陸上植物の葉の役割 |
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1)気孔 現在の陸上植物における葉の表面と裏面には、表皮細胞という殆ど葉緑体を含まない防御に徹した細胞が並んでいる。表皮細胞の表面には、その細胞が分泌するクチクラ(cuticle;ロウ状の物質)というワックス層があり、水の蒸発を防ぎ、逆に外囲からの水や物質の透過を防御している。そのため二酸化炭素すら殆ど吸入できず、そのままでは光合成が不可能となる。そのため気孔という開閉可能な穴を表皮細胞の間に作り二酸化炭素を取り込むようにしている。 日本植物生理学会は「シロイヌナズナでは、葉の裏側の表面に 1㎟ あたり約100個もの気孔があり」と記す。シロイヌナズナは、日本においては帰化植物であるが、植物のモデル生物として有名で、ユーラシア大陸から北アフリカ大陸に原産するアブラナ科の越年草である。 陸生植物の表皮にある気孔は、一対の孔辺細胞およびその周辺の細胞に囲まれた孔で、変化する光や湿度などの環境に応じて孔辺細胞の膨圧を調節し、孔の開き具合をコントロールする。気孔は光合成が盛んに行われる晴天の時に開いて、葉から水を蒸散させ、根から水や養分の吸い上げを誘い、同時に光合成に必要な二酸化炭素を取り込み、その結果、光合成により産出される酸素を放出して大気交換を行うという重要な機能を果している。気孔は、植物のガス交換の95%以上を担っており、また、蒸散は強い日差しで上昇した葉の温度を低下させる役割も伴う。 390nm-500nm の波長の青色光が気孔開口に特に有効である。孔辺細胞は、光合成が盛んに行われる光照射下、特にシグナルとして作用する青色光に反応して気孔を開き、ガス交換を促進する。しかし、雨が降らず晴天の日が続き植物周辺の水分が不足気味になると、アブシジン酸などの植物ホルモンが応答して気孔を閉じ、植物体からの水分消失を防ぐ。 気孔の開閉は、孔辺細胞が外部からのシグナルに的確に応答してシグナル伝達を行い、最終的に孔辺細胞の体積が変動することにより引き起こされている。 気孔が開いた状態の孔辺細胞では、閉じた状態の数倍濃度のカリウムイオンが蓄積されていて、カリウムイオンの蓄積より浸透圧が上昇し、水が取り込まれて孔辺細胞の体積が増加していく。その一方、孔辺細胞に蓄積したカリウムイオンを排出することに、アブシジン酸による気孔閉鎖が行なわれる。 また、葉の孔辺細胞内にある葉緑体は、光エネルギーを用いてATP(アデシン三リン酸)を合成し、気孔開口に必要な物質輸送に利用している。 気孔は種子植物とシダ植物には必ずあり、種子植物ではフォトトロピンという色素タンパク質が気孔開口のための光受容体となり、シダ植物の場合は、光合成色素である葉緑素が気孔開口のための光受容体としても働いている。コケの仲間は、開閉できる気孔を持たず、水の浸透力だけに頼って生きている。 目次 |
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2)葉の機能 光合成のための光エネルギーを活用する陸上植物は、光照射をより有効にするため広葉樹のように葉を平たく広げるはずだ。 実は意外にも、針葉樹の方が広葉樹に比べて葉面積が広い。しかも針葉樹は広葉樹と比べて、低いところから枝葉を茂らせ高く聳えるため、土地面積あたりの葉面積が広くなる。針葉樹の樹冠(茎・葉・花など、地上部にある植物全体を指す)の上部から下部に、あまねく減少させることなく光を効率的に捉え、光を無駄なく利用することにより広葉樹よりも高い成長量を実現している。例えば、日本の固有種のコメツガをはじめ、亜高山帯域のトウヒやシラビソなどの針葉樹は、隙間なく林冠を茂らせている。 シラビソ(白檜曽)は、八島ヶ原高原の下部にあたる東俣国有林で優占するウラジロモミより更に上部、海抜1,500mから2,500mの亜高山帯にあたる車山に広く分布する。その葉の表面は深緑色で光沢があり、裏面は白色の2本の気孔帯がある。そのため少し白く見える、それが名の由来か。シラビソはマツ科モミ属の常緑針葉樹で日本の固有種、その樹皮は灰白色で平滑、白桧曽と書くから、白いヒノキの意となる。葉の付け根の形状は、仲間のモミと同じで葉痕は丸である。 ツガ属・トウヒ・モミ属などの針葉樹が生育する北方地域では、当然、光照射が南方に比べて少なく、より効率的に光資源を利用する必要性に迫られる。また、アカマツやカラマツなど、荒蕪地に先駆的に侵入してくる他の樹種や背の高い草本との競争に勝つためにも、成長を速くすることが重要になる。 針葉樹の葉の光合成は、最近の研究により低温下では光合成を行なわないことが明らかになった。厳冬期には光合成はおこなわずに呼吸のみが行なわれている。逆に、このような低温下で雪面からの反射などの強い光を受けると、葉の組織が壊れて、枯れてしまう「光阻害」という現象が、冬の常緑樹でも起きる。 緑葉を付けている以上光は集まってくるが、この低温下では化学生産能力が 極端に落ちる。真冬の晴天などでは真夏以上の「光阻害」がおきている。 光のエネルギーは光合成の反応を進め化学生産されたエネルギーとして使われる。強い光の場合、光合成能力を超え、その余分な光のエネルギーは光合成に使うことはできない。そのような場合、植物には防御システムがあって、ある程度までは、エネルギーを安全に熱エネルギーの形にすることができる。しかし、さらに光が強くなると、エネルギーが余ってそのエネルギーによって光合成の装置が壊されてしまうことがある。これが「光阻害」で、強すぎる光で光合成が行なわれなくなる原因となる。つまり、余った光エネルギーによって「活性酸素(ROS)」と呼ばれる反応性の高い化合物が発生し、それが光合成装置を破壊してしまう。 植物の生産能力は、強光・乾燥・温度・塩・重金属・オゾンなどの非生物的、あるいは病害などの生物的な環境変化によって大きく低下する。特に植物は光合成に生存を託しているため、光は最も重要な環境因子となり、過剰な光エネルギーは、植物細胞内で活性酸素種の増加や高温・乾燥などの複合的なストレスを引き起こす。移動に時を要する植物は、その場で光ストレスに順応しなければならない。 カロテノイド(carotenoid)は、例えばニンジンのオレンジ色の色素として有名なβカロテンもその仲間で、動植物界に広くみられる黄色・オレンジ・赤色ないし紫色の天然色素の一群である。同じ光合成色素のクロロフィルとは、比べ物にならないほど種類が豊富で、750種類以上あると言われている。ただ動物は自分で合成するのではなく、食べ物の中のカロテノイドを吸収して活用している例が多いようだ。 自然界におけるカロテノイドの生化学作用は多岐にわたり、特に光合成における補助集光作用や光保護作用があり、光阻害から植物を守っている。キサントフィルというカロテノイドの一部は、強い光エネルギーを安全な熱エネルギーに変える。そのためカロテノイドを持たない植物は強い光にさらされれば死滅する。また抗酸化作用にも重要な役割を果たす。βカロテンは、細胞にダメージを与える反応し易い活性酸素を普通の酸素に戻す役割を果たす。 トウヒ属やツガ属は雪圧に弱く、その一方では乾燥に強い葉の組織構造を持っている。このような樹種は酷寒であっても、積雪が少ない場所を選んでいる。針葉樹は葉面積を多くし、1年を通じて少ない光資源を有効に利用するため、または他の植物との生長競争に勝つために針葉という形態をとった。 目次 |
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3)光合成の主役クロロフィル 柵状組織は、葉の表皮の下にあって、1~数層、細長い円柱状の細胞を比較的密に垂直方向に配列する。その細胞内には葉緑体が多く、光合成を行う。その下の海綿状組織と共に葉肉を構成する。光合成は、その細胞の中の葉緑体で行われる。葉緑体は光の方向や量をセンサーでとらえ、細胞の中で向きを変えて受け取る光を調整している。その葉緑体の中で中心となって働くのがクロロフィル(葉緑素)である。葉緑体を顕微鏡で見ると緑色をしている。その色素がクロロフィルである。 クロロフィルの構造は、人間の血液の赤い色のもとであるヘムとよく似ている。血液の赤血球にはヘモグロビンという赤色色素が含まれている。ヘモグロビンは、鉄を含むヘムという赤い色素と、グロビンというタンパク質からできている複合タンパク質だ。ヘムは鉄と化合することで、酸素と結合し運搬をする。 クロロフィルもヘムも、アミノ酸の生成物・ポルフィリンが関与する。そのポルフィリンは金属イオンと環の中心で結合する。ヘムであれば、窒素原子と結合する性質がある鉄(Fe)と化合し、クロロフィルであればマグネシウム(Mg)となる。ヘムが4つ集まり、ヘモグロビンとして機能する。鉄分が不足し貧血の症状が表れるのも、ヘム形成に必要な鉄分の供給が不足したからである。 イカやカニなどでは、鉄ではなく銅と化合している。銅を主成分とすると血液は青色になる。この青い血液の酸素運搬能力は、ヘムを含む赤い血液と比べてわずか10分の1しかなく、鉄ほど酸素を効率よく取り入れることはできない。人間は、進化の過程で、突然変異により鉄を含むヘムという物質を形成し、空気中から酸素をより効率よく体内に取り込むことを可能にした。その結果、複雑な脳組織を生み、心臓・肝臓・膵臓などを組成し機能させる苛酷な自然選択に適応するための奇跡的な突然変異を繰り返して現代に至った。 実は、植物は当然血液を持たないが、光合成や呼吸に使われるタンパク質にはヘムを伴うものが多くある。植物の生体内で合成される過程では、クロロフィルとヘムは、同じルートで作られ、それからマグネシウム(Mg)が化合されクロロフィルとなり、鉄(Fe)と化合されてヘムとなっている。 葉緑体の柵状組織が、吸収しやすい波長の光の一部を吸収し、その他の光は透過され海綿状組織の葉緑体で吸収される。それぞれの組織の葉緑体に含まれる光合成色素は異なると推測される。クロロフィルは、青い光と赤い光を吸収するが、緑色の光は吸収しづらい。そのためクロロフィルに光が当たると緑色の光の一部が通り抜けるため、植物の葉が緑色に見える。 それでも緑色の光の7割は吸収される。緑色の光は、葉の裏側に不規則な形の海綿状柔細胞に何度もぶつかり、その度に方向を変えため、葉の厚みの何倍もの距離を進む。その過程で、クロロフィルが吸収しづらい緑色の光も7割方が吸収されるようになる。 陸上植物や藻類全般で保有されるクロロフィルaのような主要な光合成色素は柵状組織に多く含まれ、光合成色素の中で割合が低いものが海綿状組織に含まれている。ただ主要な光合成色素は柵状組織ほどではないが、海綿状組織にも含まれている。 葉の裏側に近い海綿状組織の不規則性により、光エネルギーは幾度も複雑に曲折する。このように、葉の構造自体、様々な観点からみても、効率が良いが、そのため極めて複雑になっている。 海綿状組織は、ふつう葉の裏側にあり、その細胞 (海綿状柔細胞) の形や配列が不規則に並び、細胞間隙にゆとりがあり、しかも弾力性に富み水分をよく吸収する海綿に似ていることからこの名が付いた。その間隙は気孔を通じて外界とつながっている。気孔直下にある間隙は呼吸腔とよばれ、気孔を通じて外界と連絡し、光合成や呼吸における水蒸気・二酸化炭素・酸素などガス交換の場として、またその通路として機能している。 クロロフィルや補助色素は、クロロフィル結合たんぱく質と複合体を形成している。葉緑体の中で、チラコイド膜が積み重なったようになっているが、その膜そのものに、クロロフィルや補助色素がたんぱく質と結合して存在している。 チラコイドは、ギリシャ語で袋状の意で、緑色植物の葉緑体のチラコイドは円盤状の膜となって結合し、その円盤が積み重なる構造になっている。その構造体をグラナと呼ぶ。チラコイド膜に、直接埋め込まれた光合成色素内で光化学反応を起こす。膜内には、水やイオンと様々なたんぱく質で満たされている。その中で、光合成に関わるのは、それぞれ形の違う4種類のたんぱく質の複合体である。光合成は受け取った光を電子に置き換え、その流れからATPを作りデンプンの合成回路に渡している。 1つの膜タンパク質が使われて、葉緑体の基質(ストロマ)へ拡散するエネルギーを用いてADP(アデノシン二リン酸)にリン酸を結合させ、ATPを合成する。 葉に当たる光のうち、光合成に役立つのは、光化学系と呼ばれるクロロフィルをふくむ光受信アンテナに当たったものである。光受信アンテナは、チラコイド膜の表面に並ぶ、太い円柱状のたんぱく質で、1つの光受信アンテナに45個ほどのクロロフィルが埋め込まれている。それが1~7つ位までが集まってひとまとまりなっている。それを光集光複合体(LHC)と呼び、それがチラコイド膜上にたくさん存在していて、光を多く利用できるようになっている。 集光複合体(LHC)の中のクロロフィルが、光を受けて、その低く安定した状態からエネルギーの高い状態へ励起し隣接するクロロフィルに次々と渡し光反応中心(クロロフィル分子が補足した光エネルギーを化学エネルギーに変換するための反応中心コア)にまで届けるように、光受信アンテナが上手く配置されている。そのクロロフィル間のエネルギー移動で、エネルギーの質に変化は生じていない。 光エネルギーを光反応中心に集め、光エネルギーを電気化学エネルギーに変換し、そこで水を分解し水素化合物と酸素を作り、ATP(アデシン三リン酸)とNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を生成する。そのATPとNADPHを使って、水素化合物を消費し二酸化炭素から糖などの有機化合物を作る。 NADPHは脱水素酵素の補酵素として水素の受け取り役をしている。酸素は気孔から排出される。光を照射すると電気化学エネルギーに変える物質、それを光触媒(光変換物質)と呼ぶが、クロロフィルは唯一、生物界に存在する有機性の光触媒である。 目次 |