、熱中症リスクを高め、日本海側ではフェーン現象を引き起こし、局地的な高温を発生させる。 南東の季節風は、気象の変化を生むだけでなく、農業や生活にも影響を与える重要な要素であり、その南東の季節風が吹きつけることで湿度が高くなるのは、日本の気候において特に夏季に多い。
 南東の風は太平洋から湿った空気を運び込むため、湿度が上昇しやすくなり、特に8月は暑さと湿度がピークに達する時期であり、梅雨が明けた後も湿った空気の影響を受けることが多い。 地域によっても異なるが、長野県茅野市【日本一高い場所にある市役所、標高801m】の場合、標高が高いため湿度の影響が比較的少ないかもしれないが、それでも南東からの湿った空気が流れ込めば、一時的に湿度が上がることもある。

 夏季の湿度が農作物にとって有利に働く場合も多い。 夏季の湿度がもたらす利点は、水分供給が安定し、しかも 高湿度の環境により、蒸散が抑えられ、作物の水分保持がしやすくなる。これにより、乾燥ストレスが軽減され、特に葉物野菜などの品質が向上する。適度な湿度は、作物の健康維持に役立つ。例えば、トマトやナスの果実のひび割れを防ぐ効果があり、果実が水分を十分に吸収すれば、通常、大きく育つ傾向がある。またスイカやメロンなどの果実類は、適度な湿度があると甘みが増す。また湿度が適切に管理されると、気孔の開閉がスムーズになり、光合成が活発になる。これにより、作物の成長が促進され、収穫量が増加する。
 小松菜・チンゲン菜・空芯菜(エンサイ)などの葉物野菜は、高温多湿の環境に適応し、むしろ夏季の湿度を活かして育てることができ、品質の安定や収穫の確保に役立つ。ベビーリーフは、様々な種類の葉野菜とミックスして栽培することも可能で、湿度が高いと成長が早く短期間で収穫できる。
 一方、高湿度は稲の登熟(成熟)に影響を与え、白未熟粒(しらた;品質低下の原因)を増加させる可能性がある。 高温と湿度により、カメムシなど害虫の発生が増え、収穫量に影響を及ぼす。高湿度は果実の肥大不良や日焼け果の発生を引き起こすことがある。
例えば、トマトの裂果やレタスの葉焼けなどが高温多湿の影響で発生しやすくなる。
 また過剰な湿度は病害を引き起こすため、適度な換気や排水対策が重要となる。作物ごとに適した湿度を維持するなど、適切に管理さえすれば農作物の収量や品質の向上に直結する。

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 5)アリューシャン低気圧
 日本付近を通過した低気圧は、冬季になるとアリューシャン列島方面へ集中し、そこで発達することが多い。これは、シベリア高気圧の影響でアリューシャン列島付近の気圧が、シベリア大陸と比べ相対的に低くなるため、低気圧がその方向へ押し流されるからである。
 さらに、大陸のシベリア高気圧からの冷たい乾燥した空気と、海洋を移動してくる低気圧が運ぶ太平洋高気圧からの温かい湿った空気がアリューシャン列島付近でぶつかり合い、低気圧が発達しやすい環境を作り出す。その結果、アリューシャン列島付近では低気圧が次々と現れては発達し、冬の間ずっと気圧が低い状態が続く。
 アリューシャン列島付近で発生・集中するアリューシャン低気圧は、時に複数の低気圧が相互作用し、結果として勢力を強めることがある。特に冬季には、シベリア高気圧からの冷たい空気と太平洋高気圧からの暖かい湿った空気が衝突し、低気圧が発達しやすい環境が整うと、低気圧同士が接近する。その相互作用によって一方が吸収される形で合体することがある。これにより気圧がさらに低下し、強い暴風や荒天を引き起こす。
 一方、アリューシャン低気圧の勢力は年毎に変動し、偏西風や海流にも影響を与えるため、気候変動の一因ともなっている。この現象は、黒潮などの海流や偏西風などの大気の大循環にも影響を与え、年々の天候の変化に関与している。
 アリューシャン低気圧の強弱は、北太平洋の海流に影響を与える。特に黒潮の流量は、アリューシャン低気圧の強弱に対して数年のラグをもって応答することが確認されている。例えば、アリューシャン低気圧が強い年には、黒潮の流量が増加し、逆に弱い年には黒潮の流量が減少する傾向がある(黒潮の流量変動)。
 黒潮の流量変動は、季節風や大気の循環、海洋内部の力学的プロセスによって影響を受けるため、アジアモンスーンの影響も受ける。夏季には南西風が強まり、黒潮の流量が増加し、冬季には北東風が強まり、流量が減少する傾向がある(季節風の影響)。
 モンスーンの語源は、アラビア語で「季節」を意味する「マウスィムmawsim」、元々はお祭りのことを指す言葉だった。それが、次第にインド洋やアラビア海で、季節によって風向が変わる風のことを意味するようになった。さらに現代では、季節によって風向が交替する風のことを「モンスーンmonsoon(季節風)」と呼ぶようになった。また単に風向きが変わるだけでなく、それに伴って降水量も大きく変化するなど重大な特徴でもある。一般的には、雨の多い季節(雨季)と乾燥した季節(乾季)がはっきりと現れる。
 アジアに発生するモンスーンは、「アジアモンスーン」と呼ばれ、東南アジアにおいて夏場は南西から、冬場は北東から吹く。

 水は比熱が大きく、1℃上昇するためには多量の熱が必要となる。一方で、陸地の比熱は水より小さく、1℃上昇させるための熱量は水よりも少ない。つまり、海洋は陸地より温まりにくく冷めにくいため、季節によって陸地と海洋の表面や下層大気に温度差が発生する。
 北太平洋の風応力場に対する遠隔応答(スベルドラップsverdrup応答)が黒潮の流量変動を支配する重要な要因となる。これは、北太平洋の大気循環が変化すると、それに応じて黒潮の流量も変動するというメカニズムである(遠隔応答プロセス)。
 (スベルドラップsverdrupの記号【Sv】は、海洋学で使われる体積流量の単位で、特に海流の流量を測る際に用いられる。その名前は、海洋学者のハラルド・スヴェルドラップに由来している。
 スベルドラップの定義 ; 1スベルドラップ (Sv) = 106m3/s 【1秒間に100万立方メートルの水が流れる量】
  例えば、水深1,000m、幅1,000mの海域を流速 1m/s で通過する海流の流量が1Svになる。
  スベルドラップ関係式Sverdrup Relationによるスベルドラップの概念は、海洋の大規模な循環を説明する際にも重要で、特に、風応力による海流の形成に関係し、西岸境界流【黒潮やメキシコ湾流】とスベルドラップ輸送のバランスを考える際に使われる。
 例えば、北太平洋では黒潮が西岸境界流として強く流れ、その流量はスベルドラップ関係式を用いて計算される。 )

 黒潮の流量が季節的に変動する理由の一つに、局所応答プロセスがある。これは、黒潮の流量がその場の風応力や海底地形の影響を直接受けることで変化する現象である。 局所応答プロセスのポイントは、風応力の影響で、黒潮の流量は、上空の季節風によって変化する。例えば、冬季には北西季節風が強まり、黒潮の流量が減少する傾向がある。逆に、夏季には南東風が強まり、黒潮の流量が増加することが観測されている。
 黒潮は海底の地形に沿って流れるため、海底の斜面や地形の変化によって流量が変動する。特に、大陸棚斜面に沿った地形性ロスビー波が黒潮の流量を調整する役割を果たす。ロスビー波は、中緯度の偏西風帯で励起され、大気中を西に進んで、1日程度で地球を一周する波でその波長は数千kmにもなる。1日以上の時間スケールの気象の変化に重要な影響を与える。このため波を維持する復元力は、コリオリ力が高緯度ほど大きいことによる効果である。
 (これは直感に反するかもしれないが、コリオリ力の強さは 地表の回転速度 ではなく 緯度 に依存している。
 地球の自転によって、赤道上の地点は非常に速く動いています(約1670km/h)。 しかし、コリオリ力は物体が 南北方向 に移動したときに生じる力であり、その強さは 緯度の正弦成分に比例 する。
  例えば、赤道上で地面の上に静止しているものには、地球の半径Rとしたときに、自転の角速度ωに対して
  V(0) =  ①  の速度を持っている。
 これに対して、緯度 θ の地表面の自転速度は
  V(θ) = Rcosθ・ω ② となる。
 従って、赤道→高緯度に進むものは、地表面に対して「東方向」(北半球なら進行方向の「右方向」)にずれる。
  これが「コリオリの力」「みかけ上の力」の実態である。
  高緯度になればなるほど「ずれ」が大きくなる。
 逆に、高緯度→赤道に進むものは、地表面に対して「西方向」(北半球なら進行方向の「右方向」)にずれる。  緯度差が大きいほど「ずれ」が大きくなる。
 ①と②の差は、θ が大きいほど大きくなる。

 イメージすると… 赤道でボールを東西方向に投げても、コリオリ力はほぼ働かない。 しかし、北極や南極付近でボールを投げると、強く右(
北半球)または左(南半球)に曲がる。
 赤道は速く「回転」しているけれど、コリオリ力は「緯度が高いほど強くなる」


 海底の地形には、陸地から海へと続く「大陸棚」があり、その先に急な斜面(大陸棚斜面)が広がっている。黒潮はこの斜面に沿って流れることが多い。地形性ロスビー波 は、地球の自転によって生じる大規模な海洋波の一種で、特に「地形性ロスビー波」は、海底の地形、例えば、大陸棚斜面によって影響を受け、特定の方向へ伝播する。
 黒潮は日本近海を流れる強い海流であるが、その流量は様々な要因によって変動する。地形性ロスビー波は、黒潮の流れに影響を与え、流量を増減させる役割を果たす。 つまり、大陸棚斜面に沿って伝わる地形性ロスビー波が、黒潮の流れを変化させることで、その流量を調整する働きを持っている。
 この現象は、黒潮の流路や強さの変動を理解する上で重要な要素の一つである。 風が強くなると、表層の水が移動し、それに伴って黒潮の流量が変化する。 これらの「局所応答プロセス」が組み合わさることで、黒潮の流量が季節的に変動する。特に、夏季に流量が増え、冬季に減るという傾向が見られる。 黒潮の変動は日本の気候や漁業にも大きな影響を与える。

 アリューシャン低気圧の強弱は、黒潮の流量に数年のラグをもって影響を与えることが確認されている。
 例えば、アリューシャン低気圧が強い年には黒潮の流量が増加し、逆に弱い年には流量が減少する傾向がある(アリューシャン低気圧との関係)。
 黒潮の流量変動は、気候変動や海洋循環の変化と密接に関連しており、長期的な気候予測にも重要な役割を果たす。
 また、アリューシャン低気圧の勢力が強まると、偏西風の流れが変化し、日本を含む東アジア地域の天候に影響を及ぼす。例えば、アリューシャン低気圧が強い年には偏西風が南下し、日本に寒気が流れ込みやすくなるため、寒波や大雪が発生しやすくなる(偏西風の変動)。
 アリューシャン低気圧と北大西洋のアイスランド低気圧は、片方の気圧が低いときはもう一方の気圧が高くなるという関係がみられる。この「シーソー現象」は、北半球の気候変動に影響を与え、ヨーロッパや北米の冬の気候にも関係している(アイスランド低気圧とのシーソー現象)。
 「アイスランド低気圧とアリューシャン低気圧の間のシーソー現象」は、アリューシャン低気圧が強まると、北太平洋上空の大規模な波動(ロスビー波)が発達し、その影響が北米大陸を越えて北大西洋にまで及ぶ。この波動の影響でアイスランド低気圧の勢力が変化し、結果としてシーソー現象が発生する(ロスビー波の伝播)。
 アリューシャン低気圧が強いとき、偏西風の流れが変化し、北大西洋の気圧配置にも影響を与える。これにより、アイスランド低気圧の強さが変動し、北米やヨーロッパの冬の気候に影響を及ぼす(偏西風の変動)。
 シーソー現象は北極振動Arctic Oscillation(AO)とも関連しており、北極域の気圧変動がアリューシャン低気圧とアイスランド低気圧の強弱に影響を与えることが知られている。これにより、北半球の広範囲にわたる気候変動が引き起こされる可能性がある(北極振動との関連)。

 アリューシャン低気圧は、北太平洋のアリューシャン列島付近で冬季に発生する低気圧であり、その形成過程が特異なのが、シベリア高気圧との相互作用である。
 秋が終わりに近づくと、シベリア高気圧が勢力を増し、日本付近を通過する低気圧が発達しながらアリューシャン列島方面へ移動する。この地域では、シベリア高気圧からの冷たい乾燥した空気と、移動してくる低気圧を運ぶ太平洋高気圧からの温かい湿った空気がぶつかり合い、低気圧が発達しやすい環境が整う。
 アリューシャン低気圧は、冬季には、シベリア高気圧と太平洋高気圧の影響を受けながら発達するが、そのメカニズムは複雑で、シベリア高気圧が発達し冷たい乾燥した空気を供給し、その東側のアリューシャン列島付近では相対的に気圧が低くなる。この影響で、低気圧が発生しやすい環境が整うと、シベリア高気圧から吹き出す冷たい乾燥した空気と、太平洋高気圧から移動してくる温かく湿った空気がアリューシャン列島付近でぶつかり合い、低気圧が発達し続ける要因となる。
 偏西風の流れもアリューシャン低気圧の発達を助け、北上しても勢力を維持しやすくする。これにより、低気圧が消滅せずに持続する。このような要因が組み合わさることで、アリューシャン低気圧は北上しても低気圧のままで持続していられる。また、シベリア高気圧の強さや偏西風の蛇行によって、アリューシャン低気圧の勢力は年々変動し、冬季の気候に影響を与えることが知られている。
 冬に入ると、日本付近を通過した低気圧がアリューシャン列島方面へ集中し、結果としてこの地域は恒常的に気圧が低い状態になり続ける。この低気圧の勢力は年々変動し、黒潮などの海流や偏西風などの大気の大循環に影響を与え、気候変動にも関係している。
 さらに、アリューシャン低気圧とアイスランド低気圧は、片方の気圧が低いときはもう一方の気圧が高いという関係があり、これを「アリューシャン低気圧・アイスランド低気圧シーソーAleutian-Icelandic Low Seesaw(AIS)」と呼ぶ。AISは偏西風の影響を受けて形成される関係にあり、AISは北太平洋のアリューシャン低気圧(AL)と北大西洋のアイスランド低気圧(IL)の間で見られる気圧の変動関係で、冬季において一方が強まるともう一方が弱まるというシーソーのような関係が特徴となる。 このシーソー関係は、偏西風の蛇行や大規模な大気波動(ロスビー波)の影響を受けて発生する。特に、北太平洋上で発達した循環異常が上空の大規模な波動を引き起こし、それが北米大陸を越えて北大西洋にまで達することで、アイスランド低気圧の強さが変化することが知られている。また、AISは成層圏にも影響を及ぼし、極夜ジェットの強弱を変化させることがあるほど、北半球の冬季の気候に広範な影響を与えている。
 北太平洋で発達する循環異常は、海洋と大気の相互作用によって形成される大規模な気候変動の一部で、特に、偏西風の蛇行や海洋の熱輸送が関係し、これが上空のロスビー波を強化することで北米大陸を越えて北大西洋に影響を及ぼす。
 この循環異常のメカニズムには、北太平洋の亜寒帯循環が、海水の温度や塩分の変化を伴いながら、熱を高緯度へ運ぶ。これにより、海面水温の変動が大気の循環に影響を与える。
 また偏西風は北太平洋上で蛇行しやすく、これが大気の波動を強化し、ロスビー波の伝播を促進する。結果として、北米大陸を越えて北大西洋に影響を及ぼし、アイスランド低気圧の強さを変化させる要因となる。
 北太平洋の海流や水塊の変動が大気の循環に影響を与え、これが長期的な気候変動の一因となる。特に、アリューシャン低気圧の変動が北大西洋の気圧場に影響を及ぼすことが知られている.。 このようなメカニズムにより、北太平洋の循環異常は大気の波動を強化し、北米大陸を越えて北大西洋の気候に影響を与える。)


 ロシア内陸部の気温上昇がオホーツク海の海氷形成を弱める理由は、寒冷な空気の供給が減少したためである。オホーツク海の海氷は、シベリア高気圧からの冷たい北西風によって形成されるが、ロシア内陸部の気温が上昇すると、この冷気の供給が弱まり、結果として海氷の生成量が減少する。
 また、アリューシャン低気圧の形成にも関係する。オホーツク海の海氷が減少すると、海面からより多くの熱が大気に放出され、これが大気の循環に影響を与える。特に、アリューシャン低気圧の強度が変化し、北太平洋の気候パターンに影響を及ぼす。
 このように、ロシア内陸部の気温上昇はオホーツク海の海氷形成を弱めるだけでなく、アリューシャン低気圧の変動にも関与する重要な要因となっている。そのため気候変動の影響が広範囲に及ぶことになる。
 最新の研究によると、オホーツク海の海氷が多い年にはアリューシャン低気圧が強化される傾向があることが確認されている。これは、海氷が多いことで寒気の蓄積が増し、結果としてアリューシャン低気圧の強化につながるという正のフィードバック関係があるためである。逆に、海氷が少ない年にはアリューシャン低気圧の強度が弱まることが観測されている。
 また、オホーツク海の海氷減少は、北太平洋の大気循環にも影響を与え、温帯低気圧の発達や寒気の流れの変化を引き起こすことが報告されている。このような変化がアリューシャン低気圧の強度にどのように影響するかについては、さらなる研究が必要であるが、海氷の減少が直接的に低気圧を強化するというよりも、寒気の流れや大気の循環を変化させることで間接的に影響を与える可能性が高いと考えられている。
 
 オホーツク海の海氷の変動は、アリューシャン低気圧の強度に影響を与える重要な要素の一つで、特に、冬季における海氷の増減が大気の循環に影響を及ぼし、アリューシャン低気圧の発達に関与する。オホーツク海の海氷が多い年は、シベリア高気圧の影響で北西風が強まり、寒気が蓄積される。この寒気の蓄積がアリューシャン低気圧の強化に繋がる。また、 海氷が多いと、海面からの熱放出が抑制され、寒気が維持されやすくなる。これにより、北太平洋の大気循環が変化し、アリューシャン低気圧が強まる傾向がある。
 海氷が多い年は、エルニーニョ的な海水温分布が見られ、アリューシャン低気圧の強化と連動することが確認されている。逆に、海氷が少ない年はラニーニャ的な海水温分布となり、アリューシャン低気圧が弱まる傾向がある。 このように、オホーツク海の海氷の変動は、寒気の蓄積や大気の循環を通じてアリューシャン低気圧の強度に影響を与える。

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 6)オフォーツク海を起点にする溶解鉄の循環
 地球上の地表付近(岩石圏・大気圏・水圏)に存在する元素の割合を重量パーセントで、火成岩の化学分析結果に基づいて推算すると地球上の元素の割合は、酸素;49.5%・ケイ素;25.8%・アルミニウム;7.56%・鉄;4.70%となる。地表付近だけではなく、地球内部すべてを含めた元素構成の割合は、鉄;34.63%・酸素;29.50%・ケイ素;15.20%・マグネシウム;12.70%。地球全体でみると、鉄の割合が一番多い。地球全体におけるニッケルの割合は約2.4%とされている。これは、地球の主要な構成元素の中では比較的少ないが、核の部分では約5.4%を占めている。ニッケルは鉄とともに地球の中心部に多く存在し、特に内核と外核の形成に重要な役割を果たしている。

 地球内部は中心部からコア(核)、マントル、地殻の層ができており、その構造や厚みなどは地震波の速度で測定することができる。地球の内核は主に鉄とニッケルで構成されており、非常に高い圧力のために固体状態を保っている。一方で、その外側に位置する外核は液体の状態にある。外核も主に鉄とニッケルでできているが、内核ほどの圧力がかからないために溶融している。
 この液体の外核の流動が、地球の磁場を生み出す要因の一つになっている。内部で対流が起こることでダイナモ効果が生じ、地球の磁場を維持している。ダイナモ効果とは、回転する導電性流体が磁場を生成・維持する現象のことを指す。地球の場合、外核の液体鉄とニッケルが流動することで電流が発生し、その電流が磁場を生み出す。
 地球の自転によって外核の液体金属が動く。流体の動きによって電流が誘導される。電流が磁場を作り、その磁場がさらに電流を強化することで磁場が維持される。磁場の回転が電流を生み出すメカニズムは、電磁誘導の原理に基づくファラデーの法則として知られている。例えば、風力発電機や水力発電機では、回転する磁場によって電流を発生させる仕組みが採用されている。
 ダイナモ効果によって、地球の磁場は長期間にわたって維持され、太陽風や宇宙線から地球を守る役割を果たす。地球は巨大な電磁発電機もある。
 磁場の変化が電流を誘導する現象は電磁誘導と呼ばれる。地球の外核では、液体の金属が流動しながら磁場を形成・維持している。この磁場も時間とともに変化し、結果として電流が流れる。
 さらに、磁場が運動すると周囲の導電性物質に影響を与え、新たな電流が発生する。このフィードバックによってダイナモ効果が持続し、地球の磁場は長期間にわたって安定させる。
 磁場の動きや変化によって地球の磁気圏が形成され、宇宙空間の粒子から地表を守る大切な役割を果たしている。

 北太平洋、特に北部北太平洋とその縁辺海は、栄養塩に富んだ深層水の大循環の終着点
であることから、世界でも最も生産性の高い海域の1つであるが、同時に、南大洋や東部赤道太平洋と並んで、( 夏季にも)表層で栄養塩が残ってしまう。
 しかし、オホーツク海は、当海域の中にあっても、北部北太平洋やベーリング海とは異なり、表層の栄養塩は夏季に完全に消費され、生物生産量は更に高い、という特徴を持つ。
 アムール川(黒竜江)は、モンゴル高原東部のロシアと中国との国境にあるシルカ川とアルグン川の合流点から生じ、中流部は中国黒竜江省とロシア極東地方との間の境界となっている。ロシアのハバロフスク付近で北東に流れを変えロシア領内に入り、オホーツク海に注ぐ。オホーツク海へと注ぐ重要な水系で、中国では「黒竜江」と呼ばれるが、この名称は川の水の色に由来すると考えられている。アムール川流域には湿地や森林が広がり、そこから溶存鉄が供給されることで、オホーツク海の生態系に影響を与えている。
 黒竜江という名称が鉄成分と関係しているかについてでは、アムール川の水には溶存鉄が含まれており、これがオホーツク海の生物生産に寄与していることが分かっている。ただし、「黒竜江」という名前が直接鉄成分に由来するかどうかは明確ではなく、一般的には水の色や地域の伝承に基づくものとされている。

 アムール川流域で鉄の含有量が増加する要因はいくつか考えられる。
1. 永久凍土の融解
 
 錯体キレートはどちらも金属イオンと配位子が結合してできる化合物であるが、錯体とは、金属イオンが複数の配位子と結合して形成される化合物の総称である。錯体における配位子とは、金属イオンと結合する分子やイオンのことを指す。
 配位子は金属イオンに非共有電子対を提供し、錯体を形成する。 非共有電子対(孤立電子対)は、原子の最外殻にある電子のペアで、他の原子と結合せずに単独で存在する。これらの電子対は、分子の形状や化学的性質に影響を与える。
 例えば、水分子(H2O)では、酸素原子が2つの非共有電子対を持っている。これらの電子対が存在することで、水分子は直線形ではなく折れ線形の構造がとれる。これは、電子対同士が反発し合い、分子の形を変えるためである。 また、非共有電子対は配位結合を形成する際に重要な役割を果たす。例えば、アンモニア(NH3)の窒素原子は非共有電子対を持っており、これを利用して金属イオンと結合し、錯体を形成することができる。

 キレートは、錯体の中でも特定の構造を持つものを指す。キレート錯体では、1つの配位子が複数の結合部位を持ち、金属イオンを「挟む」ように結合する。この構造により、キレート錯体は非常に安定する。
 キレート錯体における配位子とは、金属イオンと結合する分子やイオンのことを指す。キレートの配位子も、金属イオンに非共有電子対を提供し、錯体を形成する。 特にキレート錯体では、多座配位子と呼ばれる種類の配位子が重要になる。これは、1つの分子内に複数の結合部位を持ち、金属イオンを「挟み込む」ように結合することで、錯体の安定性を高める。

 すべてのキレートは錯体であるが、すべての錯体がキレートというわけではない。キレートは特に安定性が高い錯体の一種と考えると分かりやすい。


 赤血球と錯体の関係は、主にヘモグロビンに注目すると理解しやすい。ヘモグロビンは赤血球に含まれるタンパク質で、鉄錯体の一種、ヘモグロビンの構造にはヘムと呼ばれる部分があり、これに.は鉄イオン(Fe²⁺)を中心に持つポルフィリン環という錯体構造を形成している.。この鉄イオンが酸素と結びつくことで、赤血球は酸素を運搬する役割を果たす。
 肺で酸素を取り込み、全身の組織へと運ぶ際に、鉄錯体の構造が.働く。 また、赤血球が寿命を迎えると、ヘモグロビンは分解され、鉄は再利用される。この過程でも錯体化学が関与しており、鉄イオンは適切な形で体内で管理される。 つまり、赤血球の働きには錯体化学が深く関わっており、特にヘモグロビンの鉄錯体が酸素運搬に不可欠な役割を.果たす!
 アムール川流域のロシア側には広範囲に永久凍土が分布している。気温の上昇により永久凍土が融解すると、土壌深層に含まれる鉄が地下水や河川に流出し、鉄の濃度が上昇する可能性がある。
2. 湿地と森林の影響
 流域には広大な湿地と森林が広がっており、これらの環境では腐植物質が豊富に存在する。腐植物質は鉄と結合し、溶存鉄の形で河川へ供給されるため、鉄の濃度を高める要因となる。
 腐植物質が鉄と結合する仕組みは、錯形成(キレート作用)による。腐植物質にはカルボキシル基やフェノール性水酸基などの官能基が含まれており、これらが鉄イオン(Fe3+やFe2+)と結合して錯体を形成する。
 鉄イオンとの結合のメカニズムは、腐植物質のカルボキシル基(-COOH)やフェノール性水酸基(-OH)が鉄イオンと配位結合を形成する。鉄イオンは腐植物質の有機分子と複数の結合を形成し、溶液中で安定した錯体を作る。pHや腐植物質の種類によって、鉄との結合の強さが変わる。例えば、pHが高いと鉄イオンの水酸化物が形成されやすくなり、錯体の安定性が変化する。pHが高くなると、鉄イオン(Fe³⁺やFe²⁺)は水酸化物(Fe(OH)3など)を形成しやすくなり、錯体の安定性が以下のように変化する。
 pHが上昇すると、鉄イオンが水酸化物として沈殿しやすくなり、腐植物質との錯体が分解される可能性がある。一部の条件では、鉄の水酸化物が再び腐植物質と結合し、新たな錯体を形成することもある。つまり、鉄錯体の溶解度はpHによって変化し、特定のpH範囲では溶解度が低下し、沈殿が促進される。例えば、湖沼や河川ではpHの変化によって鉄の供給が変わり、微生物や植物の成長に影響を及ぼすことがある。
 (pHとは、ある溶液中にどの位水素イオン H + が存在しているかを数値で表すことで、酸性・アルカリ性の度合いを示す単位となる。中性ではpHは7、それより値が小さいほど酸性が強く、値が大きくなるほどアルカリ性が強いということを示す。
pHが1小さくなると水素イオン濃度が10倍多くなるように決めた単位だと考えればいい。)
 この錯形成は、鉄の移動性や生物利用性に影響を与え、特に水環境において重要な役割を果たし、例えば、河川や湖沼では腐植物質が鉄イオンを保持し、植物プランクトンへの鉄供給を助けることが知られている。
3. 気候変動と降水量
 降水量の増加は土壌の浸透性を高め、地下水を介して鉄を河川へ運ぶ役割を果たす。特に夏季の降水量が多い年には、鉄の流出量が増加する傾向がある。
4. 人為的な土地利用の変化
 農業や森林伐採が進行すると、土壌の鉄の流出に影響を与える理由は、主に土壌の浸食と水の流動性の変化にある。森林が伐採されると、樹木の根が持つ土壌の保持力が失われ、雨水や風による浸食が進む。これにより、鉄を含む土壌粒子が流出しやすくなる。
 森林は水を保持し、ゆっくりと地下へ浸透させる役割を持っている。しかし、伐採が進むと水の流れが速くなり、鉄を含む土壌成分が河川や湖へ流れ出る可能性が高まる。
 また、流出した鉄は水中で酸化し、鉄水酸化物(Fe(OH)3など)として沈殿することがある。これにより、水中の鉄イオンの濃度が低下し、鉄の生物利用性が変化する。鉄は植物プランクトンの成長に重要な栄養素であるため、鉄の供給が減少すると生態系に影響は大きい。
 長期間にわたって鉄水酸化物が沈殿すると、堆積物として蓄積され、地質環境の変化を引き起こす。地下環境では、鉄水酸化物が還元されにくく、長期的に安定した形で存在することが確認されている。また鉄水酸化物が岩石の隙間に沈殿すると、透水性が低下し、地下水の流れが制限されることがある。これは、地下水の循環や水資源の利用に影響を与える可能性が高まる。
5. 河川の流量変動
 アムール川の流量が増加すると、鉄の供給量も増える傾向がある。特に洪水時には、上流域から大量の鉄が流れ込み、濃度が一時的に上昇することがある。
 これらの要因が複合的に作用し、アムール川流域の鉄の含有量を変動させている。特に、気候変動による永久凍土の融解や降水量の変化は、今後も鉄の供給に大きな影響を与える。

還元的環境での鉄の溶解メカニズム
 アムール川の湿地では、還元的な環境が鉄の溶解を促進する重要な要因となっている。アムール川の湿地では鉄が溶解し、オホーツク海へと供給されることで海洋の生態系に影響を与えている。特に、鉄は海洋の植物プランクトンの成長に重要な役割を果たし、アムール川からの鉄供給が北太平洋の生物生産に貢献していることが指摘されている。
 アムール川流域では、地下水の流入によって鉄が供給されることもあり、地下水には還元的な環境で溶解した鉄が含まれており、これが湿地を通じて河川へと流れ込むことで鉄の濃度が上昇する。
 湿地のような酸素が乏しい環境では、微生物の活動によって鉄の化学状態が変化し、溶解しやすくなる。
有機物の分解
 湿地には大量の有機物が存在し、それが微生物によって分解される過程で酸素が消費される。これにより、環境が還元的になり、鉄の化学状態が変化する。
 アムール川流域の地下水に含まれる溶解鉄は、還元的な環境下で特有の状態にある。通常、鉄は酸化環境では不溶性の酸化鉄(Fe3+)として存在するが、還元的な環境では鉄還元菌などの微生物の働きによって、可溶性の二価鉄(Fe2+)へと変化する。この状態の鉄は水中に溶解しやすく、地下水や河川水に流出する量が増える。 特にアムール川流域では、永久凍土の融解が進むことで、土壌深層に含まれる鉄が微生物によって還元され、溶存鉄Dissolved ironの濃度が上昇する現象が確認されている。この溶存鉄は、オホーツク海の生物生産にも影響を与える重要な要素となっており、河川を通じて海洋へ供給されることで、海洋生態系の栄養循環に貢献している。 また、地下水中の鉄は有機物と結合して錯体を形成することがあり、これにより鉄の溶解度がさらに高まる。このような鉄の動態は、気候変動や環境変化によって影響を受ける。
 地下水中で鉄と結合して錯体を形成する有機物には、いくつかの種類がある。腐植物質のフミン酸やフルボ酸は、土壌や植物の分解過程で生成される有機物で、鉄と強く結びつき、溶解度を高める。
 シデロフォアは、一部の微生物が鉄を獲得するために分泌する有機化合物で、鉄と非常に安定した錯体を形成する。
 クエン酸、シュウ酸などの有機酸は、植物や微生物が生成する低分子有機酸で、鉄の溶解度を調整する重要な役割を果たす。そのメカニズムは、主に錯形成(キレート作用)とpHの調整による。
 クエン酸やシュウ酸は、鉄イオン(Fe3+やFe2+)と結合し、水溶性の錯体を形成する。これにより、鉄イオンが水中で安定に存在し、沈殿しにくくなる。特にシュウ酸は、酸化鉄Fe2O3などの溶解を促進することが知られている。 また有機酸は水中のpHを低下させ、鉄の溶解度を高める。pHが低い酸性環境では、鉄イオンが水酸化物として沈殿するのを防ぎ、溶解した状態を維持する。植物は根からクエン酸やシュウ酸を分泌し、土壌中の鉄を溶解させて吸収しやすくする。微生物も有機酸を生成し、鉄の可溶化を促進することで、栄養供給に関与する。
 このように、有機酸は鉄の溶解度を調整し、植物や微生物の鉄の利用を助ける重要な役割を果たしている。
 タンパク質やポリペプチドは、一部の生物が鉄を保持するために利用する有機分子でもあり、鉄の移動や生物利用性に影響を与える。
 これらの有機物は、地下水の化学環境や微生物活動によって異なる割合で存在し、鉄の動態に重要な役割を果たしている。

 要点は
 鉄の還元
 通常、鉄は酸化状態(Fe3+)で存在し、水に溶けにくい形態である。しかし、還元的な環境では微生物の働きによってFe3+がFe2+に還元され、溶解しやすくなる。
 腐植物質との結合
 湿地には腐植物質が豊富に含まれており、これが鉄と結合することで溶解度が増す。腐植物質は鉄を錯体として保持し、水中に溶けた状態を維持する。
 地下水の影響
 アムール川流域では、地下水の流入によって鉄が供給されることもある。地下水には還元的な環境で溶解した鉄が含まれており、これが湿地を通じて河川へと流れ込むことで鉄の濃度が上昇する。
 このようなメカニズムによって、アムール川の湿地では鉄が溶解し、オホーツク海へと供給されることで生態系に影響を与えている。特に、鉄は海洋の植物プランクトンの成長に重要な役割を果たしており、アムール川からの鉄供給が北太平洋の生物生産に影響を与える可能性が指摘されている。

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