植物の運動力(光屈性)
 
 
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 目次 
 1)植物ホルモン・オーキシン(auxin)
 2)オーキシンの「極性輸送」
 
 1)植物ホルモン・オーキシン(auxin)
 チャールズ・ダーウィンは、晩年の1,880年に発表された「植物の運動力(The Power of Movement in Plants)」で 「水平方向から光を当てると、植物は光りの方向へ曲がる。この現象は高等植物において、きわめて普遍的に見える」と記した。
 植物を育てれば当然のように観察されるこの性質を、「光屈性(ひかりくっせい)」という。「屈性」というのは、外界からの刺激に対してある方向に曲がることを指す。刺激の方向に屈曲するのが「正の屈性」、その反対に屈曲するのが「負の屈性」という。 刺激の種類により、「光屈性」・「重力屈性」・「接触屈性」・「化学屈性」・「水分屈性」などがある。
  「光屈性」は、植物に一方だけから光を当てると、地上部(シュート;茎と葉)の茎は光の方へ向かって屈曲する「正の屈性」となり、同時に刺激のあった方向と反対に曲がるのが根の動きの特性となる「負の屈性」である。
 ダーウィン親子は、イネ科の植物の幼葉鞘(ようようしょう)を使い、茎が光に対してどのように曲がるか実験を行った。幼葉鞘とは、単子葉植物の発芽時に、芽生えた「第一葉」を保護する円筒状の鞘のことである。
 ダーウィン親子は、通常だと光の方向に曲がる幼葉鞘の先端を切り取ったり、光を通さないキャップをかぶせたりすると、光を当てても屈曲しないことを発見していた。 その屈曲が生じるのは、先端から少し下がった箇所にあり、光を感知しているのは幼葉鞘の先端部分で、その光の刺激を何らかの方法で、その下の部分に伝えられていた。
  ダーウィン親子の実験は後世に引き継がれ、植物の「光屈性」のは、植物の先端で作られる「オーキシン(auxin)」と呼ばれる化学物質によるものと知られた。この成長促進物質の「オーキシン」という物質は、光源とは反対側に運ばれ作用をする。 幼葉鞘の先端では、成長を促進する「オーキシン」が常に作られている。その分布には、植物の生体内で意図的な偏りが生じ、「オーキシン」が多く分布される側で成長が促進され、幼葉鞘の左右で成長速度に差が生じる。それにより屈曲が起きる。
  「オーキシン」は光が当たる反対側に多く分布し、それにより、その反対側の成長が促進されるため、幼葉鞘は光の方向へ屈曲する。これが「光屈性」を起こす「オーキシン」の作用である。「オーキシン」は、主に植物の伸長成長を促す作用を持つ植物ホルモンの一群で、その正体が、「インドール酢酸」という化合物であることが分かった。
 天然に存在する「オーキシン」としては、「インドール酢酸」が最も豊富に存在しており、最も重要である。とりわけインドール-3-酢酸(IAA)が最も豊富に存在しており、更にその後の研究で、他にもインドール-3-酪酸(IBA)(en) という植物ホルモンが、トウモロコシなどに含まれていた。その後にも植物ホルモンは複数見つかっている。
 やがて人工合成のオーキシンとして、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)や2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)が除草剤として使われだす。これらの物質は、植物の異常成長を引き起こし、枯死に至らしめる。ベトナム戦争の折には枯葉剤として使われた。 菌類・昆虫・線虫・ファイトプラズマ(植物に寄生し病害を起こす一群の特殊な細菌)・ウイルスなどが、植物に寄生してオーキシンを生産することにより、異常な成長を引き起こす天狗巣病(てんぐすびょう)などがある。
 天狗巣病は、多くは樹木だが、植物病害の一種で、茎・枝が異常に密生する奇形症状を示すものの総称である。高い木の上に巣のような形ができるためこの名がある。直接の原因としては、植物ホルモンの異常が考えられる。
 通常は、頂芽から出るオーキシンが、その下の腋芽の生長を抑える頂芽優勢が働く。しかしオーキシンに拮抗するサイトカイニン(cytokininは植物ホルモンの一種、一般に オーキシン存在下で細胞分裂、シュート形成の誘導効果をもつ化合物一群の総称)の量が多くなると、多くの芽が一度に生長するようになり、天狗巣症状が現れる。 桜の小枝から、ほうきのように沢山枝分かれしている部分があれば、おそらく天狗巣病です。この部分には、花は咲かない。しかも、年々、木全体に感染が広がり花の数を極端に減らす。この天狗巣病は、子嚢菌類タフリナ科に属するカビの一種によって起こる伝染病である。
  特にタケの天狗巣病菌 (Aciculosporiumtake) も、タケノコの生産に支障をきたすために問題化している。病枝は著しく多数の節を持ち蔓状になる。多数の病枝が集まってほうき状、または鳥の巣状になり、節には小葉を着生する。桿および竹林全体が衰弱する。
 かつて、真竹(マダケ)や淡竹(ハチク)は、竹材・タケノコ生産に不可欠であった。天狗巣病の発生が問題になっていたにしても、適切な管理された竹林では、罹病竹が間引かれるなどして、被害はある程度まで抑えられていた。しかし、近年、石油製品や安い輸入品に置き換わったため、竹林が放置され本病が蔓延する。
 
 2)オーキシンの「極性輸送」
 植物ホルモンである「オーキシン」と同様の作用を持つ物質は、植物ホルモン剤としても使用されるようになる。いまでは、「オーキシン」は、植物の成長を促す物質の総称となっている。なお、「インドール酢酸(IAA)」は、人間の尿からも発見されている。
 成長促進物質のオーキシンは茎の先端で作られ下へ下へと送られる。この方向は重力の影響による動きではない。植物の体内に働く能動的な仕組みによるものだということが明らかになっている。
  植物の茎の先端側と根に近い基部側とでは、異なる性質を持つ。ヤナギの枝の一部を切り取って湿った室内にぶら下げておくと、上下の向きに関わらず、先端側からは芽が、基部側からは根が生える。これを「極性(きょくせい)」という。この「極性」により、オーキシンは重力とは無関係に、定まった一方向にしか流れないことになる。
 オーキシンの流れの向きは、細胞の働きにより決まる。この細胞によるオーキシンの一方向への能動的輸送をオーキシンの「極性輸送」と呼ぶ。 地上部(シュート)の茎の先端から流れるオーキシンは、基部を境に地下部(ルート)の根で流れを変える。
 シュートから「中心柱」と呼ばれる根の中心部を流れてきたオーキシンは、根の先端で折り返し「皮膚組織(皮膚と表皮)」を通って、再びルートの先端部の基部に向って運ばれる。
 「極性輸送」は、茎の細胞を例にとると、縦に連なる木部における唯一の生細胞である木部柔細胞の、上下の細胞膜には「汲み出しキャリア(PIN)」と「汲み入れキャリア(AUXI)」と呼ばれるタンパク質があり、両者の協調によりオーキシンが能動的に運ばれている。
 「PIN」がオーキシンを細胞の外へ汲み出し、「AUXI」がオーキシンを細胞内に取り込む。その連続で、再度、「PIN」がオーキシンを細胞の外へ汲み出す。この繰り返しによりオーキシンは一定の方向へ運ばれる。  
 オーキシンは「PIN」のある側に多く流れ、その先でオーキシン濃度が高くなることから、オーキシンの輸送方向の決定には「PIN」が重要な役割を果たす。茎や根で見られる屈性は、オーキシンの「極性輸送」によって茎や根の内部のオーキシン濃度に勾配が生じ、その結果、成長速度が左右・上下に差が生じることで起きる現象である。  
 オーキシンの「極性輸送」は、重力の影響を受けない。しかし植物は重力を感じて曲がる性質も持っている。根は重力に導かれ下へ下へと伸びる。茎は重力と反対方向へ立ち上がる。この植物が重力を感知し屈曲する仕組みを「重力屈性」という。
 根が重力の方向に曲がるのを「正の重力屈性」、茎が重力と反対方向に曲がる事を「負の重力屈性」という。ただ根の「根冠(こんかん)」と呼ばれる先端の部位を切り取ると、根から「正の重力屈性」が失われる。  
 根の「根冠」が重力を感じることができるのは、「根冠」の中央部に位置する「平衡細胞(コルメラ細胞)」にその仕組みがあるからだ。その細胞内には相対的に重い物質があり「平衡石」として働いている。  
 平衡細胞のみならず、細胞の内部は細胞質基質という液体状の物質で満たされている。細胞の原形質は、核と細胞質(一般に細胞膜を含む)を言うが、細胞の中にあって「生きている」と考えられている物質のことである。細胞質基質は、細胞質から細胞内小器官(organelleオルガネラ;小胞体・ゴルジ体・ミトコンドリア・葉緑体など)を除いた部分のことで、基本的には水を溶媒とし、20〜30%の様々な可溶性タンパク質を含み、その他糖・脂肪酸・アミノ酸・核酸などが溶け込んでいる。その液体状の物質で満たされた細胞質基質内に、より重い物質があれば、単純な物理法則に従って、細胞内の一番低位へ移動する。それが、植物が根を生やす下の方向となる。  
 人間の耳の奥にある内耳は、リンパ液で満たされている。その中に炭酸カルシウムが結晶化した「耳石」があり、それが「平衡石」の役割を果たしている。
  「平衡石」の正体は、「アミロプラスト」という細胞内小器官である。色素体(プラスチド)内にデンプン粒をたくさん蓄える細胞小器官で、葉緑体(クロロプラスト)が根に在るときの形態だ。それが「平衡細胞」の中で重力の影響を受けて居場所を変え、それにより細胞が刺激される。これが根の重力感知の仕組みである。そして根が曲がるのも、幼葉鞘と同様、オーキシンの分布により偏りが生じて発現されるからだ。  
 根で同じ「汲み出しキャリア」として働く「PIN」でも、植物の種類によって「PIN」の遺伝子に違いがある。タンパク質で形成されているが、同一植物内でも、働く位置ごとに、別々の遺伝子から作られている。モデル植物であるシロイヌナズナでは「PIN1」~「PIN8」の種類が確認されている。ただし、「PIN5」と「PIN8」は機能を失っていた。根では「PIN1」~「PIN4」の4種類が働いている。  
 シロイヌナズナでは、根が垂直に伸びている平常時、「PIN」の配置やオーキシンの「極性輸送」の様子を窺うと、根の中心部の「中心柱」には、「PIN1」と「PIN4」が、それぞれ根の先端側に向いて配置され、オーキシンは地上部側から根の先端方向へ送られる。その下の「根冠」にある平衡細胞には、「PIN3」が左右に向って配置されている。
 オーキシンは「根冠」から「皮膚組織」へ送られる。「皮膚組織」では「PIN2」が、重力の向きとは反対方向に配置され、オーキシンは地上部へ向かって遡る。この時、「PIN2」から流れ出るオーキシンの量は左右の「皮膚組織」では均一で、そのため根の左右の細胞は同じ速さで成長し屈曲は生じない。  
 根を水平に向けて置くと「PIN」の配置とオーキシンの流れに変化が生じる。平衡細胞の「PIN3」は、「アミロプラスト」と同じで平衡細胞の下側となる側面に集まるため、ここに「根冠」が形成される。この根の先端部に生じた上下の違いにより、根は大地に向って伸長を始める。というのは、オーキシンの濃度がそれほど高くなければ、成長促進物質として当然作用する。ところが高濃度となると、むしろ成長を抑制する。しかも根と茎では、成長の促進と抑制が切り替わる濃度に違いがある。そのため、オーキシンが、下側の「皮膚組織」により多く送られ高濃度となると、それが根の下部に伸張抑制として働き、逆にオーキシンの流れが弱まる上部の伸長が促進され、結果、大地に向って屈曲を開始する。
 幼葉鞘の「光屈性」では、光の反対側でオーキシン濃度が高まり成長が促進され、光の方向に屈曲する。根の「重力屈性」では、根の下側にオーキシン濃度が高まると成長が逆に抑制されるため、根は重力の方向へ屈曲する。  
 幼葉鞘の「光屈性」や根の「重力屈性」で共通するのは、「アミロプラスト」が「平衡石」の役割を果たしているが、根は「平衡細胞」という特定の細胞で重力を感知している。茎は表皮に近い「内皮細胞」が「アミロプラスト」を持つため内皮全体で重力を感知する。
 その「内皮細胞」には、「PIN3」が配置され、水平に置かれた茎では、「PIN3」の働きで茎の下側のオーキシンの量が増える。その結果、茎の下側の成長が促進され、そのため重力と反対方向に屈曲する。また茎の先端から基部へオーキシンを輸送する「PIN1」は、重力の影響を受けないため、植物全体に極性を引き起こすことになる。