植物の色素(アントシアン)
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人類が採取・狩猟を生業にする長い旧石器時代から、農耕・牧畜を主にする生業に転じたとき、育種という品種改良を活発化させた。 つまり、生物を遺伝的に改良することである。野生植物から、人類に好ましい性質を持つ農作物を作り出し、野生動物を飼いならすことによって家畜・家禽を生み出してきた。栽培植物や家畜など、より人間に有用な品種を作り出すため、人為的な選択・交雑・突然変異などの手法を用いて、イネ・ムギ・パンコムギ・トウモロコシなどの穀物や、エゴマ・クリ・ウリ類・イモ類などで盛んに品種改良がなされてきた。 動物では、オオカミからイヌ、イノシシからブタなどがその例であり、馬も家畜化された。 1,970年代にロシアのシベリア南部、アルタイ山脈で見つかった保存状態の良いイヌの頭骨の化石が発見された。3つの研究施設で放射性炭素測定を行い、化石の年代は約3万3000年前と確定した。 育種学とは、生物を遺伝的に改良する農学の一分野であり、大別して植物育種学と動物育種学に分けられる。植物においては、同じ遺伝子型の個体を多数取り扱えることができるが、多くの動物、特に脊椎動物では、個体毎に遺伝子型が異なるので、その生物に必要なすべての遺伝情報やゲノムなど、その分析と研究が、動物の遺伝現象の解明や資源動物の改良と保全に貢献する。 |
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新芽の鮮やかな紅色はアントシアニン色素によるものです。新芽はまだ軟らかくて弱く、強い日射しに当たると傷んでしまう恐れがある。アントシアニン色素がサングラスのように、日射しから葉の組織を守っていると考えられている。 植物育種学において、これまで存在していなかった花色の品種を育成する目的の基礎研究としてアントシアニン(anthocyanin)が研究されている。これらの研究の応用では、青いバラや青いカーネーションが作出されている。これらは、遺伝子組換えによって、発現された。 カーネーションのゲノムは、2,013年に、約4万3千個ある遺伝子の並び方がすべて解読された。青紫色のカーネーションは、そのゲノムの情報を利用して作り出された新しい色である。カーネーションンの遺伝子は、約4万3千個、ヒトの遺伝子は、約3万個という。ヒトの遺伝子の数はカーネーションより少ないが、実は、ゲノム全体の情報量はカーネーションの5倍もある。 新葉の芽出しには、車山に繁茂するミヤコザサのように、春5月に、清純な若草色の単子葉を広げ葉緑体を活発化させる。6月、車山の眺望が美しい西白樺湖一面に展開する黄一色に染まる5弁のアザサの花の大群落と、9月下旬、白樺湖周辺を見事に彩る黄金アカシヤの色素は、カロテノイドの色素に染まったとみる。紅葉の季節になると、赤・黄・緑を中心に、いろいろな色調が混在して、それぞれの地域の特徴を演出する。紅葉現象は主に落葉樹に見られ、一般に3種の色素、葉緑素・カロテノイド色素・アントシアン色素の量比によって色調が変わると考えられている。 植物の器官の中で、もっとも色が豊富なのは花である。赤・紫・青といった花の色の殆どが、アントシアン色素が、そのまま表現しているようだ。アントシアン色素は光合成色素ではない。光を吸収しても光合成には使わない。アントシアンは古い名称で、花青素ともいい、植物色素のなかで花・葉・茎や果実の赤・青・紫・黒紫色などの青色系の色系の一群の色素の総称である。この名は、L.C.Marquart(マーカート)がヤグルマギクの花の青い色素をギリシア語の花anthosと青いkyanosを表す言葉からアントシアンと名付けたのに始まる。 武田幸作(たけだ・こうさく;東京学芸大名誉教授)は、ヤグルマギクの色素を再合成し、結晶化することに成功した。 その結果、ヤグルマギクの色素は、単独では赤いシアニジン型アントシアニンに、鉄・マグネシウム・カルシウムの3種類の金属イオンと、フラボンと呼ばれる有機物が結合した構造であった。色素の中心部には、鉄イオン(紫)とマグネシウムイオン(赤)が複合核を形成し、6個のアントシアニンと6個のフラボン(有機化合物;C15H10O2)を結合させている。カルシウムイオン(緑)は複合核と同じ軸上にあり、フラボンと結合することで色素の安定化に役立っているものと考えられた。 これまでにも、ヘムやクロロフィルなど金属と非金属の原子が結合(金属錯体)する色素は知られていた。ヤグルマギクの色素のように、鉄とマグネシウムの2つの金属イオンによる複合核と、さらに2個のカルシウムを加えた4個の金属からなる金属錯体は、有機化合物・無機化合物に見られない多くの特徴的性質を表す。 アントシアンは、植物の果実や花・葉・幹などに含まれる色素群で、酸性では紅色、アルカリ性では青色に見える。不安定であるため、いろいろの金属イオンと結合し、赤・青・紫として表れる水溶性色素の総称となっている。その色素本体であるアントシアニジン(一般的な植物性染料;anthocyanidin)が糖や糖鎖と結びついて、主に布の染料や食品の着色料として利用されてきた。食品では、シソ・ハツカダイコン・紫キャベツ・赤カブなどの色素はアントシアンである。紅葉の時季、液胞のアントシアンが増大しもクロロフィルが残存すれば光合成はできる。やがて紫キャベツがクロロフィルを持たないきれいな紫に染まれば光合成はできなくなる。 紅葉の先駆けとも言える時季、「黒ずんだような色の紅葉」は人によっては「くすんだ紫」と見える。車山高原ではオオカメノキやナナカマド・ヤマブドウ・ニシキギが典型的で、光照射が減少すれば葉緑素の働きが衰え、それを契機にしてアントシアン色素形成が生じ、「黒ずんだ」あるいは「紫」系から始まる紅葉の季節を迎える。 常緑樹でも「紅葉」する。ナンテンはその例で、黒ずんだ赤色になる。葉緑素とアントシアン色素との量比で、葉緑素が多ければより黒ずんだ赤に、少なければ鮮明な赤色になる。花の黒ずんだ色では黒紫色のアントシアン色素などによるが、紅葉時季には、細胞が酸性状態になるためアントシアン色素が有効に機能し赤色系になる。 柵状組織は、葉の表皮の下にあって、1〜数層、細長い円柱状の細胞を比較的密に垂直方向に配列する。その細胞内には葉緑体が多く、光合成を行う。その下の海綿状組織と共に葉肉を構成する。多くの葉では葉肉細胞には形態的な分化が見られる。表側にある柵状組織を構成する葉肉細胞は細長い形をしており、柵状組織細胞(palisade cell)と呼ばれている。その細胞の中央には大きな円筒状をなす液胞があり、その周りに幾つかの丸い粒となって葉緑体が細胞壁に沿って縦に並ぶ。紅葉が進むと液胞が色付くにつれ、葉緑体の数が減っていく。 アントシアン色素は紫外線を吸収する。紅葉は葉が老化し始めたときに起こる。この時季、葉緑体の光合成活性が極めて低下するため、光を吸収してアントシアン色素を合成しても、葉緑体の光合成エネルギーに使われない。春先の若芽や発芽した幼植物が赤くなりあたかも紅葉のようになることがある。生垣に使われる、バラ科の常緑小高木カナメモチ(要黐)が典型な例で、なぜ葉緑体が活発化する時季に光合成に不向きな、それも陽射しが一番あたる外周に花のように赤い新葉を巡らせるのだろうか。 40年ほど前、春先、新葉が鮮やかな紅に染まるベニカナメモチの植栽が生け垣として流行した。しかし、発根性に劣り移植後の活着率が低い、しかも病気が広がったこともあって、次第に廃れた。近年、新芽が野生のものよりも鮮紅色となり、発根性に優れた品種「レッドロビン」が開発され、箱根の小涌園付近の生け垣や路側帯などに植栽されなどして広く普及した。 しかし「レッドロビン」は、花を咲かせるが、果実を結ばない。異なる遺伝子相互の交雑により作られた品種なので、不稔となった。花を拡大してみると、糸状の花糸(雄しべ)の先端の葯が白く、花粉が成熟していないようだ。そのため種の保存には、人間の助けがいる。 シソには、アカジソとアオジソがある。アントシアン色素を多量にもつアカジソがアオジソに比べて、光合成効率が高いとするデータがいまだに見られない。だがアカジソの葉の細胞には葉緑体が含まれ、そのクロロフィルが、光合成の反応において中心的な役割を担っている。アカジソにはクロロフィルに加えて別の色素が含まれおり、その色素の色が目立っている。その色素はアントシアニンと呼ばれ、赤色をしている。アントシアニンは光合成の機能に関わらず、紅葉や若芽でアントシアニンが目立つことで良く知られている。 イチョウやカバノキなどの黄葉は、アントシアン色素合成遺伝子が欠損しているか、発現が抑制されているためと考えてられている。そのために多くの遺伝子が関与する。どの遺伝子の働きが休止し、あるいは発現抑制されるのかは植物種・生育時期・部位などで違うようだ。 もともと葉の中にはカロテノイドと呼ばれる黄色の色素と緑色のクロロフィルと呼ばれる色素がある。緑色の色素は、茎や花、場合によれも花冠を失った根にも見られるが、主に葉の葉緑体に濃密にあり、光合成の主役となる。光照射の強い、夏には光合成がさかんに行われ、植物が生長するための栄養分がまかなわれる。ところが、秋になり光照射が弱くなると、光合成でつくられる栄養分から得られるエネルギーよりも、葉を維持するために消費されるエネルギーの方が大きくなり、採算があわず、落葉の準備を始める。同時に緑色の色素も不要になるため分解され、消滅する。すると、もともと含まれている黄色の色素が分解されずに残っているため目立つようになる。それがブナやミズナラなどの「黄葉」である。黄色の色素が少ない葉は白っぽくなる。 |
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