遺伝子発現の仕組み | |||||||||||
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DNA DNAが遺伝物質 生物進化と光合成 葉緑素とATP 植物の葉の機能 植物の色素 葉緑体と光合成 花粉の形成と受精 ブドウ糖とデンプン 植物の運動力 光合成と光阻害 チラコイド反応 植物のエネルギー生産 ストロマ反応 植物の窒素化合物 屈性と傾性(偏差成長) タンパク質 遺伝子が作るタンパク質 遺伝子の発現(1) 遺伝子の発現(2) 遺伝子発現の仕組み リボソーム コルチゾール 生物個体の発生 染色体と遺伝 対立遺伝子と点変異 疾患とSNP 癌変異の集積 癌細胞の転移 大腸癌 細胞の生命化学 酸と塩基 細胞内の炭素化合物 細胞の中の単量体 糖(sugar) 糖の機能 脂肪酸 |
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1)遺伝子の転写を解明 遺伝子(gene;ジーン)とは、特定のタンパク質やRNA分子を作るための指令を含んだDNAと定義できる。遺伝子から作られるRNA分子の殆どはタンパク質を作るのに使われる。しかし、RNA分子自体が最終産物となる場合もある。タンパク質と同様に細胞内で様々な構造機能や触媒酵素や遺伝子調節機能を果たしている。 ある細胞や生物の全染色体に書き込まれた遺伝子情報全体をゲノム(genome)と呼ぶ。大腸菌からヒトまで、生物としての複雑さとゲノムの遺伝子には相関関係がある。単純な細菌のゲノムは500未満、ヒトでは約3万という。しかも細菌や出芽酵母など一部の単細胞真核生物では、特に小型で無駄がない。これらの生物の染色体のDNA分子には、遺伝子が隙間なく並んでいる。 ヒトを含めて多くの真核生物の染色体には、遺伝子やその正常な発現に必要な特別な塩基配列の他に、大量の余分なDNAが介在している。その大半は、細胞で機能していないとみられて「ジャンクDNA(Junk DNA;ガラクタ遺伝子)」と呼ばれている。しかし、特定の塩基配列が重要なのはもとより、ジャンクDNA自体か、それにより生じる余白が、種の長期的な進化や、遺伝子の適切な働きを助けているのかもしれない。というのは、このよくわからないDNAの一部が、類似の生物間でよく保存されていることが分かったからだ。未知なる機能が潜んでいるのかもしれない。 原核生物や真核生物のいずれも、その細胞は、個々にオン・オフするだけでなく、異なる遺伝子の発現を協調させなければならない。そのため、真核細胞が「分裂せよ」というシグナルを受信すると、それまで発現しなかった多数の遺伝子が活性化し、細胞分裂を誘発する。しかし、各遺伝子の調節配列に、異なった遺伝子活性化因子が結合するだけでは、それらの結合タンパク質の転写後の活性化効率が悪いので、もう1つの別の転写調節因子、即ちコルチゾールと受容体の複合体であるが、それが各遺伝子すべての調節配列に結合する。その結果、活性化されたコルチゾール受容体によって、効率的な転写開始に必要な転写調節因子の組み合わせが完成し、関連する遺伝子が揃ってオンになる。 目次へ |
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2)DNAの基本構造とタンパク質との関係 細胞は、その核に種の保存に欠かせない遺伝情報を保ち、それを取り出し読み解く能力により、その生命体が存続する。遺伝情報は、細胞分裂により娘細胞に引き継がれる。多細胞生物では、卵と精子による生殖細胞を通して次世代の生存に繋がる。遺伝情報は、多細胞生物を構成する、すべての細胞に遺伝子という形態で蓄えられている。遺伝子は、その情報を保持するための基本単位で、それにより種として、個体として、その生命体の形質を継承する。 1940年代には、簡単な菌類の研究により、遺伝情報の実態は、タンパク質の作り方の指令にほかならことが分かった。タンパク質は細胞の働きを決定し、細胞構造の材料となり、酵素として細胞内で起こる化学反応を触媒している、更に細胞の運動や、細胞相互の連絡にも働いている、という生物学研究上の画期的発見があった。 1940年代、もう1つの重大な発見があった。遺伝情報を伝達する担い手の存在で、それはDNA(デオキシリボ核酸)らしいことまで分かった。しかし、細胞内にある、その遺伝情報をコピーして、次世代に伝達する仕組みや、DNAに書き込まれた指令によりタンパク質を作る仕組みなど、複雑な細胞内の動きまでは分からないままであった。 1950年代初めに、分子の三次元構造を決めるX線回析解析法により、DNAがらせん状に巻かれた2本の鎖でできていることが分かった。 これが手掛かりとなり、1953年、アメリカ出身の分子生物学者であるワトソン(James Dewey Watson)とイギリスの科学者クリック(Francis Harry Compton Crick)により、DNAの三次元構造が決定された。生物学上、画期的なこの学説で、このDNAの三次元構造から、DNAがコピーされる方法が、直ち明らかにされ、しかも、タンパク質を作る指令の書式についても手掛かりが得られた。 今では、地球上のあらゆる細胞の遺伝子は、DNAでできていることが、様々な生物を使った実験で証明されている。しかもDNAの構造と化学的性質は、遺伝情報の担い手として極めて理想的であるとまで言われている。遺伝子やその他の重要な領域が、細胞の核に収まる染色体の本体である1本の長いDNA分子に配置され、そのDNAは小さな染色体として畳み込まれている。染色体には、DNAとタンパク質が含まれていて、DNAが細胞の遺伝子情報を担い、染色体タンパクは主として、とてつもなく長いDNA分子を小さくまとめる働きをしている。 その染色体は、細胞分裂の度に2倍となり2個の娘細胞へ分配される。そのためにDNAの複製や修復に携わるタンパク質や、遺伝子の働きを調節するタンパク質が、核内に入り近付けられるようにしなければならない。真核生物のRNAポリメラーゼが転写を開始するには、多数のタンパク質の助けが必要で、なかでも重要なのがTFIID・TFIIA・TFIIBなどのタンパク質からなる転写基本因子(general transcription factor)で、これがポリメラーゼとともにプロモーターに結合しないと転写は開始されない。真核生物のRNAポリメラーゼによる転写開始には、転写基本因子群がプロモーターに集合する必要があり、転写は、遺伝子の直ぐ上流にある特殊なDNA配列、プロモーター部位に結合して始められる。 また、DNAに暗号化された数万種類ものタンパク質が、適切な時期に適切な場所で作られるように、細胞は遺伝子の発現を制御している。 細胞にはRNA(リボ核酸)と呼ばれる成分があって、RNAは、設計図であるDNAから、細胞の形を作るタンパク質を生成する過程で重要な働きを担う。核酸にはDNAとRNAとの2種類あると記したが、これが塩基と糖が結合した化合物の一種であるヌクレオシド(nucleoside)で、それを構成する糖の違いによるもので、RNAの糖部分は、リボース(ribose)と呼ばれる。DNAでは、この部分がデオキシリボース(deoxyribose)に置き換わる。これによりDNAとRNAの役割は全く異なるものになる。この一組がリン酸と結合するとデオキシリボ核酸 (DNA) やリボ核酸 (RNA) を構成するヌクレオチドとなる。「糖-リン酸―4種類の塩基」の単位を「ヌクレオチド(nucleotide)」と呼ぶ。 デオキシリボ核酸(DNA)分子は、DNA鎖(chain)と呼ばれる長いポリヌクレオチド鎖2本からなり、2本の鎖はそれぞれ4種類のヌクレオチドで構成されている。ヌクレオチドは、糖―リン酸―糖―リン酸と交互に並んだ主鎖とそれぞれが共有結合した4種類の塩基(A=アデニン・C=シトシン・G=グアニン・T=チミン)が突き出した構造を持つ。 普通DNAは、この塩基の相補性の繋がりに従って、この「ヌクレオチド」が多数結合し鎖状のDNA分子となっている。これを多数重ねて、DNAのねじれた「二重らせん」を作る。それが二重らせん構造になるのは、塩基の部分で規則性があるAとT、GとCが対をなす塩基の並び(塩基配列)で、その対の塩基が並ぶ部分で水素結合して、DNAの二重らせんが分離しないよう中心に引き付けているからだ。この点からも、DNA はRNA と比べて安定した構造と理解される。 目次へ |
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3)ヌクレオチド 水を除けば、細胞内のほぼすべての分子は炭素をベースにしている。炭素(carbon)は原子の中でも、大きな分子構造を作る能力が突出している。炭素原子は小さいが、最外殻に電子4個分の空きがあるため、4つの共有結合が作られる。しかも重要なことは、炭素原子同士が非常に安定的なC-C共有結合を作ることである。それにより、鎖状や環状の有機分子となり、さらなる巨大で複雑な有機分子を構成して、大きさにおいて限りなく拡大できるようになる。 やがて、細胞を作る炭水化合物は、分子の大小を問わず有機分子とされ、それ以外のすべての分子は、水を含めて無機分子とされた。 細胞内の小さな有機分子は、分子量が100~1,000で構成され、30個ほどの炭素原子を含む炭素化合物である。通常は、細胞質の溶液中に遊離状態にありながら様々な役割を果たしている。それが重合して、細胞のタンパク質・核酸・多糖などの巨大分子を作る単量体(monomer;高分子重合体を構成する基質の低分子量の化合物)となり、また糖や脂肪酸はエネルギー源として分解され細胞内の代謝経路で、他の分子に変換もされる。しかし、細胞内では、小さな有機分子は、巨大分子ほどには存在せず、細胞内の有機物質の総量の1/10ほどで、典型的な動物細胞には、ざっと1,000種類ほどの有機小分子が含まれている。 有機化合物は、すべて簡単な化合物群から合成されていて、分解されると、また元の化合物群に戻る。その合成と分解は、各段階で厳密な化学法則に従う、一連の化学変化によって起こるが、その範囲は限定的であるため、細胞内の化合物は化学的に類似性が高くなる。それで殆どが、糖・脂肪酸・アミノ酸・ヌクレオチドの4種類に属するようになる。当然、細胞内には、この分類に属さない化合物も多くあるが、この4種類の有機小分子と、それらが単量体となって長く鎖状につながった巨大な有機分子やその他の分子集合体を構成し、細胞の質量の大半を占めるにいたっている。 ヌクレオチドは、生物にとって必要な情報の貯蔵と、取り出しという根本的な役割も果たす。細胞内では、RANは通常1本のポリヌクレオチド鎖(ポリヌクレオチド;polynucleotideは、リン酸・糖・塩基が一つずつ結合したヌクレオチドが、直鎖状に重合した高分子化合物をいう。その鎖をポリヌクレオチド鎖と呼ぶ)として存在するが、DNAは殆どの場合二重らせんを作っている。そのらせん構造は、逆向きに並んだ2本のポリヌクレオチド鎖が、塩基間をつなぐ水素結合を中心に、より合わさっている。DNAの二重らせんでは、2本のポリヌクレオチド鎖が、互いに相手に巻き付き2種類の溝ができている。広い溝を主溝(major groove)、狭い溝を副溝(ふくこう;minor groove)と呼ぶ。 DNAの複製の時にも、遺伝子発現の時にも、タンパク質の多くは、その塩基配列を読み取るために主溝に結合する。そこで、必要な塩基配列を見つけ、DNAをほどき、m-RNAに転写する。 DNA分子やRNA分子のヌクレオチド配列は、遺伝情報の暗号になっているが、細胞内での役割は少し違う。水素結合により安定したらせん構造を持つDNAは、遺伝情報を長期間保存するのに対して、1本鎖のRANは、分子レベルの指示を一時的に運ぶ役割を担う。 核酸の塩基は、別の核酸分子の塩基の中から自分に合った相手を見分け、GはCと、AはTまたはUの間に限って、効率よく水素結合する。水素結合は、AとTの間には2つ、GとCの間には3つ形成される。これを塩基対形成という。塩基対形成は、遺伝と進化の基礎をなすものである。 核酸は、糖がデオキシリボースであるデオキシリボ核酸(DNA)と、リボースであるリボ核酸(RNA)とに大別される。生物の細胞核中に多く含まれる、塩基・糖・燐酸からなる高分子物質で、DNAからRNAが、RNAからタンパク質が作られる。つまりタンパク質の合成には、核酸が必要であり、その核酸の合成にはタンパク質が必要になる。このような相互依存的な機構がどのようにして誕生したのだろう。 DNAとタンパク質を持つ細胞が生じる前に、RNA世界(RNA world)があり、その原始的な細胞内では、RNAが遺伝情報の保管と化学反応の触媒の2つの役割を果たしていた。やがて進化の過程で、DNA が遺伝物質の役割を果し、もともと細胞内の主要な高分子であったタンパク質が、細胞内の主要な生化学反応の触媒をするようになる。するとRNAは不安定な分子なので、DNAがRNAの重要な機能を担うようになり、RNAはタンパク質の配列を示す遺伝暗号としての機能と産物の仲介役として働くようになった。 現代の細胞でも、RNAが触媒する重要な反応がいくつかある。リボソームやRNAスプライシング装置などで、RNA触媒のリボザイム(ribozyme;タンパク質などの助けを借りずに、触媒活性をもつRNA)が働いている。これらのことから、RNA分子は、情報の媒体であり、触媒ともなりうる特性から、生命の起源では中心的な役割を果たしていたようだ。 目次へ |
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4)遺伝コード(コドン) DNAの配列において、連続した3個のヌクレオチドの組み合わせである「トリプレット」が、1種類のアミノ酸の結合順序に対応する。この関係を、遺伝暗号あるいは遺伝コード(genetic code)・アミノ酸暗号・コドンなどという。 コドン(codon)とは、DNAの塩基配列が、タンパク質を構成するアミノ酸配列へと生体内で翻訳される時の、各アミノ酸に対応する3つの塩基配列のことで、特にmRNAの塩基配列を指す。mRNA分子に沿って一連のコドンを示している。各コドンは3ヌクレオチドからなり、一つのアミノ酸を指定している。 DNAの4種類の塩基、「A」「T」「C」「G」の中から3つの並びで「遺伝コード」が決まる。3つの並びであるから4×4×4=64 種類のアミノ酸を記録することができる。64種類のコドンのうち、61種類がアミノ酸の種類を決定し、アミノ酸1種類につき、複数のコドンが関係する。その全部、64個あるコドンが遺伝子なのである。たとえば、DNA上に「ATGAGACAT」と塩基が並んでいるとすれば、DNA上には「ATG-AGA-CAT」という順序で3つのコドンが並んでいることになる。 そして、ATGがアミノ酸A、AGAがアミノ酸B、CATがアミノ酸Cを意味する場合、「ATGAGACAT」という塩基配列からは「アミノ酸A-アミノ酸B-アミノ酸C」という順番で3種類のアミノ酸が結合したタンパク質が作られる。つまりコドンによって指定されたアミノ酸が、コドンの並び順にしたがってつなげられていく。 「遺伝情報の流れは常に DNAから RNAへ、RNAからタンパク質へと流れ、逆流することはない」というセントラル・ドグマ(central dogma)を、 1958年に F.H.C.クリックが提唱した。その後、一部修正を受けたが、基本的にはタンパク質から核酸がつくられることはなく、核酸からタンパク質への情報の流れは常に一方向というのが現在の定説となっている。 1960年代初頭には、遺伝情報は、遺伝子からタンパク質へと流れるセントラル・ドグマが定説となり、遺伝子はDNAに存在し、その遺伝子はタンパク質を指令し、m RNAが仲介役としてDNAからリボソームへ情報を運び、そこでRNAがタンパク質へと翻訳されることが明らかになっていた。 遺伝暗号の形式、すなわちタンパク質にみられる20種類のアミノ酸は、m RNA分子のコドンというトリプレット(連続した3ヌクレオチド)によって表現されている。 1960年代に、遺伝子のスイッチをオン・オフする概念が新たに登場し、生物学を飛躍的に前進させた。この考えは最初、大腸菌が培地の組成変化に適応する仕組みの研究から生まれた。高等生物では、その遺伝子調節ははるかに複雑で、DNAがクロマチンに凝縮されているので、制御できる段階もかなり多くなる。ヒトの一個の細胞に存在する染色体DNAをまっすぐ繋ぐと、その長さは約2メートルにも達する。それを直径約10 μm(micro metre ;1 mmの1000分の一)の核に収納するために、凝縮度の高い円球のクロマチン構造とした。それが、DNAとタンパク質が一緒になって存在する染色体の在り様である。 DNAに結合して遺伝子の転写を調節する転写調節は通常、転写開始の段階で行なわれる。遺伝子のプロモーター領域が、RNAポリメラーゼ(ヌクレオシド三リン酸を前駆体として鋳型DNAからRNA分子の合成反応を触媒する酵素)に結合して正しい方向へ向かわせると、遺伝子をRNAにコピーする反応が始まる。 ポリメラーゼ(polymerase)とは、単量体を結合させて重合体を合成する酵素をいう。DNA を鋳型とする DNA 依存性 DNA ポリメラーゼと RNA を鋳型とする RNA 依存性 DNA ポリメラーゼに分けられる。ポリ(poly)とは、DNAの重合を行うタンパク質を「DNAポリメラーゼ」というように、ポリマー(重合体)を示す接頭語で、化学反応を促進するタンパク質(酵素)には「~アーゼ」と表現することになっている。また酵素(enzyme;énzaim)は、生体内の化学反応を促進する特異な触媒(加速)作用のあるタンパク質で、極めて微量で作用する。 転写反応においては、二本鎖 DNA の一方の鎖を鋳型として、RNA ポリメラーゼが RNA 鎖の 3’末端に鋳型と相補的なヌクレオシド三リン酸を重合することにより RNA 鎖は伸長する。転写反応の開始の際は、開始位置を決定するのに必要なプロモーターとよばれる DNA 配列に RNAポリメラーゼが結合する。真核生物ではその他の因子も関与し、開始複合体が形成される。 細胞も真核生物も、プロモーターには、RNAが合成を始める部位である転写開始部位とその上流側約50個の塩基配列とが含まれている。この上流領域には、RNAポリメラーゼによるプロモーターの識別に必要な部分があるが、そこにRNAポリメラーゼが直接結合するのではなく、そこがシグマ因子(細菌の場合)や転写基本因子(真核生物)のようなポリメラーゼが結合するタンパク質の認識部位となる。また、細菌や真核生物を問わず、ほとんどすべての遺伝子には、プロモーターの他にも遺伝子のスイッチをオン・オフに必要な調節DNA(regulatory DNA sequence; síːkwəns)がある。 真核生物が、転写開始を制御する仕組みは、巧妙であるがため複雑である。細菌では、遺伝子が互いにごく接近しているため、その間にある転写されないDNAの長さは極めて短い。 細菌の調節DNAは、10塩基対程度と短く1種類のシグナルで働く単純なスイッチが主流であるが、真核生物の調節DNAは、非常に長く1万塩基対以上になることもある。このレベルとなれば、多様なシグナルを統括し、更に転写開始の頻度を決める指令まで出す。しかし調節DNA単独では機能しない。転写調節因子に認識され、それと結合されることで、転写を調節するスイッチとして機能する。最も単純な細胞でも、転写調節因子は数百種類に及ぶ。そのいずれもが、異なるDNA配列を認識し、異なる遺伝子群を調節する。ヒトの調節因子となれば、数千種類ともなり、複雑な生命器官が作られ機能するには、この種の遺伝子調節が非常に重要で、しかも複雑にして精緻に働いている。 タンパク質が特定のDNA配列を認識するためには、DNA二重らせんのその部分の表面が特有の構造となって、該当するタンパク質が、そこに違わず確実に結合できるようになっているからだ。その特有構造は塩基配列により決まり、異なる塩基配列となると、別のDNA結合タンパク質が識別することになる。多くの場合、タンパク質はDNAの二重らせんの主溝にはまり、溝の中で塩基対と細かく何か所も接触する。これらのタンパク質は、ヌクレオチドの外縁部と相互作用し、DNAの主溝側から塩基対に接し、実際の調節因子は主溝の複数の塩基と水素結合・疎水性(水に混合・溶解しにくい物質または分子)相互作用・イオン結合(正電荷を持つ陽イオンと負電荷を持つ陰イオンが、静電気引力によって化学結合する)を作る。ただし塩基対を結び付けている水素結合には影響していない。このような結合は通常、10~20個も形成されている。個々の結合は弱いが、DNAの接触面にはそれぞれ異なるアミノ酸が関与し、全体として生物が示す最も強固で、非常に特異性の高い強力なタンパク質―DNA相互作用となっている。 転写調節因子は、2つの異なるタンパクサブユニット(単量体)のαヘリックス(alpha helix;タンパク質の二次構造の共通モチーフの1つ)で構成される、その2個の単量体がくっついて二量体(2つの同種の分子やサブユニットが重合した分子)を作り、DNAと結合することが多い。αヘリックスは、多くのタンパク質にみられる折りたたみ構造をいうが、1本のポリペプチド鎖がよじれて巻き付き、アミノ酸4個ごとに形成する水素結合で固定されてしっかりした円筒構造になっている。この二量体形成が、平行に並んだ「ロイシンジッパーモチーフ(遺伝子発現の調整に関わるタンパク質などの二量化した構造体に共通して見られる)」となって、洗濯ばさみのようにDNA二重らせんを挟むため、DNAと接する部分が2倍になるため、結合強度と特異性が非常に高くなる。 目次へ |
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5)真核生物の転写調節因子は遠くからも遺伝子を制御する 真核生物は、転写調節因子(活性化因子と抑制因子)を使って遺伝子発現を調節している。真核生物の遺伝子活性化因子が結合する部位は、「エンハンサー(enhancer)」と名付けられた。「エンハンサー」も、遺伝子の発現を強めるように働くDNAの短い塩基配列で、真核生物DNA上の塩基配列領域を区分する名称である。遺伝子調節タンパク質である転写調節因子と結合することで遺伝子の発現を調節している。 エンハンサーは、遺伝子活性化因子として結合することで遺伝子の転写量を大幅に増大(enhance;inhǽns)させることから、エンハンサーと命名された。この配列が転写速度を大幅に促進(enhance)するからでもある。 1979年、遺伝子活性化因子はプロモーターから数千塩基離れたところに結合しても転写を促進することが分かった。その上、真核生物の転写活性因子は、遺伝子の上流や下流のどちらにも結合し作用をすることから、エンハンサー配列とそれに結合するタンパク質が、これほど離れていても作用し結合する仕組み、またプロモーターとの連絡はどうなされているか。いくつかの疑問が生じた。 この遠距離作用のモデルには多く提案があるが、最も簡単なモデルが殆どの場合に当てはまるようだ。エンハンサーとプロモーターの間のDNAがループを作ってはみ出し、プロモーターで起こる、この現象に、転写活性化因子が直接影響を及ぼすというモデルである。 こうしてDNAがループを作って、時には数千塩基も離れたエンハンサーに結合してタンパク質をプロモーター近くのタンパク質であるRNAポリメラーゼや転写基本因子などと相互作用を働かせる。また、他のタンパク質が遠く離れた転写調節因子とプロモーター周辺のタンパク質とを繋ぐ場合も、多くは、そのなかでも最も重要なのが、介在因子と呼ばれる大型の複合タンパク質で、これらのタンパク質は、転写基本因子とRNAポリメラーゼがプロモーターに統合して、大型の転写開始複合体を形成するのを助ける働きをする。遠くのエンハンサーの結合した転写活性化因子により、RNAポリメラーゼと転写基本因子がプロモーターに引き寄せられ、エンハンサーと転写開始部位との距離が最大で数万塩基対に及んでも、その間をDNAがループを作るおかげで、プロモーターに結合した転写開始複合体が、遺伝活性化因子が結合するエンハンサーに接触ができるのである。またDNA結合部位のプロモーターに対する位置関係も、遺伝子に拠って様々である。これらの調節因子はクロマチン再構成複合体とともに、介在因子の働きでプロモーターに集合する。これら複数の転写調節因子の作用が統合されて転写開始速度が最終的に決まる。 TATAボックス(タタボックス)は、プロモーターに結合する転写基本因子が、最初に認識するDNA配列である。真核生物及び古細菌における多くのプロモーターには、TATAボックスの塩基配列が存在する。RNAポリメラーゼIIによる転写開始位置の上流25塩基対の位置、あるいはさらに上流に存在する共通した塩基配列である。「TATA」と発音するには、チミン (T) と アデニン (A) が繰り返すことから命名された。遺伝子の転写においてプロモーターとして機能し、その転写の開始位置を規定する配列といわれている。転写基本因子TFIIDのサブユニットであるTATAボックス結合タンパク質(TBP)が、TATAボックスを認識する。真核生物の場合ここに、転写基本因子のTFIIDが結合し、DNAの形に「ゆがみ」を生じさせる。TFIIDが結合すると、その隣にTFIIBも結合できるようになる。残りの転写基本因子とRNAポリメラーゼも結合するようになる。 細菌には、1種類のRNAポリメラーゼしかないが、真核生物では、RNAポリメラーゼⅠ・RNAポリメラーゼII・ RNAポリメラーゼⅢの3種類がある。それぞれ転写する遺伝子が違う。RNAポリメラーゼⅠとRNAポリメラーゼⅢは、大部分のtRNAやrRNAと、更には細胞内で構造的な機能と触媒機能を果たす種々のRNAの遺伝子を転写する。RNAポリメラーゼIIは、タンパク質やmiRNA(マイクロRNA;遺伝子発現の重要な調節因子)を指令する遺伝子を含む大多数の遺伝子を転写する。 真核生物の転写抑制因子は、逆に複合体の形成を阻害し転写を妨げる。 真核生物の転写調節因子には、転写開始複合体の集合を直接的に促進したり、抑制したりする以外に、別の作用機構もある。クロマチン構造(chromatin:染色質ともいう。真核細胞の染色体を構成するDNAとタンパク質の複合体)を変化させるタンパク質を引き寄せ、転写基本因子やRNAポリメラーゼがプロモーターに接近しやすくし、あるいはしにくくする。 真核生物の転写開始を考えるには、DNAが凝縮し小さくまとまった染色体になっており、さらに真核生物のDNAは、ヌクレオソーム(後に詳述)として凝縮し、さらに折り畳まれて高次構造となっている。ヒトの第22染色体は、約4,800万塩基対からなり、DNAを端から端まで伸ばして測れば1.5㎝になる。それが極めて凝縮する分裂期染色体の状態であれば、第22染色体の長さは、僅か2µm(micrometer)である。DNAは1万倍近く凝縮されていることになる。この圧縮を行なうのもタンパク質である。DNAをらせん状に巻き、折り畳んで高次構造を作り、さらにそれを何段階にも重ねるのだ。 すると、転写調節因子・転写基本因子・RNAポリメラーゼは、どのようにしてDNAに近づくのか。プロモーター部分にヌクレオソームがあると、転写基本因子やRNAポリメラーゼの結合が、物理的に妨げられ転写開始が阻害される。このクロマチン構造の進化は、適切な転写活性化因子がなければ、転写は開始できないなど、無駄な遺伝子発現を起こさないように作用している。 ただ染色体の構造は動的で、細胞周期に応じて凝縮と脱凝縮するだけでなく、様々な場所に必要に応じて素早く動ける柔軟性と、複製・修復・遺伝子の発現のためには、タンパク質複合体が特定の局所的な塩基配列に近づけるよう解けなければならない。 DNAに結合して真核生物の染色体を形づくるタンパク質は、ヒストン(histone)と非ヒストン染色体タンパクに分けられる。ヒストンは極めて大量に存在し、細胞1個あたり数種類のヒストンが6000万分子以上あり、染色体の中での総量はDNAと同じくらいある。これらタンパク質と核DNAとの複合体をクロマチンと呼ぶ。 ヒストンは、クロマチンを小さく畳む最も基本的な単位であるヌクレオソーム(nucleosome)を作る。1974年に発見された。電子顕微鏡で、クロマチンの大部分は直径30nm(nanometre;10-9m)のクロマチン線維として見える。これを解くと、糸を通したビーズのように見える。糸がDNAで、ビーズはヒストンでできたコアにDNAが巻き付いたヌクレオソーム・コア粒子である。ヌクレオソーム・コア粒子の高分解能構造が1997年に解明され、円盤状のヒストン八量体の周りにDNAが1.7巻き分左巻きに巻き付いた構造が、原子レベルで明らかになった。 真核細胞の転写活性化因子と転写抑制因子は、クロマチン構造のシステムを利用して遺伝子のオン・オフを行なっている。細胞はクロマチン再構成複合体の助けを借りて、あるいはヌクレオソーム・コアを作るヒストンタンパクを共有結合で修飾をし、クロマチンを局所的に変化させることができる。 例えば、クロマチン再構成複合体の働きによって、クロマチンで凝縮していたDNAが変化し、TATAボックスを露出するなど、細胞内の他の転写開始に必要なタンパク質などが、接触しやすくなる。 多くの転写活性化因子は、こういったクロマチン修飾タンパクをプロモーターへと引き寄せて、クロマチン構造の変化をうまく活用する。特定のヒストンに、ヒストンアセチラーゼを引き寄せると、ヒストン尾部の特定のリシンヘアセチル基が付加されやすくなる。アセチル基の付加によりクロマチン構造が変化すると、それが転写開始を促進するタンパク質の結合部位となり、それによりDNAへより近づきやすくなる。また、このアセチル基自体が、一部の転写基本因子など、転写を促進するタンパク質を引き寄せる。 一方、転写抑制因子タンパクは、クロマチンを変化させて転写開始の効率を下げる。例えば、多くの転写抑制因子は、ヒストン尾部のアセチル基を取り除く酵素ヒストンデアセチラーゼを引き寄せ、そのアセチル化により転写開始の促進効果を消失させる。真核生物の転写抑制因子のなかには遺伝子それぞれに働くものがあるが、協調して、多くの遺伝子を含む広い領域を、転写されにくい凝縮クロマチンにするものもある。このような転写の起こらないDNA領域として、間期染色体(細胞が分裂し、生じた娘細胞が再び有糸分裂を開始するまでの間)で見られるヘテロクロマチン(遺伝子の少ない領域であるが、密度が高いヘテロクロマチンは、核の周辺部の核膜の直ぐ内側に存在する)や哺乳動物の雌の細胞に見られる不活性なX染色体などがある。 どんな細胞でも、環境からのシグナルに反応して、遺伝子のスイッチをオン・オフにできる能力を備えている。多細胞生物の細胞は、それぞれが特有の仕組みで、その能力を極限まで高め、当り前のように変化する環境に応じ、様々に分化した細胞を取り揃えて、機能させるよう進化している。多細胞生物の細胞が、最初に、ある特定の細胞へ分化すると決まると、その選択と決定は、それ以降の細胞分裂に引き継がれていく。遺伝子発現の変化の多くは、一過性のシグナルに反応して起きるのだが、細胞はこれを記憶する。この細胞記憶という現象が、秩序ある組織の形成や、分化した細胞の安定の維持のためには絶対条件となる。 真核生物の転写調節因子は、プロモーターから遠く離れたところでDNAに結合しても転写開始を制御できるので、遺伝子発現を調節するDNAの配列は、広い範囲に散在している。動物や植物では、遺伝子調節配列が数万塩基対もの広い範囲に点在することも珍しくない。ただ、この介在する数万塩基対のDNAの大部分は、転写されない領域(スペーサーDNA)で、転写調節因子によって認識はされない。 単純な細胞とは異なり、真核生物では、転写調節因子の大部分は、個々に遺伝子をオン・オフにするのではなく、調節タンパク共働体の一員として、適切な場所の適切な型の細胞で、適切な条件のもと、適切な時期に必要なだけの遺伝子を発現させる。 「組み合わせによる調節(combinatorial control)」とは、1個の遺伝子の発現を決めるには、共働体のタンパク質すべてが必要で、一群の転写調節因子が共働することを意味する。真核生物では、調節シグナルが増加の一途をたどり、典型的な遺伝子であっても、数十個もの転写調節因子の制限を受けている。これが多数のタンパク質からなる介在因子複合体を介して、クロマチン再構成複合体・ヒストン修飾酵素・RNAポリメラーゼ・転写基本因子の集合を助けている。多くの場合、同じ複合体の中に抑制因子と活性因子の両方が含まれている。これらすべてのタンパク質の作用を総合して、遺伝子の発現レベルが最終的に決まる。 原核生物・真核生物を問わずあらゆる細胞は、遺伝子を個々にオン・オフするのだけではなく、異なる遺伝子の発現を協調させる必要がある。真核細胞が「分裂せよ」と、環境その他の諸条件からシグナルを受け取ると、今まで発現していなかった多数の遺伝子が一挙に働き出す。それが細胞分裂に繋がる。 目次へ |
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