車山高原のリゾートイン レア・メモリー
 信州の四季をお伝えするブログです
 ラショウモンカズラは  風の心まかせて咲き続ける花です
 ズミ・カエデ・シラカバの若葉が美しいこの季節に その株元に数株ずつ咲き続けます
 車山高原の日差しは 心地好いようで  青紫の花の色が 照り映えています  

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「三身礼」には「南無西方極楽世界」と「阿弥陀仏」とあるように阿弥陀岳は赤岳の西方。美しい山容です。

          茅野市の【勝味庵】、『イワシの刺身料理』     2018年9月7日 
 諏訪の地で40年の歴史を持つ「勝味庵」は、諏訪IC近くの本店が、茅野市宮川に移転して今日にいたっています。
 いつも食べるのが、勝味庵定食(ひと口カツ、海老フライ、鰯の刺身)、1,800円。 値段は少し高めですが、くさみのない新鮮なイワシの刺身料理が好きで、34年間通い続けています。
 そのイワシは、築地、松本、甲府の市場から毎日仕入れているため、いつも新鮮です。
 サクサクとしたとんかつと新鮮なイワシ料理が楽しめる店です。 小さなすり鉢のゴマを自分で擦り、その中に、壺の中のソースを入れて、カツとキャベツにかけて食べます。
このやり方は、昔から変わっていません。カツもボリュームあり、食べ応えがあります。 岩手のブランド豚である岩中豚、山梨の富士桜ポーク、信州SPFといった上質な肉を使用しており、揚油も4種類の油をブレンドした独自のもの、パン粉も当日に作る自家製だそうです。
  (「SPF」とは、Specific Pathogen Freeの略で、「特定指定された病原体をもっていない」という意味です。「日本SPF豚協会」が規制対象としている病気は、萎縮性鼻炎・豚赤痢・オーエスキー病・トキソプラズマ感染症・マイコプラズマ肺炎の5つです。)
 
          諏訪が誇る「暑中寒晒し蕎麦」     2018年8月8日 
 「長寿更科」で「寒晒し蕎麦」
 「長寿更科」で「二八蕎麦」 
 茅野市米沢の「長寿更科」で「寒晒し蕎麦」を食べました。
 徳川幕府は、諸国266藩から将軍家への季節ごとの献上品を定めていました。
 蕎麦は、今も名産地とされる天童藩など9藩から献上され、特に夏の土用蕎麦として「暑中寒晒蕎麦」を、信濃国伊那郡高遠藩と諏訪郡高島藩の2藩が時献上していたのです。
 高い技術と手間の掛かる、かなりの高級品でした。 高島藩には、茅野市にあった旧18ヶ村が上納していました。 秋に採れた蕎麦の実を袋に入れ、寒中・大寒から立春まで、八ヶ岳や車山山麓を水源にする冷たい清流に浸し、それを引き上げ、戸外で天日と寒風に晒しながら約1ヶ月かけて乾燥させ、その後、土蔵で夏まで熟成させます。
 そうした蕎麦の実の真ん中の部分を取り出して打った蕎麦は、アクが抜け舌ざわりも滑らかで、ふくよかさと甘みが増します。その味わいのある蕎麦には、意外にも、麺に厚みのある食感が加わるのです。 茹でても白い色が変わらない!
 
          諏訪湖に注ぐ衣之渡川に咲く古代蓮     2018年7月21日 
 宮坂醸造の丸高味噌蔵は、諏訪湖に注ぐ衣之渡川(えのどがわ)沿いにあります。
 その衣之渡川が蓮の花で埋め尽くされていました。 今年は半月位早めに、湖畔側より若紫色の大きな花を、咲かせ始めました。
  川面に抜き出でて立ち開く花は、古い種を再現した貴重な古代の蓮です。
  その大きな蓮の葉に身を隠すように、クイナの親子が4匹、浮葉の上で、羽繕いをしています。3匹の雛は、肢が安定しないのか、落ち着きません。
  親鳥の長いくちばしの下の赤色とスリムな姿が印象的です。そのしっかりした脚で歩く様子は軽快そのものです。
 
          万緑の八島ヶ原湿原に映えるバイカウツギとオオカサモチ 2018年7月2日

 バイカウツギ(梅花空木)の花は、梅の花を思わせるので、この和名が付きました。梅は5弁ですけど、バイカウツギは4弁の花ですからバラ科ではありません。
 アジサイ科バイカウツギ属で、茎が中空のためにウツギの名前が付きました。
 山地に生える落葉低木で高さは2mほどです。二俣に分岐した枝先に、5~9個の美しい純白の花を咲かせます。ほのかな温もりを感じさせる芳香があります。
 八島ヶ原湿原では、初夏にあたる今頃、出入り口近くで見られます。 湿原内では、セリ科のオオカサモチ(大傘持)の大きな白い花序が、諸所に小群落を作るので、万緑の草原によく映えます。
 
          四葩に咲くヤマアジサイ    2018年6月24日

 下野や 籬(まがき)にまじる 紫陽花の 四葩(よひら)に見れば 八重にこそ咲け
   藤原光俊が、ヤマガアジサイを詠んだ歌で、四葩とは、四枚の花弁を指します。

 萎んだウツギの花の下で、その木漏れ日を好むかのようにヤマアジサイ(アジサイ科アジサイ属)が、白い花を咲かせています。車山では、半日陰の湿り気のある樹叢の縁辺や岩場が多い沢沿いに生育しています。
 そのヤマアジサイも、大分早く咲きました。今年の車山高原に咲く花々の特徴に違わず、花の数が豊富で色が鮮やかです。
 ヤマアジサイは、主に太平洋側の北海道から四国・九州までの山間の谷間や林間に広く分布しています。このことからサワアジサイとも呼ばれたようです。梅雨明けの、車山高原の樹叢帯では、意外にも魅せられる樹木です。
 中央から花の外側に向かって咲き、縁に沿って真っ白な装飾花をつけます。ガクアジサイと同じようにガク咲きとなります。装飾花の萼片は、純白で少し反りがあるため、より輝いて見えます。ガクアジサイよりも花序が小型なので、コガクと呼ばれることもあります。
 高さは1m位で、アジサイに比べて葉は、薄く細長く小型です。枝張りが荒れて野趣に富んだ樹形です。花色や花形は、車山高原内でも変異が多いようですが、純白の萼片に守られた、少し薄緑に染まった花序が印象的です。
 
          陽当たりのいい場所に咲くノリウツギの花    2018年6月20日 

 ノリウツギの高さは、アジサイ科アジサイ属ですが、高さは通常2~3mで、時には5mの高木になります。
 車山高原の樹叢帯では、暗紫色を帯びた若い枝をまっすぐによく伸ばし、そこに展開する葉は楕円形で、その先端は芒状に突出します。
 初夏に咲くガクアジサイに似た装飾花は、純白で目を見張りますが、夏季には淡紅色または淡緑色に変わります。
 ノリウツギは、日本全国で見られますが、北日本では、日当たりのよい森林の伐採地に、最初に生える木の1つです。
 この木の枝を煮つめるとぬめりが出て、天然の糊ができることで知られています。アイヌの女性は、肌や髪を洗う時に使用したようです。
 枝の髄(ずい)を抜くと、空洞ができるので、和名のノリウツギ(糊空木)の「空木」の名が付いた。
 空洞になった木の枝を水につけると、靭皮(じんぴ)から粘液が出てくる。それを、和紙を漉()くときの糊料として使ったことから、「糊空木」と呼びました。
 紙を漉くとき、水に植物の繊維を混ぜただけでは、繊維が下に沈み濃淡差が生じ、均一な紙が漉けません。
 ノリウツギやトロロアオイの根の粘液を、漉き水に混ぜることで、原料が水の中に均一に浮遊するので、平滑な美しい和紙が出来上がるのです。
 
          旬のコゴミのパスタ    2018年5月13日
 車山高原の今が旬のコゴミは、柔らかいため、 根っこよりの方を触ってみて、やや硬めのところで手折れば、簡単に切り離せます。

 こごみはよく洗います。
 パスタを茹でる時、アクがないので、その鍋に、互いの茹で上がり時間を計って、コゴミを追加して入れます。
 パスタの出し汁として、食べやすい大きさに切り分けた鳥の胸肉と昆布を、水から入れて沸かし、塩・黒コショウと薄口醤油で味を調えます。

 多めのオリーブ油で、タマネギとニンニクを炒めてから、パスタから始まり、鳥肉、次にコゴミと炒め、最後に、パスタようの出し汁を入れて仕上げます。
 レア・メモリーでは、今の時季でしたら、写真のように、カエデと山桜とリョウブの小さな若葉を摘んで水に晒し、仕上がり直前に絡めます。
 
          美しい大門街道のフジ    2018年5月7日
 マメ科フジ属の果実は、インゲン豆のように、狭披針形(きょうひしんけい)と呼ばれるマメ科特有の果皮が堅い莢果(きょうか)でできています。
 雌しべの中心にある子房が発達して、莢 (さや) を形成し、その中の藤豆を莢が乾燥して、激しく2片に裂開する時の勢いで弾き飛ばすのです。 総状花序の一つ一つの花が、一つの豆果になるのです。実際は、花軸にぶら下がる豆果は、多くの花があっても1~3個ほどしか結実しません。
 花粉の送粉者が、クマバチ類に限定されているからかもしれません。 フジやニセアカシア・ユクノキなどのマメ科の木本の花弁は、ばね仕掛けで硬く閉じられているため、クマバチ類の力でこじあけないと、花が正面から開かない仕組みになっています。
 寺田虎彦は、随筆「藤の実」で、藤豆のはじける機巧を
 「書斎の軒の藤棚から居室の障子までは最短距離にしても五間はある。それで、地上三メートルの高さから水平に発射されたとして十メートルの距離において地上一メートルの点で障子に衝突したとすれば、空気の抵抗を除外しても、少なくも毎秒十メートル以上の初速をもって発射されたとしなければ勘定が合わない。あの一見枯死しているような豆のさやの中に、それほどの大きな原動力が潜んでいようとはちょっと予想しないことであった。この一夕の偶然の観察が動機となってだんだんこの藤豆のはじける機巧を研究してみると、実に驚くべき事実が続々と発見されるのである。」と記しています。
 長さ10~20cmの豆果には、直径1cmほどの円形で扁平な、艶のある藤豆が複数あり、冬の乾燥で、らせん状に異なる方向にねじれた2片の鞘が、裂開して弾ける時の勢いで飛ばすのです。
 飛び出した種子に当たって、怪我をする人もいるそうです。
 
         旬の山菜スープと山菜サラダ    2018年5月5日

 高原野菜のスープには、鳥の胸肉のつくね団子と
 山菜は、ニリンソウの花とマユミの新葉、
 薬味に、行者ニンニクを刻みます。
 行者ニンニクは、味を引き立てる香味野菜です!


 高原野菜に添えた山菜は、すべて生のままです。
 アクの無い野草を選びました。
  ミネバ(ツリガネニンジン)、 カンゾウ、ヤマウド、ヤマミツバです。

 これから、車山高原の山菜は、タラの芽・コゴミ・ワラビ・コシアブラなど豊富になります。
 
         ヤマウドのパスタ    2018年5月3日 
 車山の山菜料理は、4月~6月が時季となります。
 今日の山菜の天ぷら料理の中味は、山ウド・ミネバ・アザミ・フキノトウの花茎の3種類です。
 山ウドは、まだ新葉が伸びている時季ですから、柔らく太い部分を選んで採取します。
 葉先と新芽を、それぞれ天ぷらにします。
 柔らかい葉先と太い新芽の茎の部分とを、別個に味わうのです。
 太い茎の部分は、旬ですから、皮をむかずに、薄く斜め切りにし、油を控えめに、豚肉・玉ねぎと一緒に炒めます。
 ヤマウドと豚肉は、相性がいいので、ゴマダレや醤油・コンソメ味・トマトソース、単に塩と胡椒だけでも、ヤマウドの香りが立ちますから、むしろ美味しいでしょう。
 マヨネーズだけで炒めるのも一興です。

 ヤマウドは、細くなり過ぎないようにカット、セロリは、筋を取り、1cm角に、オニオンは微塵切りに、・・・・
 ニンニクを多めのオリーブオイルで煮てから、オニオンと生のヤマウドを入れて炒めます。それからセロリを入れて、下茹でしたロマネスコも入れて軽く炒めて、最後にパスタとあえます。薄口醬油とタラコで味を調え、皿に盛り付けてからブラックペッパーを多めにミルで挽きます。
 
         白樺湖 「リゾートローソン」の第一号店    2018年4月28日


 グランドオープンは、池の平ファミリーランドと同じ4月21日(土)でした。
  「リゾートローソン」の第一号店となります。
 黒を基調にした、重みのある外装 で、リゾートの景観に溶け込んでいます。
 店内は広々と明るく、天井もウッド調で落ち着いた雰囲気です。
 モダンな外観と湖畔まで広がる駐車場、
 食事がゆっくり楽しめる、くつろぎのイートインで
 白樺湖を眺めながら
 山焼きを終えたばかりの、雄大な車山の全容が、窓辺の大画面で観賞できます。
 
         マカロニ市場の発祥は、ここ小田原店です    2018年4月21日
 「マカロニ市場」は、市場のように活気あふれたベーカリーイタリアンレストランをコンセプトにしています。
 今回は、「チチニエッリ」と、種類豊富な焼きたて手作りパンをいただきました。
 チチニエッリとは、ナポリ伝統のしらすピッツァです。
 チェリートマト・バジル・しらすとトマトソースで仕上げられています。
 しらすの磯の香りとチェリートマトのフルーツのような甘味!
 食べた後のバジルの余韻!
 独特のコク味のあるトマトソースは、香り良く、味わい深く仕上がっていました。
 
         立石公園,アズマイチゲ(東一華)      2018年4月13日
 諏訪市街地と諏訪湖が眼下に、岡谷市や下諏訪町も一望できます。
 今日は、遠く北アルプスの乗鞍・穂高、やや西方向に、御岳山や木曽駒ケ岳と、その眺望を十二分に堪能させていただきました。
 立石公園は車山の西南麓にあって、諏訪市の中心部から北東へ約1.5km離れた山腹にあります。
 今現在、散り始めた桜と満開の芝桜が彩る時計塔の周辺が美しいです。
 カップルが数組、時計塔からの眺望を楽しんでいました。

 早春の里山に花を咲かせるアズマイチゲ(東一華)が、榎林の枯葉の中に群生していました。
 カタクリの里のアズマイイゲと呼ばれるように、カタクリの群生地と一致する場合が多いようです。
 榎林の若葉が広がる頃には地上部は枯れてなくなり、その後は翌春まで地下茎で過ごすスプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)の一種です。
 「東一華」の「東」は関東を意味します。
 「一華」は、「菊咲一花」の「イチゲ」の「一花」です。花は、茎の先に一輪だけ咲きます。
 アズマイチゲは、一輪草と同じキンポウゲ科の花です。
 別名「雨降花」と呼ばれいます。 摘み取ると雨が降るという説があります。
 
         車山高原,フキノトウの料理      2018年4月6日

 車山高原の枯れた沢筋で収穫したフキノトウです。
 柔らかく香り高いです。葉が出る前にフキノトウだけが独立して地上に出てきます。
 寒さに耐えられるように、蕾を何重にも苞葉が包み込んで土から顔を出します。

 豆腐と蕪と葱の味噌汁に、収穫したばかりのフキノトウの苞葉を、飲む直前に一枚ずつ浮かべます。 残りの頭花も刻んで、生のまま入れます。
 フキノトウには、ペタシテニン(フキノトキシン)と言う名前の有毒物質が含まれているそうです。
 少しではあるけど、食べ過ぎないことです。
 カリウムが豊富に含まれている、ありがたい野菜の1つでもあります。
 フキノトウの天ぷらは、食べ応えがあります。特に、人参と玉ねぎと一緒に「かき揚げ」にすると、一段と風味と香りが引き立ちます。
 残りは、「フキ味噌」にして、少しづつ食べていきます。
 
         ピザ&パスタ 『SPADA』      2018年3月30日
 
 ピザとパスタをオシャレに、でも気取りなくカジュアルに食べられます。
 土曜・日曜も含めて、毎日、ランチセットがあるので、気軽に立ち寄れます。
  ピザとパスタを中心にした「スパーダ」のメニューは、旬の味を大切にしています。
 今日のピザは、モッツァレラのピザソース!
  丁寧に焼き上げた、本格窯焼きピザでした。
  格別に美味しいのがふっくらとしたコルニチョーネ!
 パスタは、シラスと菜の花のオイルパスタ!
 シラスと菜の花の、旬の素材の味と香りが引き立ち、菜の花の新鮮さが際立ちます。

長野県茅野市ちの2669 コモドクアルト1F 
  Tel.0266-73-0080
  中央道 諏訪I.C. 車5分
 
        茅野市「傍」のアンティパストミスト      2018年3月21日
 人気の茅野市の蕎麦屋さん「傍」の前菜は、春の山菜「カンゾウの胡麻味噌和え」でした。
  「のかんぞう」は、アクがまったくなく、シャキシャキした歯ごたえ、その甘みとヌメリが特徴の山菜です。
  「傍」の前菜で、それを十分堪能させていただきました。

  「のかんぞう」の花は、「一重咲き」で、控えめな「清楚」な花です。
  花が咲くまでは「のかんぞう」と「やぶかんぞう」を見分けるのは困難です。
  「のかんぞう」の方が、葉が細いようです。
  「のかんぞう」は、山地に近いところを好む傾向があり、「諏訪の平」では、雪どけと同時に、田畑の畦道や小川の畔で、フキノトウの時季と重なります。
 車山の周辺の田園では、田畑にレンゲソウが咲く頃、その周辺の畦地に「のかんぞう」の幼葉が小群落を、いくつもいくつも連ねます。
 
        ミラノ・サローネで本格的なイタリアン      2018年3月13日
 諏訪市中洲5723-3 「新六斗橋そば」の「諏訪ふれあい広場」の入り口です。
  少なくとも、月に2回位が、「ランチメニュー」を食べに出掛けます。
 イタリアンレストラン「ミラノ・サローネ」の、本日のこだわり生パスタは 「菜の花とアサリのクリームパスタ」です。
 もとより、もちもちした食感ですが、何よりも、滑らかなで、香りが立ってきます!
  一気に450℃の薪窯による直焼きのナポリピッツァは、 自家製の「生パスタ」で、本日は「九条ネギとベーコンのチーズピザ」を頂きました。
 また、「ミラノ・サローネ」の内容豊富なサラダバーも好みです。

 『ミラノサローネ』とは、毎年イタリア・ミラノで開催される、世界最大規模の家具見本市だそうです。
 
       樹氷輝く白樺湖と蓼科山      2018年3月9日
  
 車山高原、すべてが樹氷で煌めいていました。
 ビーナスラインの展望台からの眺めは、紺碧の空に「蓼科ブルー」が輝いています。
 浅間山に黒っぽい噴煙が昇っています。
  平成30年3月9日16時00分 気象庁地震火山部発表
 「今期間、噴煙の状況は、火口縁上概ね50m以下で推移しています。」
 
      美味しい諏訪のカツ定食     2018年2月23日
 和食店や居酒屋など信州中心に多店舗展開する王滝(松本市)が、1月15日、諏訪市内の既存のすし店を改装し、新たにとんかつ店とそば店とを同時に開業いたしました。
 とんかつ店は、当社、初となる業態で、窓口で商品を選ぶセルフサービス式を採用しています。
 そば店も、南信州地域で初めて、諏訪での出店となり、今後の多店舗展開の足がかりにするそうです。
 王滝グループの「かつの助」と「小木曽製粉所(こぎそせい ふんじょ)」の2店舗が入りました。 とんかつ店はカツカレーやカツ煮、とんかつ定食などなどのメニューがあり、「かつの助定食」は、その内容の豊かさに比べて、700円と極めて廉価です。  
 利用客はメニューごとの樹脂製の札を持って商品を受け取り精算します。セルフ式を導入して接客コストの低減を目指しています。男性のお客は、炊き立てのご飯を大盛によそっています。
 それぞれ、商品の受け渡しのラインは、分かれますが、建屋は一つなので、一緒に行った男性は「かつの助」へ、女性は別れて「小木曽製粉所」でお蕎麦を、二人は中で同じテーブルで食べていました。
 
     ミャンマー漆喰の寺院     2018年2月2日
 建造当時は漆喰に覆われ全体に彫刻が施されていました。 経年劣化で、漆喰が剥がれたり、苔が生えて茶色っぽくなったりしたのが今の状態。
  この寺院は比較的漆喰がよく残っているそうです。残っている彫刻を見ると、これが全体を覆っていたらどれだけ綺麗だったかと、建造当時の事がしのばれます。
  中も本当は、壁画に覆われていました。経年劣化で剥がれてしまったのが大部分ですが、寺院によっては、昔のミャンマー人がよかれと修復して、全部漆喰で覆われていたりします。ただ、これが功を奏して、その漆喰の下から状態の良い壁画が出てくるそうです。
 
     ミャンマー最大の都市・ヤンゴン     2018年2月1日
 ヤンゴンが首都だと思っていたら、2006年からネピドーが首都になったそうです。
 ヤンゴンはイギリス統治時代の建物が残っており、なかなか面白い街並みです。大都市ではあるけど、街全体の明かりは暗めです。ネピドーはキラキラだそうです。
 ミャンマーは、まだ国民の3割にしか電気が行き渡ってないそうです。
 イギリス統治だったので、右車線ですが右ハンドル車が走っています。危ないので数年後には左ハンドルに切り替わるとのこと。
 今は9割方トヨタで、日本の中古車は特に塗装し直すこともなく、そのまま走っていて、日本語をよくみかけます。
 ミャンマーは南北に細長く、中国、ラオス、タイ、インド、バングラデシュに国境を接しており、135の少数民族が暮らしています。そんなミャンマーの東部、シャン州の伝統料理を「シャンヨーヤー」では食べることが出来ます。
 油控えめでハーブや野菜中心のシャン料理は、味付けに納豆、山椒、豆腐を使うなど、ヘルシーで優しい味付けが日本人の口にとても合います。
 こちらのお店はシャン料理の名店として日本のテレビ番組でも紹介されたことがあり、客の30%は日本人とのこと。
 シャン料理の代表料理と言えば、米の麺を使った麺料理シャンカウスエ(スープあり、なしを選べます) 、シャンカウスエは夜のメニューには記載がありませんが、夜でも頼むことが出来ます。 シャンカウスエと一緒に頼みたいのは、ひよこ豆で作った豆腐を揚げたトーフジョー。外はカリッ中はとろっ、食感と豆の旨みが最高に美味しい、ビールのおつまみに最適な一品です。
 
    ミャンマーの料理、食べ歩き!     2018年1月30日
 この麺料理が、1番美味しかった。スープの優しい味付け、でもコクがあって。
 麺料理は、シャンカウスエ(Shan Khauk Swe)という名前。米麺で、喉越し良くチュルっといける。でも、適度にコシがあるので、日本人好みですね。
 スープは鶏ガラベースで、あっさりして美味しい!
 麺料理が食べたいと言って、連れて来てもらった店で頂いたのです。
 カリフラワーのごま和え、市場では、カリフラワーが、人の頭サイズの立派なのが数十円で売られていました。旬なのか、とても美味しい。
 オクラ、これも非常に美味しい。
 空芯菜、東南アジアの定番料理です。すべてが美味しい!
 エビカレー、川エビだけど、凄く立派なサイズで臭みもなく、1番美味しかったカレー。エビは頭付きで五尾も入っていた。
 エビカレー、魚カレー、チキンカレー、豚カレー、牛肉カレー、をよく食べたかな。
 あとは、野菜の炒め物とスープ。これらをタイ米のご飯と一緒にいただくの。どちらかというと辛いものが多いかな。
 ヤンゴンよりバガンの方が全体的に優しい味付けで、美味しかった。
 ビールは、東南アジアのビールらしく口当たり良く飲みやすい。
 ミャンマーワイン、まずいかと思いきや、普通に飲める味。すごい!
 
    バガンで1番大きいダマヤンヂー寺院     2018年1月29日
 1165年に、アラウンシートゥー王の次男、パガン王朝第5代ナラトゥー(Narathu)王が建立しました。しかし、途中で工事は中止され、ダマヤンジー寺院は未完成のまま現代に遺されました。
 これを建設した人は、自分のお父さんである王様が長生きでなかなか自分が王位につけないので、まずはお父さんを殺しました。で、続いて、自分は次男なので、王位継承の順位が高いお兄ちゃんも殺しました。
 めでたく王様になってからは、インドからお嫁さんをもらいましたが、不仲になり殺しました。
 そんな悪事を尽くしながらも、仏教徒なので因果応報を恐れて、バガンで最大の寺院を建てることにしました。
 通常サイズでも建設に10年以上かかるところ、この人は3年で造らせたうえ、積み上げたレンガに隙間があろうものなら作業員の手首を切り落としたそうです。そんな人なので、結局完成前に暗殺されてしまいました。暗殺後、誰もこの寺院を完成させようとしなかったので、未完の寺院となりました。
 
    ミャンマー最大の聖地,シェダゴン・パゴダ     2018年1月28日
 シェダゴン・パゴダShwedagon Pagodaは、ミャンマーの旧首都ヤンゴンの中心街の北に位置するミャンマー仏教の総本山(パゴダ、パヤー) です。寺院や僧院とは違います。
 パゴダ (pagoda) の原語は明らかでないのですが、仏教・ヒンズー教の多層の塔・仏塔(ストゥーパ)を意味する英語です。
 6〜10世紀の間に建立されたと考えられています。地震によって幾度も破壊されており、現在の仏塔の原型は、15世紀ころ完成したようです。
 敷地は東京ドーム何個分だったか?高さ60mの丘の上に高さ100mの黄金の仏塔がたっています。シュエダゴン・パゴダの黄金の仏塔には、釈迦の8本の聖髪が奉納されていると伝えられています。頂上の先端には、76カラットのダイヤモンドを始めとした数千のダイヤモンドやルビーがはめ込まれています。それらは皆、仏教徒たちの寄進によって集まったもの、それだけ多くの国民の篤い信仰を集めている聖なる場所です。
 その黄金のストゥーパを中心に60余りの仏塔や廟が林立し、供物や土産物を売る店の数も多いです。 黄金のストゥーパは、金箔でなく、金板です。どれも彫刻や装飾が素晴らしく、どこを向いても口を開けて凄いねぇ、凄いねぇと言い通しでした。
 参拝者も多くのミャンマーの人達は、家族総出でお弁当を持参してゆっくりしにきます。
  写真に撮るけど、バガンもそうでしたが、写真じゃ全然伝わらない。1時間半ほどかけて一周したけど、もっと見てられる、ずーっと見てられる場所でした。
 
    ミャンマーのバガン遺跡「シュエズィーゴォン・パヤー」です     2018年1月27日
 国土の中央、エーヤワディ川の東岸に位置するバガンが、パガン朝の都として栄えたのは、11世紀から13世紀にかけてです。
 かつては、41平方キロの王都にはおびただしい数のパゴダ(仏塔)が建設され、その数は数十万に及んだという説もあります。
 現存するのは3,500ほどですが、それでもアジア最大規模の仏教遺跡群、見渡す限りの茶色い大地に パゴダが点在する様は荘厳です。
 カンボジアのアンコール・ワット遺跡、インドネシアの ボロブドゥール遺跡とともに、世界三大仏教遺跡のひとつと称され、イラワジ川中流域の東岸の平野部一帯に、大小さまざまな仏教遺跡が林立し、ミャンマー屈指の仏教聖地です。
  遺跡観光の中心となるのはオールド・バガンと呼ばれる考古学保護区で、観光客は交通のターミナルとなるニャウンウーを基点に車や馬車で遺跡を巡ります。ざっと巡るだけでも1日では足りません。
 建造物の大多数は、11世紀から13世紀、最初のビルマ統一王朝であるパガン朝の都であった王国の遺跡です。初代王様は、上座部仏教(出家者が自ら覚ることを重視)を国教として定着させようとした人です。上座部仏教なので寄進が功徳になるため、王様をはじめ支配者層がせっせと仏塔や寺院を建立したためバガンには、3,000以上の仏教建築が存立しています。
 フビライハーンが攻め込むまで、続きました。
  階段で上れるパゴダがいくつかあり、そのテラスから眺めるパノラマビューは、余りの厳かな風景で、敬虔な気持ちが篤くなります。
 
 ミャンマーのバガンです!      2018年1月25日
バガンを上空から眺める熱気球
 11世紀から13世紀のバガン王国の遺跡です。初代王様は、上座部(小乗)仏教を国教として定着させようとした人です。
 上座部仏教なので寄進が功徳になるため、王様を始め支配者層がせっせと仏塔や寺院を建立したためバガンには3,000以上の仏教建築が乱立しています。フビライハーンが攻め込むまで、続きました。
 これらの仏教建築は、現在でも住民の方々にとっては信仰の対象なので、毎日お参りにくる場所であるため、遺跡という意識がありません。なので、壊れると遺跡としてではなく修復してしまうので、元通りではなく、よりよくする意識が働きます。
 こういう側面があるため、長らく世界遺産になれませんでした。でもやっぱり政府としては世界遺産にしたいみたいで、20年には登録する!と頑張っています。
 この写真は、バガンで1番高い展望タワーからの景色です。本当は、仏塔や寺院より高い建物は建ててはいけないのですが、悪い人はいるようで、強引に建ててしまったそうです。

 下の方の写真は、バガンの中で登頂が許された仏塔(パゴダ)からの景色です。
 
 
 ミャンマーへ、乗り継ぎの香港     2018年1月24日
 ミャンマーに行くため、まずは、乗り継ぎのため数時間立ち寄った香港です。
 写真では伝わりにくのですが、細長い高層ビルが密集する様はなかなかです。
 どんな高層ビルでも、建築用の足場が竹だっていうのが凄いです。
 香港島は小高い山なので、長く続くエスカレーターを乗り継いで、上に登って行くことができます。
 
    「年明け蕎麦」にざる蕎麦の大盛     2018年1月7日
 「年明けうどん」は、江戸時代を起源とする「年越し蕎麦」などとは違い、「うどんをもっと食べてもらおう!」と近年始まった宣伝活動の一貫という側面があります。
  家族は「年明け蕎麦」にいたしました。 それも「ざる蕎麦」の大盛です。
 茅野市米沢の「長寿更科」で、「そばいなり」の後にいただく「ざる蕎麦」は格別です。
  窓からは、車山と「カシガリ山」が眺望されます。
 その手打ち蕎麦の香りが美味しさを深めます。 食べ終わった後の蕎麦湯に、残った刻み葱を入れたら、また格別な味でした。
 
    諏訪大社下社の秋宮・春宮へ初詣     2018年1月4日
 諏訪湖の南に上社の前宮と本宮があり、北に下社の春宮と秋宮とがあります。
 この四社を合わせて諏訪大社と総称します。
  昨日は、諏訪大社上社の前宮から本宮へと参拝しました。 今日は、下社の秋宮へ参拝し、 途中、近くの下諏訪町にある臨済宗妙心寺派の慈雲寺へ参詣、 門前の杉並木と苔に囲まれた石畳や、境内の白砂が美しい枯山水が印象的です。
 そこから下った途中に下社春宮があります。 本殿はありませんが、幣拝殿と左右片拝殿が一棟の楼門形式となり、下社特有の重厚な趣があります。
 春宮境内の左手に、車山に源を発する砥川が流れ、その中洲には浮島社があります。 対岸には、万治の石仏が安置されています。
 万治の石仏の参拝方法は
  1、正面で一礼し、手を合わせて「よろず おさまりますように」と心で念じる。
 2、願い事を心で唱えながら石仏の回りを時計回りに 3周する。
 3、正面に戻り「よろずおさめました」と唱えてから一礼する。
 
    「ミラノ・サローネ」の「モッツァレッラチーズ・スパゲティ」     2017年12月24日
 諏訪湖に流れる上川に架かる新六斗橋の近くにあるイタリアンレストラン「ミラノ・サローネ」は、車山高原から車で50分ぐらいです。
 今日は、「モツツァレッラチーズピザ」と「アーティチョークと海老のクリームスパゲティ」を選びました。
 イタリア製の薪窯は、ピッツァを一気に450℃で直焼き、表面はパリッと、中はつきたての餅のよう、格別に美味しいのがふっくらとしたコルニチョーネ! シェフが丹念に作る生地は長野県産厳選小麦粉です。
 アーティチョークは、キク科 チョウセンアザミ属の多年草で、その若いつぼみは、スパゲティとの相性がいいのです。
 イタリアンレストラン「ミラノ・サローネ」の人気は、「クィーンランチ」です。種類豊富なグランドメニューからチョイスできるし、ケーキも選べますから、贅沢なランチが楽しめます。
 ミラノ・サローネのパスタは、「生パスタ」と「乾燥パスタ」の2種類から選べます。「生パスタ」は自家製で、もちもちしていながら滑らかな食感です!
  
   茅野市「傍」 美味しい蕎麦と天ぷら     2017年12月1日
 お蕎麦は好きだけど、通常のお蕎麦屋さんですと、 量が少なくて、これが大盛! と思わず口から出そうになります。
 「傍」では、何種類かの野菜前菜があるし、蕎麦も2種類2枚です。
 めんつゆ2種も、トマトつゆとかえしつゆ、 トマトつゆは、鰹ダシの風味とトマトの優しい酸味が嬉しい。
  農薬、化学肥料を使わない野菜の天ぷらは、娘夫婦もお気に入りです。 衣がサクサク、野菜はこりこり! ハーブ塩を散らせていただきます。 手前の緑はパセリ、 エビは申し分のない大きさと厚みがあります。
 蕎麦自体も美味しいけど、 とにかく野菜が美味しい!

 長野県茅野市泉野 5931-100
  tel:0266-55―6101
 営業時間  11:00~15:00  定休日 火曜日
 
    「道の駅 信州新町」長野市信州新町水内     2017年11月13日  
 ここでは、信州新町左右(そう)高原のお蕎麦が食べれます。信州の蕎麦好きにとって、左右の蕎麦祭りはたまりません。特に新蕎麦の季節に行われる蕎麦祭りは、楽しみです。 名物の九一蕎麦が出るときは大混雑です。
 店内にある石臼の「石臼挽き」「打ちたて」「茹でたて」の3たての手打ちそばは、うまいそばの三条件として使われてきた言葉です。
 この日は、手打ちざるそば『500円』と、そば薄焼き『300円』(写真)、
 合わせて、信州の郷土食“おやき”もいただきました。
 自家栽培のお米、地元産の野菜や味噌、
 田舎のお蕎麦と、昔ながらの「ほうろく」で焼き目を付ける。
 定番の『野沢菜』や『茄子』の他にも、
 季節に合わせた旬の野菜を使ったおやきも人気です。
 なす・ピリ辛なす・ねぎみそ・かぼちゃ・のざわな・
 ピリ辛のざわな・野菜ミックス・あずき、
          各140円。
 私は、今の季節ですから『野沢菜』です。
 
    マカロニ市場の「チーズ・チーズ・チーズスパゲッティ」     2017年11月2日 
 モッツァレアチーズとゴルゴンゾーラを隠し味に、パルミジャーノレジャーノの上で、アツアツのパスタをからめた「チーズ・チーズ・チーズスパゲッティ」です。
 5月1日より、小田原店・藤沢店で先行してメニュー化したようです。
 マカロニ市場の小田原本店でいただきました。
 チーズリゾットでおなじみのパルメザンチーズを、私たちの席まで来て、絡めて盛り付けてくれたスパゲッティです。そのためか、いろいろなチーズの香りが際立ちます。
 窓辺のオリーブの実は、9月から2月頃まで収穫出来るんですね。実の用途によって収穫時期が変わるそうです。
 マカロニ市場でオリーブを使ったスパゲッティと言えば、「プッタネスカ」です。
 
    万葉時代の野菊「ヨメナ(嫁菜)」     2017年9月27日 
 野生種としての菊は、世界中どこにも存在しません。1,500年ほど前、梁(502~557年)の時代に、チョウセンノギクやハイシマカンギクなどを掛け合わせて作出されたというのが定説になっています。  
 しかし、日本列島にも、古代より野菊が繁茂していたようです。
 『万葉集』に、  
 「春日野に 煙立つ見ゆ をとめ(乙女)らし 春野のうはぎ 採(つ)みて煮らしも 」
 とあるように、古代では、「ヨメナ」をウハギ・オバギと呼び、現在ではハギナ(萩菜)と呼ぶ地方もあります。  
 嫁菜の由来は、春の若菜が美味しく、しかも秋の花も美しいため、婿菜(白山菊)に対しての和名でした。
 ヨメナといえば、最も身近に見られる野菊の一つですが、近似種と区別するのは容易ではなく、一般には複数種が混同されています。
 道端で見かける雑草に類する植物で、秋に薄紫か白い菊の花をつけます。ただし、交雑が当たり前ですから、よく似た姿のキク類は他にもいくつかあり、野菊を代表してヨメナと呼んでいることも多いようです。
 野菊に類する植物の分類は混迷を極め、現在の遺伝子レベルの研究でも、決めてにならないのが現状です。
  ヨメナは、多少湿り気のある場所を好む多年草で、道端や田畑の畦で見かける雑草に類する植物で、秋に薄紫か白菊の美しい花を咲かせます。 若菜を摘み、茹でて御飯に混ぜれば「嫁菜飯」です。
  「嫁菜飯」や「嫁菜摘む」が春の季語、「嫁菜の花」は秋の季語として詠まれます。
 
    野菊の起源     2017年9月17日 
 野生種としての菊は、世界中どこにも存在しません。1,500年ほど前、梁(502~557年)の時代に、チョウセンノギクやハイシマカンギクなどを掛け合わせて作出されたというのが定説になっています。
 唐(618~907年)の時代以降、改良品種が盛んになっていきます。
  日本にはキクに似た花を咲かせるものは多数あり、野菊というのはそのような植物の総称として使われています。
 万葉集では、植物がたくさん詠まれていますが、菊は歌集に登場しません。この時代、菊は中国の園芸植物として文献上知られるだけで、実物は、未だ日本には伝来していなかったようです。
 平安時代まで、絵巻などにも菊の絵があまり描かれないのも、それを裏付けていると言う有力な見方があります。
 平安時代に書かれた歴史書『類聚国史』には、宮中で催された宴で、桓武天皇が詠んだ歌が載っています。
  「このごろの しぐれの雨に 菊の花 散りぞしぬべき あたらその香を」
  この歌が、菊を詠んだ最古の和歌と考えられています。 平安時代になると、菊は宮中で人気の花となり、頻繁に詠まれます。
 『古今和歌集』に菊に関する歌が多く収められています。 菊が歌や絵巻に、本格的に登場するようになるのは、鎌倉時代以降のようです。 それらの菊は既に品種改良がなされており、江戸時代になると園芸栽培が大流行して、菊に限らず、多くの草花の品種改良が加速していきます。
    植物は眠る!     2017年9月4日
 コシアブラ(掌状複葉;葉柄の先に3個以上の小葉が直接つく複葉)
 シラカバ(単葉;葉身が分割せず、1つである葉)
 「カシ・ヒイラギモドキ・ゲッケイジュのように、堅い葉の植物は眠らない。柔らかい葉、ことに複葉の植物が眠るのだ。眠ると言っても、それは、夜の間、昼と違ったぐあいに葉を並べるのである。」(ファーブル『植物記』

 樹木の葉には、ホオノキのような「単葉」とトチノキのような「複葉」があります。一見、どちらも同じように葉が輪状についていますが、ホオノキの場合、その中心に芽があるのに対して、トチノキの場合、葉柄の付け根に芽があります。トチノキとコシアブラは、掌状複葉(しょうじょうふくよう)、アケビは、5出複葉(ごしゅつふくようふくよう)です。
 これは、芽の在り様がポイントで、ホオノキはその1枚1枚が独立した葉であるのに対し、トチノキの場合は、5~6枚の子葉が集まり1枚の葉へと進化します。こうした葉を「複葉」と呼びます。
 トチノキは落葉樹ですから、秋になると黄葉し、やがて5~6枚の子葉がまとまって葉柄ごと落葉します。

 モミジやシラカバなどは、単葉ですが、シラカバ・ダケカンバ・ハンノキ・ハシバミなどのカバノキ(樺の木)は、夜間には枝が10cmほど垂れ下がることが確認されています。日出前の数時間、枝は最も低い位置となり、夜が明けると共に枝が持ち上がり、2~3時間で最も高い元の位置に戻ります。
 膨圧と呼ばれる植物の細胞内に含まれる水量の低下が、枝の眠りを誘う現象となるのです。夜間における蒸散能力の低下が、膨圧の低下となり、枝と葉柄の支えを低下させ、自身の重さに耐えられず、そのため、垂れ下がるのです。
 この現象は、カシ・シイ・ゲッケイジュなど、植物全体にわたって観察されています。

 ホウレン草は、夕暮れになると、その葉を茎の上の方へ立て、柔らかい新芽の先端に付いて保護します。
    “薪窯ナポリピッツァ” が美味しい!     2017年9月3日
 イタリア製の薪窯は、ピッツァを一気に450℃で直焼き、表面はサクッ、中はもっちり、ふっくらとしたコルニチョーネが美味しい!
 今日は、「カマンベールとモルタデッラ」を食べました。ボローニャソーセージのやわらかい味わいと優しい香りがいい!  
 シェフが丹念に作る生地は、ナポリピッツァになるので、コルニチョーネは、もちもちしてふっくら、粉の風味と味わいもたっぷり詰まっています。
 ミラノ・サローネのパスタは、お好み合わせて、「生パスタ」、「乾燥パスタ」の2種類から選べます。  
 「生パスタ」は自家製で、家族全員、「生パスタ」が好みです!  
 「帆立とアサリの味噌醤油バターパスタ」を選びました。意外にも濃厚な旨味があります。
  ミラノ・サローネ
 〒392-0015 長野県諏訪市中洲5723-3 諏訪ふれあい広場
  TEL:0266-56-3203

    「八ヶ岳エコーライン」の美味しい蕎麦「傍」     2017年8月27日 

 蕎麦は黒蕎麦と白蕎麦の二種類が出されます。

 蕎麦つゆは、通常のかえしつゆと、季節によって変わるつゆとがあります。

 柑橘と寒天のつゆは、相変わらず美味しい!

 春の桜のつゆの香りが思い出されます。

 注文した天ぷら&お蕎麦のセットには、まず先に野菜プレートをいただきます。

 天ぷらは岩塩でいただきます。

 野菜は大きくカットされ、特にナスの瑞々しい味わいには感動いたしました!
 
    美しい高原の花、吾亦紅     2017年8月21日 
 ワレモコウは、夏から茎を伸ばし、その先に小さく短い楕円形の穂を付けます。
 夏の果、光浴びて咲く花に、天の恵みの、麗しさを知りました。  
 霧ヶ峰の八ヶ岳・南アルプス・御嶽山と見晴らす高原で、諏訪湖から吹き上げる風に、吹かれるまま大きくそよぐワレモコウの小群落と出合うと、「やはり野の花なのですね!」と語り掛けたくなる優しさがあります。
  行けども行けども、諏訪大社のご神体・守屋山に正対する霧ヶ峰高原の秋、一面にススキの花穂の大群落となる草原で、一番、出合ってうれしいのが、ワレモコウの小群落との光景です。  
 今日、車山高原のレア・メモリーの庭にあるワレモコウの花穂が、一つ二つと小さな花を咲かせていました。  
 順に、先端から下に向かって開花していきます。花は4枚の淡い赤紫色ですが、花びらに見える部分は、実は萼(がく)で、花びらは退化しています。  
 花びらもない地味な花穂の名残りでありながら、いつまでも枯れないワレモコウの花のイメージとなっているのです。
 雌しべ・雄しべが退縮した後も、萼は長く残るため、晩秋まで咲き続ける花のように見えるのです。
 その萼は小さいながらも、鎧状の花穂の名残りとなり、何かを守っていました。その枯れた花穂の基部をつまみます。上部に4つの花弁のようなものを付けた果実が3つ出てきました。その果実の果皮を剥ぐと薄緑の固い種子が現れます。  
 ワレモコウの果実に付く4つの花弁は、モミジのトンボと呼ばれる種子と同様、風に吹かれて遠く飛散させる役割があるのでしょうか。

    盛夏に咲くキキョウの花     2017年8月1日
 車山高原のレア・メモリーの前庭の、緑の草むらの中に、鮮明な青紫色の花を咲かせるキキョウ(桔梗)、その姿は、秋の七草の一つとして、多くの歌人・俳人たちに愛でられて、秋の季語となっています。
 旅ゆくや 桔梗に空の 暗さ棲む   (広重 知子)

 車山高原では、7月~8月上旬が花の盛りで、むしろ「盛夏の花」です。
 キキョウは、車山高原・白樺高原・霧ヶ峰高原・八島ヶ原高原などでは、自生するものは、皆無になっているようです。美し過ぎて乱獲されたと思われます。
  レア・メモリーのキキョウも、写真にある一株だけです。他はなぜか消滅しました。
 ただ、この一株のキキョウは、健康的な力強い美しさがあり、大切に育てています。
 車山高原では、そろそろキキョウ科のヤマホタルブクロが咲き終わり、その後をツリガネニンジンが、孤高ともいえる淡紫色の姿形を、青天に伸ばしていきます。その優しげな風情が、散策する人々の心を癒してくれるのです。
 日当たりのよい湿原に生えるサワキキョウ(沢桔梗)に出合えれば、その鮮やかな濃紫色の総状花序は、単色でありながら他を圧する輝きがあり、遠くからでも容易に確認され、思わず駆け寄ってしまうほど、我を忘れます。
 それが、いつまでも忘れられない車山高原のひと時の思い出となります。
   桔梗や 神は雅の 色賜う  (西崎 佐知)  
   桔梗を 母の花とし 育てけり   (黒川 悦子)
 桔梗を身近に感じられた世界が、いつ失われたのでしょうか?

    ウスユキソウが咲く車山の山頂付近     2017年7月31日
 ウスユキソウは、本州から九州と北海道の山地に生えるキク科の多年草です。高さ25〜55cmになります。
 車山や男女倉山の山頂付近の岩場で、普通に見られます。
 エーデルワイスとは近縁です。
 頭花が茎の先に密集し、その下の放射状に伸びたフェルト状の数個の総苞葉が特徴です。
 茎頂から総苞葉まで白い冠毛が密生し、基部で環状につながっています。
 エーデルワイスでは、その総苞葉に支えられた星形の花序を、「アルプスの星」と称したのです。 その中心に、キク科の特徴の1つ、多数の頭花が集まっています。外周が雌花で、中心部が雄花です。
 ウスユキ属は、ユーラシア大陸に40種余りあり、日本には6種あります。その分布の西端にあるのがエーデルワイスで、その東端を占める日本のウスユキソウが、車山高原の乾いた草地や礫地、あるいは岩場などで、美しい花を咲かせているのです。

    車山山頂はパワースポット     2017年7月17日 
 4万年前には、現代人の祖先が大陸から日本に渡って来ていました。そこには既に、旧人が生活をしていました。
 この八島ヶ原周辺から車山高原の台地で、星ヶ塔・和田峠・星糞山などで採取される黒曜石を石材にして、狩猟を中心にした生業を営んでいたのです。
 未だ、神話上の神々も存在していない古代です。八島ヶ原湿原自体形成されていません。
 この氷河期、人々は沼沢沿いに小屋掛けし、焚き火で暖をとりナウマンゾウ・オオツノジカ・ヘラジカを黒曜石材で作った石槍で刺突して、食料・衣服・容器などに活用していました。
 霧ケ峰高原台地では、彼らの生活を支える一切が賄えられたのです。
 太陽が西に傾き掛ける頃、車山の山頂上空の雲間から漏れる陽射しが、輝く目映さで降り注ぎます。その時、車山の頂を依り代に降臨した原始の神々は、八島ヶ原で石器を作り、狩をする人々に、4万年の長きに亘って何を語り続けて来たのでしょう。


    車山の南麓,富士見台,ニッコウキスゲ     2017年7月15日

 7月15日 ニッコウキスゲの 黄色い花に満たされる
 富士見台に 再び立ちました
 空気は軽く 緑は深く
 梅雨明けの 輝く青空に むら雲が浮かびます

 左に カシガリ山 右に カボッチョ山
 その眼下には 北山浦の 小泉山と大泉山

 前方は たたなづく 青垣となって
 甲斐駒ヶ岳 仙丈ケ岳 伊那山地
 神奈備山の守屋山の雄姿
 空より薄い山影の連なりが
 諏訪の平の 果てとなる借景です

 多く優占する ヒヨドリバナを避けて  ハナチダケサシ オオカサモチ
 グンナイフウロウ ツリガネニンジンが
 それぞれの たたずまいで 咲き競い
 ナデシコとヤナギランが
 紅色の花で 彩を 豊かにします

 初秋の花 ワレモコウとシュロソウが 印象的でした


    紫陽花の真花     2017年7月10日
 アジサイは、日本や中国・台湾・北アメリカが原産国となる落葉低木です。
 現代隆盛を極める園芸種のアジサイの殆どの始まりが、原産国日本にあります。日本に元々自生していたガクアジサイが母種となっています。そのガクアジサイが西洋で品種改良され、より色鮮やかな各種紫陽花が誕生します。
 日本で人気が出はじめたのも、ハイドランジア(西洋アジサイ)の名前で、ヨーロッパから逆輸入されてきた各種紫陽花の美しさに魅了されたからです。

 日本のガクアジサイを世界に紹介したのは、幕末の鎖国時代に医師として来日し、日本の医学界を衝撃的に近代化した貢献者ドイツ人シーボルトでした。
 花の形が「手まり咲き」で、今では、それが原種と見られる「ホンアジサイ」は、「ハイドランジアHydrangea 」と呼ばれていますが、花色は白・青・紫・赤を主とする彩が美しく、今ではこちらの方が圧倒的な存在感があるためか、アジサイの本種と見られているようです。

 ちなみにアジサイという名前は「真の藍色の花が集まり咲くこと」という意味で、漢字の「集(あづ)真藍(さあい)」に由来しているという説が有力視されています。
 通常、感嘆されるアジサイの装飾花は、花ではなく「がく」が発達したものです。アジサイの本当の花は、真花(
しんか)と呼ばれ、装飾花の花柄が立ち上がる中心に咲く直径7mmの両性花の集団を指します。そして気象台が発表している開花も、この真花が咲いたことを伝えています。

 よく見ると4枚の装飾花の真ん中にも非常に小さな花があります。この部分は開花しないものもあり、雌しべも退化しているので実を結びません。生物誕生から40億年に及ぶ進化を重ね、陸上植物は、4億3,000万年の蘚苔類の出現を、その起源とします。人類は、既に縄文時代から荏胡麻や栗などで、取捨選択による遺伝子組み換え(品種改良)の痕跡を、その栽培種に明確に遺存させています。
 
   小坂観音院の紫陽花     2017年7月7日
 正式名は龍光山観音院です。鎌倉街道に面した山門から、樹齢500~700年の椹並木は見事です。
 ブッポウソウやムササビ・モモンガなどが生息しているそうです。
 岡谷市幸町にあたる諏訪湖の西岸の小高い丘上に位置し、諏訪湖を眼下に一望する景勝の地にあります。
 現在は埋め立てによって道路や民家が湖岸沿いにありますが、昔は諏訪湖の岬のような立地になっていたようです。
 昭和44年に斜面に紫陽花を植えたのが始まりで、紫陽花の繁殖が進み、現在の紫陽花に囲まれる寺院となったそうです。 梅雨明けの7月中旬には800株の紫陽花が満開となります。紫陽花は、その土地の土壌の性質によって色が変わります。別名「七変化」とも呼ばれています。
 梅雨時に咲くイメージの強い紫陽花ですが、ここ諏訪湖畔では、梅雨の終り頃にようやく花を咲かせ始めます。この日は、まだ二分咲きといった様子でした。
 ただ、今年は、花芽の数が少ないようです。 中秋の名月が最もきれいに見える景勝地として、諏訪八景の第一に挙げられ、別名「小坂秋月」 とも言われ、「南信八名所」の一つにもなっています。
 
   弘長寺の紫陽花     2017年7月6日
 松本市寿小赤の弘長寺は、別名「信濃紫陽花寺」として有名です。
 約90種約千株もの紫陽花は、珍種も多く、普段見ることができないような美しい花の形や色合いが堪能できます。

 弁天堂を巡る庭園に咲いている、それぞれの紫陽花には、品種名が書かれた名板が立てられており、それを見ながらゆっくりと散策ができます。
 今が、ちょうど見ごろでした。
 庭の中央には弁天堂があります。その弁天池の水連は、もう直ぐ咲きそうな様子でした。
 
   車山高原の風景     2017年7月5日
 レア・メモリーから徒歩3分で、車山展望リフト乗り場へ、リフトで17分位、山頂に到着。
 眺望は抜群、東は蓼科山、八ヶ岳、南は北岳、仙丈岳、木曾駒ケ岳、西は御嶽山、乗鞍岳、穂高岳、北は美ヶ原、白馬岳と山岳風景が楽しめます。  
 レア・メモリーから徒歩ですと、山頂までは80分位です。車山高原の日光キスゲの見頃は7月中旬です。  車山の北側、夫婦岩から車山肩までの車山湿原の紅葉は、霧ヶ峰高原最高の絶景で10月上旬が、お勧めです。
 
   富士見台のニッコウキスゲ     2017年7月3日
 富士見台のニッコウキスゲは、今週末あたりから見頃を迎えるでしょう。 晴天の青空ではありませんでしたが、未明から、八ヶ岳・富士山・甲斐駒ケ岳・北岳・御嶽山・乗鞍などの山々が、青山となって、くっきりと浮かび上がっていました。
 富士見台のニッコウキスゲは、近年、目覚ましい復活を遂げています。 シカ対策に努力されている方々のお陰です。  
 車山肩周辺をゆっくりと堪能し、ノビタキが飛び交う山頂への遊歩道を歩きます。山頂の気象台が目印です。
 たっぷりとした太陽の光が育む花、それが日光キスゲです!


   春ゼミとニッコウキスゲ     2017年7月2日
 車山高原では、5月下旬頃、シラカバの黄緑色の若葉が展葉する頃、 「春ゼミ(松蝉)」の蝉しぐれが、頭上のマツ林(アカマツ、クロマツ)から降ってきます。
 「漸く春の訪れか」と思わず呟く安堵感です。
  そろそろニッコウキスゲが、咲き始める7月初め、高いシラカバの、未だ成熟しきらない若い葉群れの天蓋から、
 注がれる木漏れ日に和まされていると、
 カラスがタカネザクラのサクランボを目当てに飛び交い
  「春ゼミ」の、やたらに、かまびしい鳴き声に包まれると
 八ヶ岳まで渡りゆく車山高原の「たたなづく 青垣山ごもれる」風景が 、その場所だけが、望みもしない、小区画に区切られたような…


   車山高原に本格的な春の到来     2017年5月21日
 リゾートイン レア・メモリーの前庭で、新芽を出した山独活の写真です。
  コシアブラは、日々、若芽を膨らませます。
 笹も一段と黄緑から緑の色を深めていきます。
 フデリンドウやニリンソウも咲き始めました。
 ムラサキケマンが紅紫色の花を総状に付けます 。
 漸く、ヤマブキも黄色い蕾を開き始めます。
 シラカバも若葉を展葉し、ウグイスの「谷渡り」が轟きます。
 車山高原に本格的な春の訪れです。


   諏訪の平 美しい桜景色     2017年4月28日
  茅野市の運動公園や
 広場の周り  沿道など 
 ソメイヨシノを中心に  500本以上の桜が 咲き乱れます
 一時の隆盛を誇るモクレンも 華麗です

 豊平下菅沢にある 墓地の中心そびえる一本桜は 
 雄大な八ヶ岳を借景する 
 大きなシダレザクラです

 高島城の堀や心字池に浮かぶ 桜の花びらと 水面の中の桜
 カメラを向ける人々
   農家食堂「傍」の「サクラ寒天の蕎麦つゆ」      2017年4月20日
 料理・内装・接客・窓辺の景色、いずれも上品で穏やかでした。
 桜の花びらと香りを、寒天に閉じ込めた「麺つゆ」が登場しました。
 初めての出合でした。
 その発想に、大いに感動します。

 オードブル的なサラダも、味付けが控えめであるため
 十分、素材の味を楽しめます。
 軽い酢に浸したビーツ
 滑らかな食感が印象的な、ポテトの「きたあかり」
 それに、パセリ入りの「ビスコッティ」が立て掛けてありました。
 薄味と控えめな「コク」が、コンセプトのようです。
 諏訪の平では、初秋が旬の
 「夕顔」は、冷凍保存されていたのでしょう。
 微かな塩味が、「夕顔」の特徴を際立てています。

 数種類の季節野菜を、マリネ風に仕立てサラダには
 新鮮な「短冊切りの春菊」が散らされていました。
 それぞれの味わいを、「春菊」の歯応えが一段と引き立てます。

 感動するのが、2種類の蕎麦と
 醤油仕立て「麺つゆ」とトマト風味の「麺つゆ」ように
 2種類の「麺つゆ」が、順次、タイミングよく配膳されるため
 独創的な2種類の蕎麦と「麺つゆ」の違いが、一際、引き立ちます。

 開店まぢかなので、空いていると思いましたが
 数組の顧客が、既に、黙々と食事を堪能していました。
 一人でいらっしゃる客も、稀でない雰囲気でした。

 接客に忙しい様子なので
 今回も、2種類の蕎麦の工夫を、尋ねることを控えました。



   諏訪の「ミラノ・サローネ」のパスタとピッツァ           2017年2月12日
 車山から車で50分の、「ミラノ・サローネ」のパスタは、「生パスタ」、「乾燥パスタ」の2種類から選べます。
  「生パスタ」は自家製で、もちもちとした食感と滑らかな舌触りが特徴で、 特に、お勧めです。   薪窯はイタリア製で、ピッツァを一気に450℃で直焼き、表面はサクッ!中はもっちり!ふっくら! 味が凝縮した額縁(コルニチョーネ)が、特別に美味しいのです。
  シェフが丹念に練る生地は、長野県産厳選小麦粉と酵母・塩と水のみで練られる、深みのある味わいと食べ応えのあるナポリピッツァです。 家族でで取分けて食べます。
 ランチタイムは、サラダバーやドリンクバーをつけることを、お勧めします。  
 サラダバーは、20種類以上の品数が豊富です。季節により内容が変わりますが、地元野菜をメインに提供しくれます。
 ドリンクバーもフレッシュジュースやコーヒー・紅茶など種類も豊富です。 ランチタイムは、ゆっくり過ごされる方が目立ちます。  
 営業時間 11:00~22:30(LO;ラストオーダー 21:30)
 年中無休ですが、お盆と年末年始は営業時間が変わるそうです。
 諏訪市中洲5723-3 新六斗橋の手前、「諏訪ふれあい広場」にあります。    
 http://www.ohtaya.co.jp/milano/index.html TEL 0266-56-3203  


   蕎麦街道「長寿更科」で          2017年1月30日
 車山高原に向かうヴィーナスライン沿いには、信州だけあって、蕎麦屋さんが多く並ぶため、蕎麦街道と呼ばれています。
  私達家族が、28年間通い続けた美味しい蕎麦屋さん「長寿更科」で、
 今日は「冷やし天おろしそば( 1,296 円)」、妻は、「天せいろそば(1,520円)」を食べました。
 母は、「十割蕎麦(918円)」です。
 天ぷらは、蓮根・春菊・ピーマンなどの季節の野菜と大き目な海老が揚げられ結構な量でした。
  「冷やし天おろしそば」には、「餅入り巾着」も添えられています。
  「十割蕎麦」の「玄蕎麦」は、つなぎを一切使わず、そば粉だけを打ち、冷水でしめるため、そば本来の風味がそこなわれていない。
 冷水は、車山はもとよりカシガリ山や霧ヶ峰のなだらかな高原台地が、数十万年変わらず育んできた名水で有名な湧水 「大清水水源(おおしみずすいげん)」が原水となります。
 甘みのある美味しいお蕎麦栽培に適している標高880mの風土と、また「大清水水源」の水が、 美味しい「長寿更科」の蕎麦を大切に育てて来たようです。

 茅野市の水道は、その市街からかなり外れた所にある、大規模な湧水群を上水道の取水源としています。
 地下水(深井戸)・湧水を水源とする自然浄化されたきれいな水が提供されています。 そのため、茅野市には、ダムや川のような表流水を取水し、様々な化学処理を施して水道水にする施設は一切ありません。


   「傍(かたわら)」八ヶ岳西南麓の美味しい蕎麦          2017年1月3日
 「八ヶ岳エコーライン」から眺める雪の阿弥陀岳と甲斐駒ケ岳が、余りにも美しいので、 ドライブを楽しんでいると、 「傍」の店の前を通りがかり、地味な外観でしたが、「美味しい蕎麦」で有名でしたので 、こんな場所にあったのかと思い、家族三人で入ってみました。
  内装も食器も雰囲気も、落ち着いて品があります。
  店内の大きな窓から、目の前の桜の大木から見晴す車山高原が 新春の暖かい陽射しに輝いていました!
  「八ヶ岳産の一番粉を中心とした白蕎麦と、挽きぐるみの黒蕎麦」
  二種類の蕎麦を、それも二種類の「そばつゆ」で味わえるとは
  特に、トマト系の「そばつゆ」の味が薄味であるのに、におやかに香り、味わいが深い!
 素晴らしいので、今度のランチにもお邪魔します。
  「挽きぐるみ粉」は、殻を完全に取り除いてから製粉していますが 、甘皮までも一緒に挽き込んでいるため、色は黒っぼく野趣に富んています。



   創業28年の「長寿更科」 信州そば          2016年12月10日
 もともと蕎麦は、稲作に適さない痩せた土地の作物で、昔から大事な救荒作物でした。
 奈良時代の養老6年(722)7月19日、元正天皇は「勧農の詔」を発布して、晩禾(ばんか;晩稲)・蕎麦・大麦及び小麦の栽培を勧農しています。
 「今夏無雨 苗稼不登 宣令天下国司勧課百姓、種樹晩禾蕎麦及大小麦、蔵置儲積以備年荒」
  特に信州は標高が高く寒冷で、米の育たない山間の土地が多く、古くから蕎麦を栽培していました。
 ビーナスライン沿いの「長寿更科」は、創業28年です。 贅沢ですが値段が手頃な「お勧め定食」があります。
 ミニ天丼セット 1,010円(税込)、写真が「ミニ天丼セット」です。
 上天ぷら定食  2,160円(税込) 大盛は378円増(税込)
 名物の「そばいなり」は324円(税込)です。
  「長寿更科」のホームページには 「サービス券がございます。こちらのページから、サービス券をプリントアウトしてお持ち下さい。
 http://suwa-net.com/choujyu-sarasina/sa-bisu.html
 当店からおすすめの一品をサービスさせて頂きます。」とあります。
  「そばいなり」は、そのサービス券を出しますと、食事前に無料で提供してくれます。 稲荷(油揚げ)に包まれた蕎麦が、本当に美味しいです。
 長野県茅野市米沢7698  電話 0266-73-6606  営業時間 午前11時~午後2時30分 午後5時~午後8時まで  夏季・冬季・土・日は、午前11時~午後8時まで、 定休日は火曜日



   「五輪久保りんご」 レア・メモリーのデザートです       2016年12月6日
 「五輪久保りんご」は蓼科山の北麓
 長野県北佐久郡立科町五輪久保の高台で、育てられたりんごです。品種は「ふじ」です。
 日照時間が例年より少なかったせいか、 やや、密が少なめですが、不思議と、より甘くなっています。
 相変わらず、歯ごたえがあり、上品な酸味があります。
  この前、道の駅でりんごを色んな品種を味わいながら 買おうと思っていたのですが、道の駅、「ほっとパ-ク浅科」は休日でした。
 途中、佐久市の近くだからりんご畑もあるだろうと思って富岡、下仁田へ の国道254で進んで左右を見るのですがりんごを栽培している所や売店は一 つも無く、買いそびれてしまいました。
  国道254は、高速道路が軽井沢、横川などに無かった時代、もう20数年前 に通った時、山や紅葉が素晴らしかったことを思い出して、今回のドライブ・コース に選んだのですが、失敗でした。全く変わってしまったのです。
  昔は道路をくねくねと上り、山の尾根に出られたのに、 トンネルが無数に出来て、標高の低い道路をたどり下仁田の群馬県に出てしまったので す。
 荒船山も、もっと近くに見えたと思っていたのですが残念でした。


   クヌギの黄葉が美しい諏訪市後山地区        2016年11月30日
  コナラと並んで、里山の晩秋に美しい景観を作るのがクヌギです。
 かつて、里山では、コナラと合わせて、重要な薪炭材でした。 幹は直立し、高さは15mを超えます。
 秋には黄葉します。時には赤味を増して、陽射しに映えて里山の彩を豊かにします。
 諏訪市後山は西山を越えた、辰野町よりに位置します。明るい静かな山里風景でした。鶴が長閑に飛び小川に舞下りました。この小川がもみじ湖の源流の一つです。
 南アルプスに生息するシカの多数の群れが、越冬地として高遠の三峰川と後山周辺で過ごすそうです。周辺の山は、総て茸山(たけやま)で、入山禁止の看板がやたらと目立ちます。赤松が多いので、松茸の産地かもしれません。
 茸山はもとより、田畑にも満遍なく電気柵が施されていました。牛舎もありました。  後山集落内にある湖南小学校後山分校は、1803年創立、1968年に廃校となり、生徒は豊田小学校および箕輪東小学校に編入されました。
 実写版「ひぐらし」のロケ地だそうで、映画のロケ以降、沢山の人が押し寄せて来たため立ち入り禁止となりました。ロケ隊のゴミが置き土産だそうです。
 平日の昼間でしたから、見掛ける人は、お年寄りばかりでした。しかし田畑や茸山は丁寧に管理がされています。
 近くに「椚平(くぬぎだいら)集落」があり、もう住民はいませんが、何軒かの家は残っており、時たま畑仕事に戻るようです。途中、廃屋・廃業した牛舎・放置された田畑が目立ちます。


   車山高原スキー場、冬季リフト初滑り料金        2016年11月21日

 2016-2017冬季リフト初滑り料金 
 2016年12月10日(土)~2016年12月22日(木)
 
 小学生、中高校生、シニア(50歳以上;要年齢証明)、大人の順で
1日券  2,000  2,600  2,600  3,000
2日券  3,300  4,300  4,300  5,000
  オープニング期間特典
 12/10~16日の間に、1日券、2日券を購入されたお客様には次回使用可能な「リフト特別購入券」をプレゼント!
 12月~3月までの第3日曜日は「スキーこどもの日」で小学生のリフト券が無料となります。
 小学生未満(要年齢証明)冬季シーズン中無料!!


       車山高原に正対する 名峰を連れる 八ヶ岳の山裾が 夕日に映える頃  
                      残照が 白樺湖を 炎と染めていきます



   紅葉が美しい今の車山高原            2016年10月20日
 
 黄葉する落葉松の葉が、霖雨のように散る最中
 カエデの葉が、朱とも紅とも色付き それが、落葉となって、常緑の笹に降り散って 、木漏れ日を浴びて、彩に輝いています。
 車山高原を覆うミズナラの樹叢の黄葉が、西日に映えて輝いています。
 ミズナラの高木は、時には、カエデと見紛うばかりに、美しく紅葉します。


   車山・蓼科・奥蓼科の紅葉風景            2016年10月20日
 車山山頂の北面の樹木のオオカメノキ・ミネカエデ・コヨウラクツツジなどがあり、特にヌルデ・ウラジロナナカマドが、車山の紅葉の主役になっています。
 その麓の車山湿原は、朱に染まったレンゲツツジの灌木が、幾つもの広い茂みをつくります。
  蓼科・八ヶ岳では、コヨウラクツツジ・ハクサンシャクナゲが、シラビソ・オオシラビソの林間を厚く覆う苔の中で群生しています。
  蓼科のスズラン峠を走る車窓から、ウルシ・ガマズミ・ヤマモミジ・ヤマザクラ・イロハモミジ・ハウチワカエデ・ドウダンツツジ・ナナカマド・ヤマブドウなどの紅葉に目を奪われながら、やがて、白樺やミズナラ・カラマツなど黄葉の中を走ると、そこには明治温泉旅館のある奥蓼科温泉郷です。
  明治温泉旅館のすぐ脇を流れる「おしどり隠しの滝」の 渓谷沿いにかかる幾本かのカエデの紅葉と、シラビソの白い幹の林立が印象的でした。
 滝つ瀬の流れが砕けて、白い岩浪となってわく渓流瀑が、緩やかな曲流を描いて、瀬音を響かせます。
  「おしどり隠しの滝」は、渋川の上流部の横谷渓谷内にある四滝の中で、最上流にある滝です。落差や迫力は乙女滝や王滝に譲るものの、渓流瀑ならでの、大小さまざまな岩間の流れの変化と、緑色の流水となって映える美しさに、ただ見入るばかりです。


   車山高原,木の実の秋            2016年10月11日
 今日、庭でカエデやドウダンツツジの剪定をしていると、病葉の蔓にアケビの実を見つけました。毎年、少なくとも数個は採れます。
 薄紫色の実をつけ、熟すと一夜にして縦にきれいに裂けます。半透明のゼリー状の果肉を透かす黒い種が印象的です。
 実の中にあるゼリー状の果肉を食べます。ほんのりとした甘さが香ります。

 アケビ・クリ・マタタビ・ヤマブドウ・キイチゴ・ヤマボウシの実!
 そして落葉松ジゴボウとクリタケ!
 車山高原の秋の散策は、遊歩道沿いの樹間一つ一つに静かな感動があります。

 粘土・木・蔓などで鳩の形を作り、胴体の両側に車をつけ、幼児が紐で引いて遊ぶ玩具が「鳩車(はとぐるま)」です。中国では古くからある玩具で、日本でも親バトが子バトを負う姿が有名になっています。
 日本では、ようやく江戸時代、子供の遊具として普及します。
 今でも、長野県野沢温泉産の「鳩車」は、里山のアケビの蔓で作られた郷土玩具として保存育成されています。

   霧ヶ峰の「池のくるみ」の紅葉の木           2016年10月9日

 霧ヶ峰の「池のくるみ」に自生する紅葉の木が、鹿の食害で危機的な状態になっています。
 当然、自然枯死数を上回っています。
 特にオオカメノキとマユミは、 被害率・枯死率ともに極めて高い、
 今後は枯死率の上昇に伴い樹種が減少するでしょう。
 ヤマモミジにも食害を確認いたしました。


   八島ヶ原湿原の草紅葉           2016年10月8日
  

 八島ヶ原湿原の草紅葉が見頃です。草紅葉の爽やかな秋色は1週間ももちません。
 今、北八ヶ岳麦草峠付近の白駒の池湖畔のドウダンツツジ・ナナカマド・ダケカンバなどが、赤や黄色で鮮やかに色づき、話題になっています。標高2,115mですから、色褪せるのも早いのです。    
 八島ヶ原湿原内では、ヌマガヤやミタケスゲが紅色を強め、周辺ではレンゲツツジやヤナギラン・ハクサンフウロ・アサマフウロ・ヒヨドリバナ・タカトウダイなどが色づいています。ヨツバヒヨドリの紅褐色も味わいがあります。  
 群生するススキの尾花から透してみると、秋の穏やかな青空の下に男女倉山・物見石・蝶々深山・車山などの車山連峰が遠望できます。蓼科山も意外なところから顔をのぞかせています。
 そろそろ、車山湿原のタカネザクラ・レンゲツツジ・ナナカマド・ヌルデなどの紅葉も見頃となるでしょう。
  白樺湖のサクラや大門街道沿いのモミジ・ナナカマド・ヤマブドウも色付き始めました。


   ドウダンツツジとレンゲツツジを主体にした紅葉です           2016年10月5日

 紅葉するナナカマドの巨木高く、巻きつくヤマブドウの大きな赤い葉がきれいです。
 ハウチワカエデやイロハカエデなどのカエデ類の紅葉も、彩り豊富で、タカネザクラと秋色を競っています。
 前庭の東側のアプローチに沿うように並ぶ、シモツケやニシキギの紅色も鮮やかです。
 裏庭ではマユミの朱色の茂みから、アオゲラの”ピーピー””ピーピー”という甲高い囀りが響き渡ります。  それは母ジカが、娘ジカに警告を発する呼びかけとそっくりです。


   今日のデザートは、シフォンケーキ           2016年10月4日
 シフォンは、薄く柔らかい織物のことだそうです。 シフォンケーキとは、食感が絹織物のシフォンのように軽いことから名付けられました。
 小麦粉に卵・砂糖・サラダ油を混ぜて練り、型に入れて焼いたスポンジケーキの一種で、アメリカで生まれたそうです。
 卵白を硬く泡立てて加えることにより、ふわーっと膨らませたスポンジ-ケーキ!
 チョコ入りで濃厚なのに、ふんわり甘さ控えめ!
  今日のデザートのシフォンケーキには、胡麻プリンを添えました。


   香り立つ車山高原のジゴボウ           2016年9月12日
 今日、車山のレア・メモリーの裏庭で、茸・ジゴボウを初収穫しました。妻が、満面の笑みを浮かべ、3本の茸籠を、豊漁のごとく提げて下りてきました。
 お泊りのお客様に、地元の高原野菜の夕顔と一緒に吸い物にして、お出しします。  
 ハナイグチ(花猪口)という茸で、長野県ではジコボウ、またはリコボウとも呼ばれています。マツタケ目イグチ科の食用キノコで、カラマツ林だけに生えるのでカラマツイグチ、カラマツタケなどの地方名があります。  
 長野県では雑木林に生えるクリダケ同様、珍重され、傘は径4cm以下の円錐形をとどめる時が一番歯ごたえと香りがあって美味しいです。それ以上大きくなると、大概、虫が侵入しています。傘は初め半球形で、後には開いてほぼ平らになります。表面は赤茶色で、のち色あせて黄茶色になり、著しい粘液で覆われています。
 一見して、傘の裏の管孔(くだあな)は濃い黄色、若いときは黄ないし黄茶色の膜で覆われています。柄は黄色から赤褐色でつばを持ちます。
 ジコボウの仲間は、異種も多く、和田峠を下る和田川流域は、傘が白いのが特徴です。  
 晩夏から秋にかけてカラマツ林内に発生します。樹齢15年生以上で発生量が多くなるようです。ジコボウは、カラマツ林では最も一般的な茸で、各地で食用茸として利用されています。胞子を林内に散布することによって増殖することができるようになり、 特産品の茸として利用しようとする試みも行われています。
 気候次第では6、7月に、車山のレア・メモリーの裏庭のカラマツ林で採取できます。 八島湿原近くの沢渡の林道脇や、霧ヶ峰の防火帯の林縁で赤土の見える様な、比較的遷移の新しい日当たりのやや良い場所に生えるジコボウは、最高の良品といえます。  
 車山高原・霧ヶ峰・八島ヶ原に掛けては、ヤマラッキョウ・アカバナ・ゴマナ・マツムシソウ・ハンゴンソウ・オミナエシ・キンミズヒキ・ハクサンフウロ・マツムシソウ・ハバヤマボクチ・ワレモコウ・アキノキリンソウ・マルバハギ・ナンテンハギなど、意外に秋の花の種類は、豊富です。


   困窮する真田松代藩           2016年9月9日 
 徳川家康が江戸幕府を開いてから約20年、元和8(1622)年、信濃国上田藩からから真田幸村の兄、真田信之が13万石で移封されます。
 明暦4(1658)年に、3代幸道の相続時に分地の沼田領3万石が独立(1680年に改易)したため、以後10万石として幕末までこの地は真田家の所領として続く。
 真田信之の松代城入城によって、松代は松代藩真田10万石の城下町として栄えます。 信之は上田藩時代より蓄財した20万両という大金をもって入封します。
 信之時代の藩財政は、36万両ともいわれる富裕を誇ったのです。
  3代幸道の時代、度重なる手伝普請などの賦役により信之の遺産を使い果たします。江戸城・日光東照宮の普請手伝や越後高田領と信濃高遠領の検地・信濃国絵図の調製・善光寺の再建普請・富士山噴火の災害復旧手伝・朝鮮使節饗応・松本城請取りなど、相次ぐ課役に多額の藩費が投ぜられました。
 享保2(1717)年には、 二度にわたる城下町を焼き尽した大火に被災し、本丸・二の丸・三の丸を全焼します。この火災により、幕府から1万両借財し、翌年、再建します。このため借財を抱えるようになり、江戸中期以降は諸藩同様に財政難に苦しみます。
 5代信安の時代の寛保2(1742)年、松代城下を襲う水害に見舞われます。8月、千曲川とその支流は大洪水となり、山野は崩落します。千曲川流域の死者は、2,800人前後と見られています。
 信濃小県地方では、18~19世紀の200年間に千曲川流域の田畑が流出した洪水は、記録に残るだけでも40回を数えます。近世最大最悪の大洪水が、この寛保2年の「戌の満水(いぬのまんすい)」でした。この大洪水は、戌年だったことから「戌の満水」と呼ばたのです。その復旧に、再び幕府より1万両を借財し千曲川の河川改修が行われます。
 やがて真田氏直系の家系も途絶えます。松代藩真田幸専 (ゆきたか) に実子がなかったため、江戸に生まれの白河藩主松平定信の次男を、文政6(1823)年、養子に迎えます。
 家督を継いで幸貫と改名し10万石の藩主となると、質素倹約に努め、藩政の改革や藩校文武学校の開設につとめます。天保3(1832)年には産物会所を設置し、殖産興業をおしすすめます。
 また山寺常山は、知行160石の中級武士の家格でしたが、藩主真田幸貫は、その博学多才を惜しみ登用します。常山は、寺社奉行、郡奉行を務めながら、藩士に兵学を教授し、藩主の殖産興業政策にも尽力します。やがて幸貫の側近として政務を補佐します。
 幸貫は、水戸藩主徳川斉昭の推挙もあって、老中首座水野忠邦より、天保12(1841)年、老中・海防掛に任ぜられます。幸貫は、佐久間象山(しょうざん)の家格が、5両5人扶持という微禄でしたが、佐久間象山を顧問役として登用します。 それに応えて、翌天保13年、幸貫に「海防八策」を提出します。 
 一方、鎌原桐山(かんばらとうざん)は、真田幸弘(ゆきひろ)・幸専・幸貫の3代の藩主に仕え、首席家老に進みます。その門人に佐久間象山がいました。 「松代の三山」とは、この山寺常山・佐久間象山・鎌原桐山を指します。
  幸貫の晩年は、その藩政改革が功を奏さぬため、重臣達による内紛を招きます。これが幕末まで尾を引きます。
 忠邦の天保改革は、天保14(1843)年、9月に上知令を断行しようとして大名・旗本などの反感を買い、閏9月13日には、老中を罷免され改革は失敗します。幸貫は、11月中旬より病気で欠勤、翌弘化1年5月には、病気を理由に辞職します。
 弘化(こうか)4(1847)年、旧暦3月24日(5/8)、午後10時頃、善光寺平を震源とする直下型「善光寺地震」を発震、 折りしも、善光寺は「ご開帳」の最中でした。多数の参詣人が旅籠に宿泊し、夜になっても多数の灯火が灯され、善光寺本堂は「おこもり」の信者で満たされていました。
 善光寺は本堂、山門など寺の北側の建物は地震により被害を受けたが、焼失は免れました。南側の建物、大本願・仁王門などは焼失します。善光寺八町2443軒のうち焼失家屋は2144軒、潰れ家屋は155軒、無事であった家屋は144軒、残った家屋は6%にすぎず、善光寺町は地震動とそれに引き続く火災でほぼ全滅したといってよい惨状でした。
 旅人の死者も、1029人を数え、中野代官所管内の村人204人は、村々の慣行で、農業休日を利用してご開帳にでかけ、翌日帰省する予定のところを地震に巻きこまれて死亡しています。ご開帳と地震が重なってしまった惨劇でした。
 幸貫から月番老中であった越後長岡藩の藩主牧野備前守忠雅へ宛てた被害の届出には、「山抜崩大小4万1051か所」とあり、その復旧資金の借り入れにより、藩債は10万両に達します。
 嘉永5(1852)年に至って隠居、同年6月17日(3日,8日とも)死去。62歳。   
 9代幸教は、ペリーの浦賀来航時に横浜の応接場の警備を命じられ、その後も江戸湾の第六台場等の警備などを務めたことで、藩財政は破綻寸前となります。 やがて明治政府による廃藩置県で松代藩は松代県となり、すぐに長野県に編入されて長野県松代町となりました。その後は周辺地域を合併したり、分町したりしながら埴科郡松代町として経過し、昭和41年の大型合併で長野市松代町となり、今日に至ります。


   娘のスマホを頼りに、車山から森将軍塚古墳へ           2016年9月7日

 長野県千曲市大字森字大穴山を地籍とする森将軍塚古墳は、長野県で最大となる全長100メートルに及ぶ前方後円墳です。
 古墳時代前期の応神天皇の時代、おそらく4世紀末の造営と推定されますが、曲がった尾根を最大限に活用するため築造されたことにより左右対称ではなく、後円部が変則的な楕円形になっています。
 古墳時代の前方後方墳は、弘法山古墳(松本市)や姫塚古墳(長野市)、瀧の峯古墳群(佐久市)など長野県内各所で発見されており、古墳時代前期の4世紀始めから中葉のほぼ同時代とみられています。
  卑弥呼時代前後の纒向遺跡から出土する土器のうち、15%から30%くらいの比率で、大和以外の搬入土器があります。その50%ぐらいが東海系土器です。大和が倭国の中心であるとすれば、『魏志倭人伝』に「その南に狗奴國有り。男子を王となす。その官に狗古智卑狗有り。女王に属せず。郡より女王國に至ること萬二千余里。」いう。「狗奴國」が東海にあり、卑弥呼に属しないまま、しかも比較的早い段階から、信濃の中南部は、「狗奴國」と密なる交流があったようです。
 その後、前方後円墳が、特に長野市南部から千曲市北部にかけての一帯に、森将軍塚古墳や川柳将軍塚古墳・倉科将軍塚古墳など県内最大級の前方後円墳が築造されます。
 森将軍塚古墳の見所は、山の尾根上に築かれた巨大な墳丘と墳丘を密に覆う葺石、そして墳頂に並べられた円筒埴輪が、北アルプスの頭上を照らす西日に、美しく輝き渡る荘厳な光景に圧倒される瞬間です。
  森将軍塚古墳は、長野県千曲市大字森字大穴山にあり、「森」は字名に由来し、「将軍」は、当時の信濃の埴科から更科地方にまで勢威を振るった大豪族、その「首長」を象徴的に呼んだようです。
 信濃に割拠する大豪族は、当時の吉備や上毛野・筑紫などの大勢力には及ばず、ヤマト大王の命に従い節刀まで受けて「将軍的地位」で外征したとは考えられません。
  前方後円墳は、3世紀前半の卑弥呼の時代に創設されました。ヤマト王権も『日本書紀』では「(崇神)3年秋9月、磯城に遷都した。これを瑞籬宮(みつかきのみや)という」。
 であれば、奈良盆地東南部、古代の大和国は磯城郡(城上郡;しきのかみ・城下郡;しきのしも)を中心に勢力を拡大したようです。城下郡に大和郷の地名が残るように、ヤマト王権が誕生し大和発祥の地となりました。当地の箸墓古墳や柳本古墳群の存在により、大王家は、卑弥呼没後の3世紀中ごろから勢力を強化し、4世紀になると大和国磯城郡周辺の豪族たちを兵力として、奈良盆地を越えて勢力を拡大し、5世紀に入ると全国の殆どを制覇したようです。

   信州ドライブ「立岩和紙の里」           2016年9月6日
 車山を10:20出発、小県郡長和町の依田川の畔、「立岩和紙の里」に到着したのが、
 そこの「本格手打ち蕎麦」が、開店する11:00でしたから、予定通りでした。
 自らの足で地粉を集め、自らの手で製粉して打ち上げた蕎麦を、蓼科山の裾野、長門の沢に湧き出る清冽な水できゅっとしめる、そうした地粉だけを使った蕎麦が香り、味わいも深い!  
 もりそば 710円 、かけそば 710円 、ざるそば 760円、厚揚そば 950円 、くるみそば(くるみだれ) 950円、ダッタンそば 1,200円 、 
 私は、ふるさとセット(そば・おはぎ「あん・くるみ」・小鉢) 1200円 。
 ここの「おはぎ」は、「黍もち」です。20年以上も、ご馳走になっています。  
 最近では、「黍もち」の生産者が殆どいなくなり、手に入りにくくなっています。
   満山緑野の車山高原           2016年8月26日
 草や木の殆どの葉の表面と裏面には、表皮細胞という殆ど葉緑体を含まない防御に徹した細胞が並んでいます。
 表皮細胞の表面には、その細胞が分泌するクチクラ(cuticle;ロウ状の物質)というワックス層があり、水の蒸発を防ぎ、逆に外囲からの水や物質の透過を防御しています。
 それでは二酸化炭素を吸入できません。そのため光合成もできません。
  植物は、葉の裏面に無数の気孔という開閉可能な穴を、表皮細胞の間に作り二酸化炭素を取り込むようにしているのです。


   染まり始めた黄金アカシア           2016年8月24日

 新葉の芽出しには、車山に繁茂するミヤコザサのように、春5月に、清純な若草色の単子葉を広げ葉緑体を活発化させます。
 6月、車山の眺望が美しい西白樺湖一面に展開する黄一色に染まる5弁のアザサの花の大群落と、
 9月下旬、白樺湖周辺を見事に彩る黄金アカシヤの色素は、カロテノイドの色素に染まったとみられます。
 紅葉の季節になると、赤・黄・緑を中心に、いろいろな色調が混在して、それぞれの地域の特徴を演出します。
 紅葉現象は主に落葉樹に見られ、一般に3種の色素、葉緑素(クロロフィル)・カロテノイド色素・アントシアン色素の量比によって色調が変わると考えられています。



   コバギボウシの淡紫色の花           2016年7月24日
 コバギボウシの雌しべは1個、雄しべは6個あります。
 雌しべは、極端に飛び出し、花が萎んだ後も、雌しべの柱頭は外に出たままです。
 葯と柱頭が離れているのは、ニッコウキスゲと同様で、自花受粉を避けるためです。
 春先、ギボウシは「コーレ」と呼ばれ、山菜 としてスーパーでも売られています。
 車山高原のニホンジカは、今の時季、あの長い花茎を、毎日食べに来ます。
 ニッコウキスゲの葉は、5月下旬の幼葉の時から食べられますが
 コバギボウシやオオバギボウシは、葉が硬くなる9月頃から食べられるようになります。
 成葉にセルロースが、豊富に蓄えられるのを待っているのでしょうか?

   車山高原の美しいニッコウキスゲ         2016年7月10日

 車山南麓の富士見台のニッコウキスゲが見頃を迎えています。
 今年は、車山肩のニッコウキスゲも、大分回復し、見事な景観となっています。
  霧ヶ峰の「強清水」辺りは、まだまだで、後2・3年は掛かるでしょう。
 ニッコウキスゲは虫媒花ですが、雄しべが先に成熟し、その雄しべが萎むと雌しべが成熟します。キキョウと同じ雄性先熟です。自家受粉を避けて遺伝子の多様化を図ります。たとえ自家受粉しても受精はしません。
 6本の雄しべと黒っぽく見える葯、特段に長く伸びた雌しべ1本、その仕組みが、はっきりと自家受粉を回避する意思を示しています。 1日花は「1日で咲き終わる美しいユリ科の花」、英語ではDaylilyと呼ばれています。
ニッコウキスゲの花が目立ち始めました               2016年6月26日 車山高原の緑野には、ユリよりキスゲの花がよく似合います。
  白樺湖のアサザの花は、既に無数と言えるまでに咲き競いながらも、一段と黄色い花の数を増しています。
 車山の南麓にあるレア・メモリーに咲く花の数々は、夏の花に切り替わりました。
 野の花の色は、白色系が33%と最も多く、黄色系が28%、赤色系が20%と続き、紫系と青色系を合わせ17%、その他の色が2%と言われています。
 今現在の車山高原でも、白色系のエゾボウフウ・オカトラノオ・ヒヨドリバナ・フタリシズカ・コガネイチゴ・チダケサシ・ノコギリソウなどが目立ちます。
 黄色系では、キバナノヤマオダマキ・ニッコウキスゲ、
 赤色系は、ハクサンフウロ・シモツケ、
 青色系では、ウツボグサ・ムラサキツユクサです。
車山ならではの涼しい薄暑                    2016年6月12日  車山高原の緑野は、未だはなやいだ若草色が基調となっています。
 車山ならではの涼しい薄暑の、この季節、高原の花々が小さく慎ましく咲いています。  
 白い花の ニリンソウ・チゴユリ・アマドコロ・グンナイフウロウ  
 黄色い花の ウマノアシガタ ヤマブキ オダマキ そういえば ニッコウキスゲが 二輪咲いていました。  
 青紫の、シソ科特有のかれんな花のラショウモンカズラも、まだ岩陰で揺れています。

 グンナイフウロの花は両性花で、10本ある雄しべは、私の写真では5本が既に花粉を出し終わり、花心よりの5本は、黄色を帯びこれから花粉を出すようです。このときの雌しべは、花粉を出し終えた雄しべの黒いまとまりの中に包み隠されています。
 雄しべ10本が、花粉を出し切りますと、縮んで寄り集まります。その中央から雌しべの柱頭が顔を覗かせて伸び出します。 やがて雌しべの柱頭が開きます。 グンナイフウロも、これから咲くキキョウと同様、雄性先熟の花ということになります。
 こうした花の役割は、花粉を通して同属の植物である他の株との間で遺伝情報を交換するのです。それぞれの花は、生育地を共有する同属との差別化を一段と際立たせて、その固有な性質や特徴を進化させていくのです。 被子植物は、特に花の姿形・色合いにおいて、その遺伝的多様性が顕著になるのです。顕花植物が交雑するのも、それが目的であるからです。
 中国遼寧省で見つかった花の化石が、現段階では、世界最古の花と認定されました。この花は1億6200万年前のジュラ紀に生息していた花でした。
長く咲き続けるラショウモンカズラ              2016年6月2日
 車山高原に咲くズミの高木の木陰で、ラショウモンカズラの花が、下唇にある斑紋と毛で昆虫を誘い、 奥に入りやすいように大きく口を開けています。
 花はなぜ、毎年同じ時季に咲くのでしょうか。
 車山高原では、早春を告げるフデリンドウが5月に開花し、やがてスミレ・ショウジョウバカマ・ラショウモンカズラ・ニリンソウ・イカリソウ・ヤマブキなどが順を追い、本格的な春を確実に告げる植物として開花します。
 6月となれば車山高原の草原は、緑野に染まりますが、5月の車山高原に、逸早く咲いたニリンソウの花は、未だズミの大樹の根元で健在です。
 植物が花を咲かせるのは、種を作り、その植物それぞれが生物40億年の歴史を継続する手段とした有効であるためです。
 「自然選択」により絶滅を免れるため、植物それぞれが、適応するのが難しい季節を克服する手段として、種子を形成して頑なにやり過ごすのです。
  ラショウモンカズラも夏の暑さが耐え難いため、夏の期間、硬い種となってやり過ごします。そのため5月中旬頃から花を咲かせます。形成される種子として、乗り越えるべき季節を逆算して、開花時期を見極めているのです。
 やがてキジムシロより繊細なミツバツチグリが、6月上旬、ズミの花の季節が終った車山高原に、しかもススキが繁茂する前の草原に、陽性植物であるため逸早く咲き始めるのです。
車山高原のレンゲツツジが開花しました              2016年5月29日
  山フキ・ヤマウド・ミネバ・アマドコロなどの山菜の収穫期と
 ヤマブキの黄色い花が、そろそろ満開になろうかとする時季
 車山高原のレンゲツツジが、開花をし始めました。
 花の多くが寄り集まり咲く姿が蓮華(レンゲ)・ハスの花に似て、その名の由来となりました。

 レンゲツツジの下で、咲く可憐な花々には
 羅生門蔓(らしょうもんかずら)
 二輪草
 延齢草(えんれいそう)
 九輪草 などがあり  春の花特有の気品を漂わせています。
 それが、朝露に濡れて優しく香るのが特徴です。
車山、旬の山菜と高原の花                 2016年5月15日
   
 漸く、一枝一重のヤマブキが開花しました。
ラショウモンカズラもズミの根元で、青紫色の唇形の花を咲かせます。
 イカリソウは、儚げにそよ風に揺れ動きますが、中国四川省の雄羊がイカリソウを食べ、一日百回も交尾したという伝説があり、強壮・強精の漢方薬として有名です。
 ニリンソウが車山高原の渓流沿いに群生すると、山菜の時季の到来です。

 行者ニンニクとマユミの新芽が先んじて、タラの芽・コゴミ・ヤマウド・ヤマブドウ・コシアブラなどが一斉に旬を迎えます。
 ジョウビタキのツガイが、ひときわ遅れて新芽を膨らませた白樺の梢と戯れるように、幼芽をついばんでいました。「ピーッ」と短く鳴きます。日本では冬によく見られる渡り鳥とされていますが、近年、信州や北海道で夏の繁殖が観測されています。我が家のジョウビタキも、その例に習うのでしょうか。メスの薄い黄色味がかる茶色が美しいです。
 
高島城公園の白いツツジの花                  2016年5月14日 
 高島城公園では、藤棚から流れる豊かな薄紫色の花房の季が去り、白くまばゆいツツジの花と青天に育まれる新緑が、優しい風景となって迎えてくれます。
 高く聳えるケヤキの新緑も見事です。樹頂のサギの巣も健在でした。幾たびか諏訪湖の方へ大きく旋回しては飛び立ち、再び戻ってきます。アマサギでしょうか。冬場はシラサギのように見えましたが、今は、頭・胸・背中の羽毛が亜麻色(アマ色;オレンジ色)に変わりっているようです。

 諏訪郡は、神亀元(724)年3月1日、大宝令により伊予と合わせて中流の地とされました。
 片山宗哲(かたやまそうてつ)は山城(京都府)の人、名は与安。
 叔父の医師片山宗僊の女婿となり、医術を一鴎宗虎に学び、宗虎の推挙で、慶長7(1,602)年、徳川家康の侍医となり、のち法印の称号を与えられました。
 元和2(1,616)年に、家康が病に倒れた際には診察にあたりました(当時の様子が『片山家譜』に記されており、家康が胃がんに罹っていたことを示唆している)。
 その後、秀忠の命により、家康が自製の万病丹に頼りすぎるので強く諫言したため、家康の勘気に触れ、同年3月17日に信州高島藩(諏訪)に流されました。
 家康の病没まで諏訪に2年間、流刑に服し、元和4(1,618)年に、秀忠に赦免され召し返されました。
 その際、高島藩初代藩主諏訪頼水は、藩医の推挙を頼み、甥の井出宗順を藩医として迎えます。本格的な医師が諏訪に入った最初で、その後、井出家は代々藩医として仕えました。
車山高原に咲くオオカメノキ(大亀の木)         2016年5月3日
    車山山頂の北面の低木層に、オオカメノキ・ミネカエデなどがあり、特にヌルデ・ウラジロナナカマドが目立ちます。レンゲツツジと共に車山湿原の紅葉風景を雄大に演出して見せます。

  鷽の囀りと、オオカメノキの白い光で、車山高原の春が目覚めます。
 オオカメノキは、車山山麓の低山帯(てい ざんたい )から車山山頂付近の亜高山帯にかけての林内で、よく見かける落葉小高木です。
 濃い緑の新葉が開き始めると同時に花が咲きだします。
 種子を形成する稔性の両性花を取り囲むようにして白い装飾花をつけます。実を稔らせない不稔花です。よく観察すると雄しべのような擬態も備えています。
 キジバトの鳴き声が、レンゲツツジとミヤコザサの繁みから車山の谷筋に木魂します。
 
 車山高原にフデリンドウが咲きました
                       2016年5月2日
 車山高原のフデリンドウは、4月下旬〜5月、日当りの良い草原や日漏れのする疎林・林縁に花を咲かせます。
 フデリンドウは、長さ2cmにも届かない小さな葉を茎に数枚つけます。その茎先の花冠は径2cmほど、長さ3cm弱で、それで、地面からいきなり花が咲いているように見えます。
 フデリンドウは、一つの短い花茎先に青紫色の花を数輪つけます。 花冠は5つの長い裂片と、裂片の間に5つの短い副片があるので10枚の裂片に見えます。
 フデリンドウは、日が当たらないと花は開きません。曇りや雨の日、夜などでは傘を畳むように花を閉じます。そのため花冠の裏側の緑色のところだけが外にあらわれます。リンドウの仲間の多くに共通する性質です。
 訪虫が期待できない時や、雨天のおそれがある時など、花粉の劣化を防ぐために花冠を閉じます。
 フデリンドウは、未熟な雌しべが雄しべの下に隠れて、雄しべだけが先に成熟して雌しべより長く伸びます。熟して白い花粉が、訪花するたくさんのハナバチなどに付着します。この時期を雄性期といいます。
 一つの個体で、雄の生殖器官と雌の生殖器官の成熟期をずらして、他家受粉を促し、両親それぞれの異なる遺伝子の新しい結合を誘い、生き続けるための能力や適応力を格段に向上させようとします。植物の生育地で度重なる、急な日照時間や気温の変化、栄養状態の悪化や乾燥の激化などによる自然選択がはじまっても、両親のどちらかの能力や適応力を駆使して生き続けられる可能性が高くなります。自家受粉を避ける独特の有性生殖により、今日までの進化が達成されたのです。
 他家受粉に参加する雄性期から両性期へと移行します。やがて、雌しべが成熟して雄しべより長く伸び、その柱頭が開く前に2つに割れる状態になっても、雄しべは中心部に直立します。これを「両性期」といいます。フデリンドウの雄しべは、花心に伸びた雌しべに、まとい付きます。 両性期が長いほど、雌雄同熟によって、自家受粉の可能性が大きくなります。
 他家受粉は、風媒・虫媒・鳥媒・コウモリ媒などが代表例ですが、植物の生存目的である繁殖手段であれば、いずれも偶発性に依存するため、そのリスクを回避する緊急避難的措置として自らの花粉によって受精し、子孫を残す手段が取られています。
 近親交配をすると不健全な劣性遺伝子のホモ接合(同一の遺伝子が2個そろうこと)が起き、その不健全な劣性遺伝子が、子孫に受け継がれていく確率が、特に高くなります。これが近親交配の弊害です。
 ただ植物の近親交配が何代も続くと、不健全な生物は自然選択により、生存の確率が悪くなり、次第に不利な遺伝子自体が少なくなります。 野生植物が自家受粉を繰り返しても、この問題が生じないのは、生存に不利な遺伝子が近親交配を繰り返すことにより淘汰された結果が、現代の植物とみられるからとです。
 その後に期待される雌性期が無いまま萎みます。
 車山高原 ウグイスの初鳴き
                       2016年4月19日
 気象庁の「生物季節観測」によれば、
 長野市のウグイスの初鳴きは3月16日でした。
 車山高原では、本日、
 「初鳴き日」の囀りが響き渡りました。
 「春告げ鳥」に、
 よき伴侶との出合いが訪れればよいのですが…
 大門街道沿いの車山山麓一帯の
 渓谷のいたる所で、
 淡い薄紅色の山桜が咲く光景を楽しめます。
 「こぶし」の純白の花の美しにも目を奪われます。
 貴婦人の立ち姿を映す気品のある樹形です。
 「諏訪の平」の上川沿いのソメイヨシノとスイセンが
 富士山や蓼科山・甲斐駒ケ岳を背景に
 見事な景観を描いてくれています。

 
諏訪の高島城、高島公園のアセビの花
                       2016年4月9日 
 上品な白さと、爽やかな甘い香りに癒されます。
 大きな欅が数本、屹立し、
 幾分芽を膨らませた程度ですが
 その高い樹頂に、
 10余りのシラサギの巣が張り付いていました。
 長い足を持て余しながら
 頭上高く、諏訪湖へ向かって飛び立つ
 そんなシラサギの姿形は優美でした。
 そろそろ桑原城跡のカタクリの花も楽しめそうです。
   ソメイヨシノと高島城天守閣
            2016年4月9日 
 明るい 緑滴る 
 松の懸崖が 美しい
 サンシュユの黄色小花が
 高く集まって咲く 
 気品のある 樹形が優美でした
 大手門近くの柳は新緑を靡かせ
 細長い花序に透かされる天守閣
 車山高原の旬の素材・フキノトウ
                           2016年3月30日
 フキノトは、何よりも
 フキ味噌と天ぷらが断トツの料理で、
 車山高原でその年に採れる最初の旬の食材が
 フキノトウなのです。
 カリウムを豊富に含んでいます。
 塩分を排泄し、高血圧を抑制します。
 香りの成分フキノリドには、健胃効果があります。
 苦み成分のケンフェールには、活性酸素などの
 発ガン物質を抑制する効果があります。
 石臼挽き手打ち蕎麦『利休庵』
                           2016年3月27日
 車山高原のレア・メモリーから、車で10分足らずで行ける『利休庵』さんです。
 蕎麦粉は石臼挽きを使用し、石臼挽きはローラー挽きと違い、製粉コストが割高になるのですが、 製粉過程にともなう熱が発生しにくいため、一段と蕎麦の香りが立ちます。
 私が注文した「もりそば」は、黒っぽいコクのある蕎麦でした。 家内が注文した「十割そば」は、つなぎの小麦粉を一切使わない、蕎麦粉100%の「もりそば」のためか 特段に蕎麦の香りが立ちます。
 なによりも『利休庵』さんの人気メニューにある、写真の「かき揚げ天」が有名です。 消費税込みで800円と安く、8割方の人がサイドメニューとして注文しています。 蕎麦を大盛にしなくてよかったと、家内と二人で語らうほどの十分以上のボリュームでした。 これだけボリュームがありながら、油っこさがありません。
 本日は、日曜日です。スキー客と地元の家族連れが目立ちます。 しかも昼時13:00を過ぎても引っ切り無しというよりも、むしろ増えています。 石臼挽き手打ち蕎麦は、冷たい蕎麦限定です。 温かい蕎麦は、その風味を失い、伸びやすく、 手打ち蕎麦のありがたさがなくなるため、使用してないそうです。

長野県小県郡長和町姫木平(国道152号線沿い)
Tel : 0268-69-2337 営業時間 : 11:00 ~ 19:30 (季節によって変動あり) 定休日 : 火曜日(原則)
http://www.rikyuan.net/index-m.htm
 
 車山高原に福寿草が咲きました
                           2016年3月24日
 陽を集め
  窓に映えるや 福寿草

 雪解けの日溜りに
  陽射しの温みを 分かち合う福寿草

 八ヶ岳の稜線に 
  残る雪の白さの 目映いばかりの 美しさ

 福寿草の花と
  南天の実とで飾り付け
    「難を転じて福となす」

 根と茎は有毒ですが
 江戸時代から栽培されています
 本日、お昼前に、車山高原スキー場のゲレンデで、滑走中に単独事故が発生しました。
                     2016年3月22日

詳細は不明です。
負傷者は、直ちにスキー場パトロールに収容され、その状況から、ドクターヘリの出動が要請されたようです。
ドクターヘリは、車山高原スキー場の駐車場に着陸しました。

春スキーですので、時間の経過にともないコンディションは変化します。滑走には充分お気をつけ下さい。
 ツグミは、「水すまし」のように空を泳ぎます。
その独特な飛行は、直線的です。

ツグミが飛来して、捨てた茶殻を懸命に食べています。
茶葉には約30%ものタンパク質が含まれています。
その殆どが湯に溶けないまま、茶を抽出した後も茶殻に残留しています。
ツグミは、茶殻を食べて体力を養い、北帰行する準備に入りました。

生物には40億年の歴史があります。
地球上の酸素は、すべて植物などの光合成生物によってつくられています。
植物は光合成により、太陽光エネルギーを使って、水と二酸化炭素(CO2)から酸素とデンプンを作り出します。 酸素は気孔から捨てられます。   
この反応を担っているのが、藻類や植物の葉の中の葉緑体にある複雑な光化学系の複合体です。それは19個ものタンパク質からなります。  
光合成は、太陽のエネルギーをかりて有機物に変換して生物界に取り込むことができる唯一の手段です。植物は光合成によって有機物をつくり、それを養分にして生長します。
その植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物が食べます。
つまり、こうした食物連鎖の元をたどれば植物となるのです。
生物が必要とするエネルギーと脂肪やタンパク質は、その殆どが植物に頼っている、といえます。
石油や石炭などの化石燃料も、元々は動物や植物の形骸が、有機物化されたのです。
                     2016年3月18日
 
 3/13(日)より本日3/15(火)午前中まで雪でした

3/1より『春スキーのリフト券割引』がスタートしています!
3月はレンタルジュニアとシニアのレンタルが
平日半額、土日祝日30%オフです。

前庭の積雪は50cm、
車山高原・霧ヶ峰などで、スノーシュートレッキングを充分楽しめるほどの積雪量となりました。
車山高原スキー場は、全コース滑走可能です。

昼近くになって、晴れました。
春の陽射しです。
午後2:30現在の気温は、5℃!
 
 車山の火口跡です     2016年2月19日

 第4紀更新世前期の約140万年前にかけて活動した古期の火山活動は、火砕流を主体として溶岩流(安山岩)を伴い、現在の諏訪盆地を埋め尽くすほどの多量の火山砕(さい)せつ岩類を噴出させました。
 その後も諏訪盆地は、糸魚川親不知から静岡市安倍川に至る構造線の大断層による活動により沈降を続け、だんだん現在の諏訪平を形成するようになったのです。  
 約140万年前の車山の大爆発により、火口から山頂の部分が吹き飛ばされました。吹き飛ばされる前の山頂は、今の車山の東側にあったと考えられています。
 雄大な山容だったでしょう。
 車山高原スキー場もパウダースノーに

1月18から3日間続く積雪、車山高原スキー場も、大雪に恵まれパウダースノーになりました。
晴天率が高いし、ベースの標高が1,560mありますから、権現岳・赤岳・編笠山や富士山・鳳凰山・仙丈ケ岳など開放的な眺望を楽しめます。
ただ寒さ対策だけは万全に!
ファミリーコース・スラロームコース・パノラマコース・ビーナスコースは、既に全面オープンしています。
【パノラマコース】は、山頂から滑走可能です。車山山頂から雪の山岳風景を望みながら、広々とした距離2,000mのパノラマコースからファミリコースとつなぐ、そのロングコースを満喫し、まだまだ続く冬の季節を堪能して下さい!
1月22日(金)には【トレビアンコース】が、1月23日(土)には【スポーツマンコース】がオープンするそうです。
 【ビーナスコース】も全面オープンいたしました
      2016年1月14日

【パノラマコース】山頂から滑走可能です。
【ビーナスコース】も全面オープンいたしました。
車山山頂から滑走しながら、八子ヶ峰と蓼科山・赤岳・阿弥陀岳と姿の美しい山々が、パノラマとなって臨めます。
【パノラマコース】から【ファミリコース】へと滑走するロングコースもお楽しみください。
最大斜度  27°    平均斜度  15°    距離  2,000m
ギャラリーの注目度も高い【スラロームコース】も、広いゲレンデとなっています。
 

ビーナスコース!完全オープンが間近となりました。   2016年1月7日

1月9日(土)より、これまで下部のみの滑走だったビーナスコースが、600mから1,000mへと延長されます。

第4ロマンスリフト(2人乗り)の運行も、開始いたします。

現在、ファミリーコース・スラロームコース・パノラマコース・ビーナスコース下部が、滑走可能です。

スカイライナー・スカイジェッター・スカイパノラマ・第5ロマンスが可動中です。

車山高原 冬山展望リフト
12月29日より、車山中腹から山頂までを結ぶ4人乗りリフト「スカイパノラマ」が運行を開始いたしました。
スキーやスノーボードを装着しなくても、どなたでもご乗車が可能です。
この冬の雪の山岳風景の眺望や写真撮影をお楽しみ下さい。

日本百名山「霧ヶ峰連峰」最高峰の「車山」です。
標高、1,925mですが、独立峰ならではの眺望は、まさしに目を瞠る美しさです!

遠近に波打ち、たたなずく、白い山々の峰々!

「諏訪の平」を白銀の雲海に沈め
朝陽が染める、東に連なる八ヶ岳連峰が、富士山に向かって、岬のように張り出しています。
南に連なる鳳凰山・甲斐駒ケ岳・仙丈ケ岳・守屋山の峰々が、
半島のように、雲海の彼方に、群青色に染まっています。

2015-16 車山高原スキー場は 12月6日(日) から開始
車山高原スキー場の方々が、本日12月5日(土)のオープン予定に向けて、造雪作業に取り組んで 参りましたが、気象条件などの影響も大きく、今季のオープン日を、明後日12月6日に、延期させていただくことになりました。
5日のオープンを心待ちにして下さった皆様方には、心よりお詫び申し上げます。
◇オープン予定コース:ファミリーコース
・距離 : 800m ・コース幅 : 20-30m ・積雪 : 30cm ・雪質 : 人工雪
・運行予定リフト:スカイライナー(4人乗り) ・運行開始時間 : 9:00
今年も五輪久保のりんごを購入  2015年12月1日
「五輪久保りんご」は、蓼科山の山麓にある長野県立科町五輪久保の高台で、栽培されています。
品種は「ふじ」ですが、「ガブット」噛り付くと、甘い蜜の味が、口の中に、しみわたります。
他産地より歯ごたえがあり、酸味もやや強いかと…
絶対量が少ないためスーパーなどには、ほとんど出回りません。
かつては、りんごの蜜が県外の方々に認知されないまま、腐っていると思って、全部捨ててしまった方もいらしたそうです。
2015年のりんごは 完売したそうです。
信州新町の新蕎麦    2015年10月31日
信州の紅葉を見て来ました。やはり、信州新町の「道の駅」の新蕎麦が、香り豊かで美味しく、しかも安いのです。
私は、一番安く、一番美味しい「ざる蕎麦(500円)」と 「おやき」の中でも「ねぎ味噌」と「野菜ミックス」が、好きで、必ず欠かさず注文します。    
http://nagano-michinoeki.jp/

なぜか、その「道の駅」にある「おやき」は、美味しいのに、蕎麦の人気に負けています。
信州定番の「おやき」の中でも、「野沢菜」「きんぴら」「茄子味噌」は、老いた母の好物です。 現在食べられている麺線状のそば(そば切り)は信州から始まったといわれ、それ以前は団子状の「そばがき」や「すいとん」、薄く焼いた「お焼き」、「煎餅」などとして食べられていた。
  科野,信濃の旧国名の由来   2015年10月29日
 「科野」の語源について、江戸時代、独学で国学を研究した谷川士清(たにかわことすが)が、『日本書紀通証』に「科の木この国に出ず」と記した。
 荷田春満(かだのあずままろ)・本居宣長・平田篤胤とともに「国学の四大人(しうし)」の一人とされる賀茂真淵も『冠辞考』に「(一説では)ここ科野という国の名も、この木より出たるなり」と記しています。
 古代信濃には科の木が多く自生し、その樹皮の繊維から布・縄・牛馬の手綱などが作られていました。  また賀茂真淵は「信濃国いにしえ科野と書く。その地名には科のこと多く見ゆ。山国にて階坂(しなさか)あれば地の名となりけむ」とも記していた。
 その形声文字である「階」の「阜(こざとへん)」が、「土盛り」を表し、「しな」・「きざはし」などと訓まれ、「高きに登る道」という意となり、「皆」が「音」になります。
 信濃には、更科・豊科・埴科・倉科・仁科・明科・蓼科など科がつく地名が数多くあります。階坂(科坂)は高き峠を意味します。『古事記』にもみられますが、古代では「坂」は「峠」を意味しました。信濃でも、碓日坂(うすひのさか;碓氷峠)・神の御坂(御坂峠)・県坂(あがたさか;鳥居峠)などと呼んでいました。
 これが、賀茂真淵が記す「山国にて階坂あれば地の名となりけむ」の意味です。
「科野」の「野」は、山裾の緩やかな傾斜地を意味します。

 7世紀末の藤原宮跡から出土した木簡に「科野国伊奈評鹿□大贄」とあり、『古事記』には「科野国造」と表記します。
 『続日本紀』では、文武天皇紀の慶雲元/大宝4(704)年の条に「鍛冶司(かぬちのつかさ)をして、諸国の印を鋳しむ」とあり、その諸国の国印を作成するにあたり、正方形の印面を「○○国印」と4文字構成するため、国名をすべて2文字の表記としました。その時に「科野」を「信濃」と、「三野」を「美濃」としたのです。
夕陽に映える白樺湖の紅葉風景  2015年10月20日
白樺湖の上空には
    うす雲の気配すらない
  そんな抜けるような秋空に
一居の鷹の飛翔!
  その悲痛な 鳴き声が
    明るい 紅葉谷に
    響き渡ります
日々秋色を極め
    その色彩を深める
  蓼科山と八子ヶ峰が
    遠近となって
  広がる山肌が
柔らかな陽射しを浴びて
  さざなむ湖面に 紅の影を映します

車山高原に 正対する
  名峰を連れる 八ヶ岳の山裾が 夕日に映える頃
    残照が 白樺湖を 炎と染めていきます
車山高原、埴生の宿の紅葉       2015年10月12日 
淡い青色の空でした
   八ヶ岳の硫黄岳の上空に 白い浮雲が4つ 浮かぶだけでした

埴生の宿の リョウブの病葉が 赤茶色に染まり出しました
   カエデも 葉先を赤く染めるだけでしたが
朝晩の冷え込みに誘われて
   ようやく 葉叢全体が 朱色に染まり
秋陽を透かして 輝いています

こんもり茂るコシアブラの黄葉までも
   明るく 美しい
 
   「チィチィチィ」と ススキの茂みで 短く鳴く鳥
   久しぶりに聞く ウグイスの地鳴きでした
 車山の南麓の富士見台,日光キスゲ        2015.7.21.
 7月21日 富士見台に 再び立ちました
 空気は軽く 緑は深く
 台風一過の 輝く碧空に むら雲が浮かびます

 左に カシガリ山 右に カボッチョ山
 その眼下には 北山浦の 小泉山と大泉山

 前方を閉ざすのが 甲斐駒ヶ岳と伊那山地
 神奈備山の守屋山の雄姿

 空より薄い山影の連なりが
 諏訪の平の 果てとなる借景です 

 多く優占する ヒヨドリバナを避けて
 ハナチダケサシ オオカサモチ グンナイフウロウ ツリガネニンジンが
 それぞれの たたずまいで 咲き競い
 ナデシコ ヤナギランが
 紅色の花で 彩を 豊かにします

 初秋の花 ワレモコウ シュロソウが 印象的でした
 
美しい白樺湖のアサザの花
                    (2015.6.29[Mon])
  編笠山の東方 富士見高原の 上空に
   暗い こごり雲 3つ棚引く
 高層雲が 灰色の影となり 富士の姿を隠した

 すでに 花芽を膨らます シモツケの茂みで
 カワセミの かすかな囀りが 聞こえたようだ

 白樺湖の並木 黄金アカシヤの 黄緑の若葉が
 梅雨明けの 陽射しを透かして 光輝を放った

 池一面に満ちる 黄一色に花上がりする 5弁のアザサの大群落
 初夏の陽射しに 映える若草が 稜線を描く 車山高原を背景に
 鮮やかに 穏やかに 時を静止させる光景は 余りにも優しすぎる

 アザサの花は 9月中旬 一段と輝き
 10月初旬まで 限りなく 多くの花を咲かせ

 突然下される 諏訪の北山を襲う
 長く 厳しい 吹雪を忍び 
 全面結氷する 苛酷な試練に耐え 雪解けに そなえます
 
 
車山湿原のレンゲツツジ  2015.6.15.  
 今年ほど レンゲツツジの紅の花が 豊富で  きれいな年は なかったと思います  
 霧ヶ峰自然保護センターの方も 感心頻り!  
 車山肩に立って 見渡せば レンゲツツジの花が  車山湿原の遊歩道に沿って 車山の中腹まで  咲き誇る光景が 目の当たりにできます  
 北側の 蝶々深山の若草色の草原が 背景ですから  見事な色合いとなります     
 遊歩道を 車山湿原に向って 歩きます  
 左側の 下る斜面に 白い花のコバイケイソウの小群落  
 右手の 車山の山頂に上る斜面には  ヤマドリゼンマイが 遠目にも 美しい緑野を展開しています  
 ズミの白い花は 一部の木々に おもかげを残します  
 ウグイスの囀りが頻り その間に割り込む カッコウの鳴き声  
 時々 車山湿原の底部から 無粋な ドラミング  と思ったら キジのオスの ケッケーンという鳴き声でした  
 ドドドドッと 羽を打ち付ける「ほろ打ち」だけは止めてほしい  
 残念なことに 今年も 車山湿原の湧水地の   
コバイケイソウは 芳しくありませんでした  
 そこに広々と繁茂するレンゲツツジは いまだ花は蕾で くすんでいます  
 標高が低く 南に面しているので 一番早く咲くかと思いましたが  冷たい 亜高山帯の湧水地であれば まだ時が掛かるのでしょう  
 しばらくは レンゲツツジの花の群落が 楽しめるようです
 
 ビーナス・ライン のレンゲツツジ   2015.6.14[Sun] 白樺湖の 大門峠辺から  
 車山高原・霧ヶ峰・八島ヶ原高原と  美ヶ原高原へ向かって ビーナスラインを走ると  
 今現在 咲き誇る  レンゲツツジの 大群落に 圧倒されます  
 車山肩から 車山の山頂を 目指して登り  
 途中 振り返って  眼下にするのが  
 車山肩から 強清水の方へ  なだらかな 曲線を描きながら 下っていくビイナス・ライン     
 その周辺の風景と  両サイドに咲く   レンゲツツジの花が 霧ヶ峰高原全体を   
 一つの広い花器として 盛花されていました
 
ベニウツギとキビタキ       2015年6月10日
空の青さは まさに蒼天と呼ぶに ふさわしい
 透明な光が 樹間を斬って 斜めに 降り注いだ
 ベニウツギの 暗い紅の花が 陽射しを透かして
 明るい 紅紫となった

 ズミとカラマツの間を 二羽の小鳥が かしましく飛び交った
 空中にいる虫を とらえているのか

 ようやく 白樺の 太めの枝に 並んで とどまった
 喉と胸もとの 黄色が 遠目にも 鮮やかに 見てとれた
    キビタキ!

 喉もとを はげしく震わせる 
 かん高く 鋭い さえずりが 蒼天をつらぬいていく
 
 新緑が美しい車山山麓、大門街道
                 (2015.5.6[Wed])
 新緑の彩が、豊かに美しく染まる風景を堪能できるのが、車山山麓の大門街道です。
  この季節、信州で一番と誇示したいほど、新緑が各色・濃淡に展開する風景が眺望できます。
  車山へ上がる時の風景ではありません。下る際に、南アルプスの仙丈岳を、前方に望みながら、車窓から左右に眺める音無川沿いの、遅い春を告げる山肌に、各種多彩に広がる緑色の風景がそれです。
  新緑には、いろんな仕掛けが秘められています!
  信州の早春を告げる白いコブシの花の後に、淡い桃色の山桜が点在するのが、現在の車山山麓です。
  山桜は群生しません。それが古代から日本の源風景となり続けてきた最大の要因とおもえます。
  大門街道の新緑にウグイスが、間をおかず囀り続けています。
   彼らも生存を掛けて必死なのです。
 
 春  薄曇  タカネザクラが咲きました
                (2015.4.30[Thu])

 車山高原にタカネザクラ(高嶺桜)・峰桜(ミネザクラ)が、開花期を迎えました。
 車山湿原や八島ヶ原湿原は、標高が高いので5月中旬ころに、開花するでしょう。

 高嶺桜は、展葉と同時に淡い紅を含んだ白い花を2~3個ずつ咲かせます。
 新葉の上部は赤褐色、下部は鮮やかな若葉色です。
 実に美しい色合いとなっています。
 指先で、軽く触れてみて下さい。鱗片葉と同様によく粘る花柄です。
 萼筒は薄い紅紫色を帯びて、優しげに、春の薄曇空を透かします。
 
 下諏訪町北高木の枝垂れ桜
               (2015.4.25[Sat])

 諏訪郡下諏訪町北高木の「みはらし台公園」の墓地の一角に屹立する枝垂れ桜です。町の天然記念物に指定されています。樹齢300年以上・目通り幹周3.4m・樹高19 m、諏訪湖を望む東西20 m余に及ぶ枝張の広がりが実に勇壮でした。
 陽炎が立つ山際の道に届かんばかりに、無数の花房が糸の様に細く、滝のごとく降り注ぎ、その間から風光る諏訪湖を見通す光景と出合い、ただ感嘆するばかりでした。

 古代から連綿と歴史を刻む諏訪郡には、小領主が藩士となることも稀ではなく、高島藩では、郊外の知行地に居住する武士もいました。
 2代目藩主諏訪忠恒が、高木を知行する武士に、分け与えたとする苗木の由来から、「士族墓地の枝垂れ桜」とも呼ばれています。

 天正11(1,583)年3月28日、家康の安堵状により、諏訪家を再興した頼忠は、諏訪郡の領有が認められ、譜代大名に準ずる扱いを受けます。翌12年には、家康の命で、本多康重の娘が、嫡子の初代高島藩主頼水に嫁いで来ます。
 それにより高島藩主の地位は、幕府内でより強固になります。
 家康の関東転封により、一旦関東へ移封された頼水が、関ヶ原での戦勝後、諏訪高島城に復します。
 当初2万7千石でしたが、大坂の陣の勲功で5千石を加増されます。3代諏訪忠晴の代に、2千石を弟頼蔭と頼久に均等に分知し、旗本に列したため、石高は3万石となり、以後10代を継いで、明治に至ります。

 諏訪忠恒公が大阪夏の陣(1615年)に出陣し、戦勝凱旋した際に持ち帰った5つ苗の1本が、高木の藩士に分け与えられたと伝わる桜の古木です。
 諏訪市の温泉寺の歴代藩主廟所に続く坂道に2本、その境内に1本、そして諏訪市の母の廟所がある貞松院に1本と植えられている枝垂れ桜と、それぞれ樹齢と伝承を同じくしています。
 
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