光合成と光阻害 |
1)化学式で見る光合成 陸上植物の光合成は、太陽の光エネルギーを活用し、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)から、エネルギー源の炭水化物を化成するのが基本機能である。そのすべての仕組みは極めて複雑で、化成される炭水化物も様々な種類がある。以下では、説明を簡略化するためブドウ糖(C6H12O6)を代表として便宜的に表記する。 その光合成の反応を化学式で表記すると 6CO2(二酸化炭素)+12H2O(水) 葉緑素 ⇒C6H12O6(ブドウ糖)+6H2O(水)+6O2(酸素) この化学式の前後で炭素(C)が重要な働きをしている。植物は炭素一つで構成される6個の二酸化炭素分子(CO2)と12個の水(H2O;反応には12個必要)、688Kcalの太陽光を吸収して、ブドウ糖(C6H12O6)を作る。それにより発生する6個の酸素を放出する。 つまり、炭水化物を作るには水と太陽の光エネルギーと二酸化炭素が絶対に必要で、植物は光合成に欠かせない二酸化炭素を吸収し、植物には欠かせないエネルギー源の炭水化物を生成する。その過程で動物の生存には不可欠な酸素を大気に放出する。 光合成で作られる炭水化物には、様々な種類がある。ここでは便宜的にブドウ糖(C6H12O6)を代表させて表記する。 ブドウ糖(C6H12O6)は、原子数では「6(CH2O)」と表現できる。つまり葉緑体における光合成とは、6つの二酸化炭素分子(CO2)の酸素分子(O)の一つが、二つの水素原子(H)に置き換わる反応とみられる。つまり酸素原子が水素原子に置き換わる反応は、二酸化炭素(CO2)の還元反応に相当し、光合成は、二酸化炭素(CO2)に水素が還元され酸素原子の一部が奪われて、ブドウ糖(C6H12O6)が合成される反応である。 「酸化」と「還元」は、ことのほか重要な定義でありながら、変移し続けるブドウ糖(C6H12O6)を説明しづらくしている。 「酸化」と「還元」の定義は、最初は、物質に酸素がつく(錆びる)のが「酸化」、物質から酸素が外れる(元に戻る)のが「還元」といった。 それから物質が水素を失うのが「酸化」、水素とくっつくのが「還元」という。 それが更に高度になり、「酸化」とは「物質が電子を失うこと」、「還元」は「物質が電子を得ること」となる。 この最後の「酸化とは、電子を失うこと」であり、「還元」とは、電子を得ること」という知識が、光合成を理解する前提となる。「酸化」と「還元」という反応は、必ず2つ同時に起きる。ある物質が「酸化」されて電子を失えば、その電子は別の物質に受け渡され「還元」されている。この時、相手を「酸化」する物質を「酸化剤」、同時に別の相手に「還元」する物質を「還元剤」という。 「酸化剤」は、相手から電子を奪うことで自身は「還元」され、「還元剤」は、相手に電子を与えたため自身は「酸化」されたことになる。 「酸化剤」が相手を酸化する(電子を奪う)力を「酸化力」、「還元剤」が相手を還元する(電子を与える)力を「還元力」という。その「還元剤」から「酸化剤」へ電子が受け渡される際には、エネルギーが放出される。 物質それぞれには、電子と本来固有の結びやすさがあり、水が高位から低位へ流れるように、熱は低温の方に伝導されるように、電子を与えやすい物質は、電子と結びにくい物質から、電子と結びやすい物質へと伝わっていく。この「電子と結びやすさ」の指標を「酸化還元電位」と呼び、その差を「電位差」という。 水や熱の移動によってエネルギーが放出されるように、電子の伝達にもエネルギーが放出される。「還元剤」は、「電位差」というエネルギーを、電子という形で物質内に蓄えている。 水から電子を引き抜く酸化により、水素イオンと酸素が残る。水素イオンがここで作られるのは、葉緑体のチラコイド膜の内外の水素イオンの濃度差を作ることにより、ATPの合成に役立つ。酸素は必要がないので細胞外に放出される。これが植物による酸素発生反応である。 植物が光をエネルギー源としているとしても、直接光を使って細胞を反応させているわけではない。エネルギーを使う反応には、動植物を問わず、多くの場合ATPのエネルギーが使われる。 ATPは高エネルギーリン酸化合物として生体のエネルギー代謝で重要な働きをする。 安定した水の分子を分解するのは、極めて困難であるため、この生化学反応を行なえるのが、地球上では、植物の「光化学系U」だけだ。それも、通常酸化剤として働く酸素を、あえて地球上に無限にある水を酸化して作り出している。そのためには、酸素より強い酸化剤が必要となる。 だが、酸素より強い酸化剤はありえない。そのため、「光化学系U」では、光エネルギーによって「反応中心(クロロフィルa)」を、酸素を作ることができる強い酸化剤に変えた。 「光化学系T」では、光エネルギーによって、NADPHを作ることができる強い還元剤に「反応中心」を変えたように、自発的に進行しない酸化還元(電子伝達)反応を、光エネルギーによって達成したのである。 光エネルギーを「反応中心(クロロフィルa)」に集め、光エネルギーを電気化学エネルギーに変換し、そこで水を分解し水素イオンと酸素を作り、ATP(アデシン三リン酸)とNADPH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を生成する。そのATPとNADPHを使って、水素イオンを消費し二酸化炭素から糖などの有機化合物を作る。 NADPHは脱水素酵素の補酵素として水素イオンの受け取り役をしている。酸素は気孔から排出される。 照射する光を電気化学エネルギーに変える物質、それを光触媒(光変換物質)と呼ぶが、クロロフィルaは、唯一、生物界に存在する有機性の光触媒である。 目次 |
2)フォトトロビン(光阻害対策) 太陽から地球上に降り注ぐエネルギーを100%人間が活用すれば、1時間で人類が使用する量が賄えるという。しかし偉大な太陽光であっても、1 m2当りで換算すれば1.4kwにしかならない。それを有効に活用するための最先端の太陽光発電パネルでも、太陽の光エネルギーから電力への変換効率は20%程度にしかない。 植物の殆どは、薄く広く降り注ぐ太陽エネルギーを利用するために、葉を横に広く展開し万遍なく太陽光を受容しようとする。 針葉樹では必要な太陽光を浴びために、寧ろ葉を丸く細めて、高低さを利用し円錐状に樹冠を形成し、その外周部に葉をより濃密に繁茂させ、太陽エネルギーを吸収しようとする。 残念ながら、植物の細胞は太陽エネルギーを利用するため進化を遂げながら、未だ太陽の光エネルギーの約0.1%を吸収しているに過ぎない。それでも生物は進化している。光合成により炭水化物に固定される化学エネルギーの総量は、世界のエネルギー需要の10倍近くに達している。植物が行なう光合成は、地球上最大規模のエネルギー変換となる。 動物にとっての三大栄養素である炭水化物・タンパク質・脂質やDNAの核酸は、すべて炭素化合物を元にしている。 植物の細胞の中にある葉緑体は、「光化学系U」というチラコイド上に浮かぶクロロフィルとタンパク質の複合体で、20種以上のサブユニットから構成されている。 「光化学系U」複合体は、大きくコアとアンテナに分けることができる。その「アンテナ複合体LHC」を活性化させ光を捕集する。その光エネルギーが与えられることで、クロロフィル分子から電子が放出される。放出された電子は最終的に、空気中の二酸化炭素と根から汲み上げる水から、高いエネルギーを保持する炭水化物などの有機化合物と酸素を作ることに利用する。 一方、電子を失った分子は、水を酸化させ電子を引き抜き、酸素を発生させる。その反応は、「光化学系U」コアで起こる電子伝達である。コアの中心部分はD1タンパク質とD2タンパク質の二量体である。 その反応中心複合体(P680)に結合した4原子のマンガンを含む「マンガンクラスター」が、「光化学系U」の反応を中心に水分解を担う。しかし、水を分解するメカニズムは未だに明らかではないが、確度が高いモデルが示されている。水を分解して酸素が出るまでには、4光量子が光化学系IIに当たることが必要という。光化学系U反応中心複合体(P680)が酸化されるたびにマンガンクラスターが電子を渡して変形し、4回電子を渡すごとに水を分解し、酸素を発生させるのだろうと考えられている。 植物の細胞内では、葉緑素を中心に太陽の光エネルギーの約0.1%を吸収しているに過ぎない、その内、光合成に活用しているのは4分の1弱である。様々なロスが重なり4分の3強が使われず消失する。決して生産的とは言えない、二酸化炭素と水と光エネルギーから光合成により生成された炭化水素も、その大半は植物が生きるための高エネルギー化合物(糖類など)として消費され、人間はじめ動物が食料として活用できる炭水化物に変換されるのは、植物の葉が集めたエネルギー全体の5%ほどにすぎない。 葉緑素を中心に太陽の光エネルギーの約0.1%を吸収し、人間はじめ動物が食料として活用できる炭水化物に変換されるのは、その5%ほど、地球に到達する光エネルギーのわずか0.005%を元手に、植物は地球上の生物の生命活動のほぼすべてを支えている。 光合成速度と温度及び光の関係は、光が弱いと温度の変化に関係なく光合成活動は停滞するため、「光の強さ」が「限界要因」になっている。一方、十分な「光の強さ」の条件が整えば、30℃付近までは温度の上昇に伴い光合成は活発化する。それで温度もまた「限界要因」になっている、30℃を超えると光合成速度は緩やかに低下していく。 大気中の二酸化炭素濃度は、通常0.03%(300ppm)であるが、光合成速度と大気中の二酸化炭素濃度の関係も、強光下であれば、0.1%まで濃度が高まるにつれ光合成は活発化するが、それ以後は濃度の向上に影響されないまま安定する。 弱光下であれば、0.4%付近まで強光下に近い速度で向上するが、それ以後は二酸化炭素濃度と関係なく一定である。 植物が強すぎる光を苦手とする理由は、光合成の速度が、温度や二酸化炭素濃度がネックになり、どこかで頭打ちになるのに、葉緑体が吸収する光エネルギーの量は、殆ど直線的に増えていくからだ。光が強くなれば、光合成で消費しきれなかった光エネルギーは、植物の体を傷付ける活性酸素を作り出す。 活性酸素の過酸化水素(H2O2)やスーパーオキシドなどは、酸素が還元されたり、余分なエネルギーを受け取ったりした結果できるのだが、脂質やリン脂質・タンパク質・DNAなどに深刻な酸化障害を与える。特に、過酸化水素は不安定で 強い酸化作用をもつが還元作用もある。 そのため植物が自己防衛のため光合成速度を落とすことを「光阻害(光障害)」という。 植物は光がもたらす過剰エネルギーから身を守るために、それを遮断する仕組みを備えた。 植物は、先ずは強すぎる光から身を守るため、光の強さに応じて葉の向きを変えて光エネルギーを調節する。 「諏訪の平」から白樺湖に直進する「大門街道」沿い、6月初旬から中旬にかけて、車山の東麓の山肌を彩るフジの美しい花を堪能できる。フジは、陽性環境を好む好日性植物である。他力本願が宿命であれば、高木に巻きついて樹冠を広げる。花序は長く枝垂れて、20cm〜80cmに達する。 真夏に葉を茂らせるフジは、光が比較的弱い朝夕には、太陽の光を葉の全面で浴びるため平らに寝かし、陽射しが強い真昼には、葉を垂直に立ち上げ葉に光が当たる量を抑えている。 同じようなことが、葉肉植物の内部で起きている。 葉緑体が、光の強弱に応じて細胞内における位置取りを変える。 幼葉鞘の先端部では、「フォトトロビン(Phototropin)」という青色の光を受容するタンパク質の一種が、光の感知で重要な役割を果たしている。そのため光屈性(Phototropism:茎などが光の方向に曲がる現象)に関わるものとして、これを語源とした。 この青色の光受容体(ひかりじゅようたい)タンパク質は、「葉緑体の定位運動」にも関与していた。 「葉緑体の定位運動」とは、光の強さ・入射方向・波長などに反応し、葉緑体が細胞内における位置取りを変える現象をいう。 光を積極的に受け入れるための方法が弱光反応または集合反応である。通常では、青色光によって誘導され、葉緑体は葉の表面側の細胞膜の内側に張り付くように集合する。細胞膜から提供される二酸化炭素を受け取りやすくするためだ。 強光下になると、葉緑体は光を避けて側面の細胞壁面に逃避する。その強光に反応して逃避反応という手段をとる。 弱光反応は光合成の効率を上げ、強光反応は光阻害(光障害)を避けるという重要な役割がある。 フジのように葉の向きを変えるには、動物と違い数時間単位の時間が掛かる。「葉緑体の定位運動」によれば、短時間の反応が可能となる。 目次 |
3)クロロフィルとカロテノイド 葉が緑色に見えるのは、葉緑体が主に「赤色光」と「青色光」を吸収し光合成に消費し、吸収されなかった「緑色光」だけが葉に残るため緑色に見える。 「光」とは、電気と磁気(磁石)の両方の性質をもつ「電磁波」の一種で、その「電磁波」は「波」としての性質と、「粒子」としての性質を併せ持つ。また波長(波一回分の振動の長さ)の短いもの程、強いエネルギーを持つ。可視光も当然エネルギーを持っている。葉緑体が吸収する「赤色光」と「青色光」が、光合成を作動させる「光エネルギー」の正体だ。 人間の眼は波長の違いを感じ取り、それを色の違いと認識する。赤・緑・青の三色の光の波長を感じる受容器が、人間の眼には備わり、それが「光の三原色」として組み合わされ、多くの「色」として認識される。 動物は種によって感知できる電磁波の波長が異なる。虫媒花型の野生植物のうち、最も多い花の色は白色36.3%で、次いで紫色 24.2%、黄色20.4%、緑色9.6%、赤色7.4%、青色1.1%、褐色0.7%、黒色0.3%の順という。 昆虫は、紫外線から可視光の半分ぐらいまでを認識し、紫外線により花弁の中の密や花粉の状態を外部から見ることができるという。 モンシロチョウは、白い花・黄色い花・赤い花と訪花するが、お気に入りは黄色い花という。ハナカミキリの仲間9種は、白い花に強い好みを示すという。 鳥類は、果実を選ぶ時に赤い実と黒い実を好む傾向があるという。 ハブ・マムシ・ガラガラヘビ・ボア・ニシキヘビなどは、視覚のほかに赤外線を感知する器官をもっている。その目と鼻の間にある「ピット器官」により、周囲の熱源から発せられる微弱な赤外線放射を、電磁波として感知し餌となる動物を探すという。それも左右の器官として備えているため、赤外線カメラの様に映像としてとらえ、距離までも測定されているという。 葉が光合成に使うのは、主に太陽光に含まれる「赤色光」と「青色光」で、「緑色光」の一部も光合成で使われるが、使われない「緑色光」は葉の細胞内の海綿状組織や維管束に乱反射を繰り返し留まるか、残りの極一部がすり抜けるかして周囲に散乱する。人間が葉を緑と感じるのは、光合成に使われなかった「緑色光」の乱反射を見るからである。それがまた、葉が「赤色光」と「青色光」を光合成に消費する証にもなった。 光を吸収しているのは、葉緑体の中にあって、光エネルギーを受け取る役割を担う「光合成色素」と呼ばれる物質である。「光合成色素」の内、葉緑体に最も多く含まれるのが「クロロフィル(葉緑素)」という緑色をした色素だ。陸上植物が持つ「クロロフィル」には、aからfまで、その細かい構造の違いによって名前が付けられている。 光合成生物でほぼ共通して持たれているのが「クロロフィルa」で、光合成反応で特別な役割を果している。 「アンテナ複合体LHC」に結合する様々な「光合成色素」が幅広い波長の光を集め、その光エネルギーを、光合成反応にスイッチを入れる「反応中心複合体」に受け渡される。その「反応中心複合体」の主要部品が「反応中心」と呼ばれる「クロロフィルa」で、それに、最終的に光エネルギーが受け渡される。そのため「クロロフィルa」は主色素と呼ばれ、その他は補助色素と呼ばれたことがある。 現在では、クロロフィルaでも反応中心として働くのはごく僅かで、大多数はアンテナの役割を果たしていることが分かった。そのため、光合成色素を主色素・補助色素といった分類はしないようになった。 クロロフィル以外の光合成色素を大分類すると、赤から黄色味がかった「カロテノイド(carotenoid)」と、赤あるいは青の「フィコビリン((Phycobilin);藻類の葉緑体にある光合成色素)」があり、それらの中には、更に細かな特徴がある幾つかの色素がある。 カロテノイドは、例えばニンジンのオレンジ色の色素として有名なβカロテンもその仲間で、動植物界に広くみられる黄色・オレンジ・赤色ないし紫色の天然色素の一群である。同じ光合成色素のクロロフィルとは、比べ物にならないほど種類が豊富で、750種類以上あると言われている。ただ動物は、植物のように生体内で合成するのではなく、食餌の中のカロテノイドを吸収して活用している例が多いようだ。 自然界におけるカロテノイドの生化学作用は多岐にわたり、特に光合成における補助集光作用がありながら、光阻害から植物を守っている。「キサントフィル」というカロテノイドの一部は、光合成で使い切れなかった余分な光エネルギーを受け取り、安全な熱エネルギーに変える。そのため人工的にカロテノイドを持たない植物を作ると、強い光に晒されると死滅する。 また抗酸化作用にも重要な役割を果たす「キサントフィル」は、活性酸素の発生を防いでいる。これらの仕組みを「キサントフィルサイクル」と呼ぶ。 カロテン(βカロテン)は、細胞にダメージを与える活性酸素を普通の酸素に戻す役割を果たす。 多くのカロテノイドは、光を集めるだけでなく、強すぎる光に反応して、クロロフィルが作る活性酸素を、普通の安全な酸素に戻し、光阻害から植物を守る役割を果たしている。 活性酸素は、人間の血管内皮細胞を害し、血栓を作りやすい体質にするため、動脈硬化を誘引し、その結果、心筋梗塞や脳梗塞を発症させる。しかも、脂質、特に細胞膜のリン脂質を酸化させ、タンパク質やDNA核酸にも酸化障害を与える。 多くのカロテノイドが保有する、人体も害する活性酸素の働きを阻止する機能を持つ有効成分を抽出し、口径剤として開発されれば、それを服用するだけで高齢化を予防し、いつまでも社会貢献ができるようになる。 目次 |
4)ステート遷移 葉緑体の中では、フォトトロビンによる「葉緑体の定位運動」と合わせて素早い反応が起きている。昼間の光が強い時間帯では、「アンテナ複合体LHC」は、「光化学系T」と「光化学系U」の双方で結合しているが、突然発生する積乱雲に光を遮られると、「アンテナ複合体LHC」の一部が、「光化学系T」から「光化学系U」へ移動する。 光合成反応では、「光化学系T」よりも「光化学系U」が先に作用するため、そこに「アンテナ複合体LHC」に多く集合させ、光エネルギ−を逸早く効率的に得られるようにする。 「ステート遷移」と呼ばれるこの仕組みより、光の強弱に短期的に即応し、太陽光が突然発生する雷雲に遮られても、最適な速度で光合成ができるようにする。 しかも植物は、光と折り合う長期的な仕組みを備えた。同じ種類の植物でも、強い光の元で育った個体と弱い光の元で育った個体を比べると、光を集める「アンテナ複合体LHC」の量に違いを生じさせる。強い光のもとでは「アンテナ複合体LHC」の量を減らし、弱い光のもとでは増やしている。 明るく開けた草原のような日当たりのよい環境を好む「陽性植物」は、比較的強い光でも光合成として活用できる。イネ・コムギ・トウモロコシなどの穀類、トマト・スイカ・メロンなど大きな実を付ける野菜、7月上旬、車山高原の草原に咲き始めるウツボグサ・エゾカワラナデシコ・ニガナ・ジャコウソウ・サワギキョウなどや、木本ではシラカバ・ダケカンバ・アカマツ・クロマツ・コナラ・ミズナラ・ヤマザクラ・クリなどに共通する。 反対に、シダ植物・コケ植物・エンレイソウ・ニリンソウ・フタリシズカ・ヤマシャクヤクなどの「陰性植物」は、日向でも育つが、日照量の少ない場所を好んで繁殖する。 植物も動物と同じように、明るさに関わらず一定量の酸素呼吸をする必要があるため、CO2を放出する。光が弱いと、光合成でCO2を吸収する量よりも、呼吸によってCO2を放出する量の方が多くなり、それが長く続くと植物は生きていけなくなる。 「光補償点(こうほしょうてん)」とは、植物が生存するに必要な光の量を示す。その時、光合成量と呼吸量がつり合うときの光の強さを「光補償点」という。CO2の吸収量が0となる「光補償点」より光が弱まればマイナスの値を示す。それでも植物が酸素を吸い、CO2を吐き出す呼吸を続けているからだ。 陽性植物は日なたを好むため「光補償点」が高い、弱い光では生きられないが、光が強まるのに合わせて光合成速度を速める。一方、陰性植物は弱い光でも生きられるよう「光補償点」は低いが、強い光でありすぎれば光合成に生かせなくなる。 植物は光が一定の強さを超えると、光合成量を増大しても費消しきれなくなる。光の増加に合わせて光合成速度を速めるが、ある程度以上光が強くなると、光合成速度が限界に達し、もはやその速度は光の量とは無関係になる。 この光合成量がほぼ一定になる光の強さを、その植物の「光飽和点(こうほうわてん)」と呼ぶ。その光合成速度を「飽和光合成速度」と呼ぶ。例外としてサトウキビやトウモロコシのように飽和点を持たない植物がある。 耐陰性に乏しい陽樹は、陽性環境に育つため、最少受光量や「光補償点」が高く、光量が大きくなれば光合成速度を速める。光の強いところでは稚樹の生長が速いので、遷移ではパイオニアとなる。疎林で林内に強い光が注ぎ込む時には稚樹が生育するが、林が密になって林床に光が入って来なくなると陰樹に置き換わる。 陽樹と陰樹の特徴を、同じ個体のなかで兼ね備える植物も少なくない。木が繁茂する新林では、樹頭周辺は日がよく当たるが、地表付近や木の内側の葉の日照は乏しい。同じ個体であっても相当な差がある。 シイ・カシ・ブナなどの樹木は、同じ個体であっても環境に合わせて、「光補償点」が高い樹頭付近では陽葉を、「光補償点」が低い日陰では陰葉と2種類の葉を使い分けている。陽葉は柵状組織を発達させ、葉緑体を増やし光合成速度を速めるため肉厚にしている。陽射しの弱い、茂みに隠れがちな陰葉の柵状組織は僅かで葉は薄い。しかも葉緑体内部の「アンテナ複合体LHC」の量も、陽葉の方が陰葉より勝っているため、光エネルギーの受容量も多く速い。 陰性環境でも成長できる陰樹は、森林の中でもよく成長できる。陰樹の種子は、シイ・ブナ・タブノキのドングリのように大きく生でも美味しい。日本の森は、シイ・カシ・ブナなど、陰樹の森である。陰樹であっても、ある程度の樹高に達すると、光の当たる部分に枝を伸ばし、樹頭付近に葉を広げることで生存が維持できる。モミ・ヒノキ・オオシラビソなどの裸子植物や、ブナ・シイ・タブノキなどの被子植物などは、最終的には高木層をつくり、むしろ強い光を受けて樹頭付近を広げる。 やがて他の樹種を圧倒して陰樹の林を作り安定する。極相を形成するのは陰樹で、原生林では陰樹が優先する。 目次 |