屈性と傾性(偏差成長) | ||||||||||
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1)屈性と傾性 植物は動けないと思われがちだが、実際には様々な動きがある。植物は環境からの刺激に応答して屈曲する屈性(tropism;tróʊpɪzm)もその一つで、光源の方に屈曲する「光屈性」や、「芽生え」を水平に倒すと、茎は上へ根は下へ屈曲する「重力屈性」など、環境刺激の多様さに応じ、場所移動がままならない植物ならでの様々な対応をしめす。 「接触屈性(thigmotropism;θigmɑ' tróʊpɪzm)」は、キュウリなどのウリ科の植物が、茎や枝などの支柱に巻き付く「巻きひげ」など、物に触れることによって屈曲する現象をいう。「巻きひげ」の巻き方が左巻きか、右巻きかは種によって決まっている場合とそうでない場合とがある。「巻きひげ」が他物に付着するのは、先端付近に接触すべき他物を感知し、その方向に伸長していく性質によることが知られている。 「化学屈性(chemotropism)」は、肥料濃度の高いところに根が多く分布する現象で知られる。化学物質に対する屈性や走性は、雌しべに受粉した花粉が、受精のために花粉管を伸ばし、その管の中を、二つの「精細胞」が運ばれ、「LURE(lˈʊɚ)」という低分子のタンパク質に導かれ、「胚珠」の「卵細胞」までたどり着く。 根の「化学屈性」は、実験例が少なく殆ど分かっていない。 「水分屈性」は、根が水を求めて伸びる反応で、トウモロコシの幼根は、近くの湿った物質の方向に曲がって伸びる。すなわち水分屈性は、通常、重力屈性に隠れて発現しないが、重力屈性を抑えた条件でも発現することが分かっている。 また、植物のある器官が、外部からの刺激に対して一定の方向へ屈曲する性質には、刺激の来る方向に向かう「正の屈性」と、逆の向かう「負の屈性」とがある。 「屈性」と似た動きに、「傾性」というものがある。「屈性」と同様、植物の器官が外部からの刺激に呼応して屈曲運動する性質の一つであるが、屈曲の方向が刺激の方向とは無関係に、植物の本来の構造や性質に従う固有の方向に屈曲する。その点で、屈性とは極めて異なる反応である。すべての「傾性」は、刺激の強度変化に応じておこる敏感な運動であることが特徴で、環境変化への一つの適応現象とみられ、進化の歴史を濃厚に物語る。 刺激源の種類によって光傾性・温度傾性・接触傾性などがある。 光傾性(photonasty; fóutounæ`sti)は、花が昼の光によって外側に向って開くこと、そして夜に閉じる、その昼と夜との光量の違いに反応する(タンポポ・マツバギクなど)。 温度傾性(thermonasty)は、暖かくなると開花し、温度が下がると閉じる、気温の上下に反応する(サクラ・チューリップ・クロッカスなど)。 接触傾性(thigmonasty)は、触れると葉を閉じること (傾触性) など、葉の開閉運動がこれに属する。葉の付け根の葉枕(ようちん)が垂れるオジギソウや、葉を閉じて虫を捕まえるムシトリソウなどの食虫植物などにみられる。モウセンゴケは、円形の葉一面に長い毛があり、その粘毛から甘い香りの出す粘液を分泌して虫を誘い捕獲する。虫がくっつくと、粘毛と葉がそれを包むように曲がり、虫を消化吸収する。 傾震性(seismonasty)は、震動の刺激で起こる植物の傾性で、オジギソウの葉が刺戟を受けて、その葉枕が興奮収縮し屈曲運動を起す。 傾電性(electronasty)は、オジギソウやマイハギなどに電気刺激を与えると、葉枕の膨圧変化により、葉の「就眠運動」が起こる。 マイハギは、マメ科ヌスビトハギ属の多年草で、高さ1m以上になる。葉は3小葉からなり、側小葉は、音楽を流さなくとも、通常、30℃前後の日当りのよい所では自然に上下運動をする。このためマイハギ(舞萩)の名がついた。 1746年、Mainbrayは、モモの低木に電流を流すと成長が促進し、開花が早まると報告している。 目次へ |
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2)就眠運動 「光傾性」の中には、一日の昼夜の変化に伴って起こる「就眠運動」と呼ばれる動きがある。ただ、刺激との関係がはっきりしている反応は僅かだ。昼間は葉身が地面に対して水平近くに保たれているために、「目覚めた状態」のように見え、夜間においては、葉身が地面に対して垂直近くに保たれているため、「眠っているような状態」になる。それが本当に眠っているという証明にならない。ただ、2枚の小葉(しょうよう;植物の複葉を構成する小さい葉片)が対生しているとき、就眠運動は開閉運動のように見える。花の開閉のほか、マメ科やカタバミ科の植物の葉の付け根の葉枕は、接触がなくとも、日中に葉を開いて夜に閉じる運動を繰り返す。マメ科のネムノキの「就眠運動」がよく知られる。 植物の葉や花などが、昼夜の周期的明暗によって、開閉などの運動反応を示す。睡眠運動、昼夜運動ともいう。運動の原因が細胞の膨圧の変化による場合(膨圧運動)と、成長率の変化による場合(成長運動)とがある。 植物の「就眠運動」は、アレキサンダー大王(在位紀元前336年~紀元前323年)の時代から関心の的であった。こうした植物の運動の研究を通じて、生物の体の中には、1日のリズムを司る「体内時計」という時間を感知する機能が備わっていることが明らかになった。 「屈性」や「傾性」のような植物の動きは、主に「偏差成長」という現象で引き起こされる。「偏差成長」とは、茎や根・花といった植物の各器官の左右・上下で成長に差が生じることによる。 「光屈性」や「重力屈性」で茎や根が曲がる動きを示すのは、茎や根の両端の成長速度が異なるため伸長の差異となって表れる。花の開閉も同じ原理である。花が開くときは、花びらの内側が外側より成長が速い、閉じるときは外側の方が成長を速める。こうした「偏差成長」によって起こる植物の動きを「成長運動」と呼ぶ。 アサガオは重力に逆らって、「接触屈性」に頼り支柱にからみ、上へ上へとつるを伸ばしてゆく。支柱を外せば、自重で垂れ下がる。しばらくすると、先端は重力に逆らって上を向く。これが負の重力屈性である。重力屈性は植物一般に見られる。植物を横に倒すと、茎は重力の方向と反対方向に曲がって立ち上がる。この重力屈性は偏差成長で起こる。茎では、重力の側の細胞がより成長して、結果として、反対方向に曲がって立ち上がる。偏差成長は植物ホルモンの一種、オーキシンの不均一な分布が原因で生じる。植物を横にすると、オーキシンは下側へ移動する。下側の方がオーキシンの濃度が高くなるから、茎では下側の方が成長を速め長くなる、それで上に向かって曲がる。 根の先端でも、茎の先端と同じことが起こっている。しかし、根の先端はオーキシン濃度が高いと下側へ曲がる。これは根が、オーキシン濃度に対して、茎とは全く反対の「正の屈性」をすることによる。根ではオーキシンが高濃度となり一定レベルを超えると、むしろ成長を遅らせる。従って、根では、オーキシン濃度が高くなる下側の方の成長が遅れるため、それで下に向かって曲がる。オーキシンの不均一分布による偏差成長は光屈性でも見られる。光屈性では、光があたると、反対側にオーキシンの移動が起こる。 目次へ |
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3)モヤシと伸長成長 植物の芽生えは、非常に小さく、「子葉」と「幼根(種子の胚にできる根)」と、その両者をつなぐ「胚軸(茎の原型)」から始まる。このY字型の芽生えから、どのようにして植物の複雑な形が作られ、大きく育つのか。「子葉」と「胚軸」が発達した「茎」と、「幼根」が成長した「根」の先端が重要な役割を果たす。 茎の先端には、活発に細胞分裂を行なう「茎頂分裂組織」と呼ばれる部位があり、それが一般的に「芽(頂芽)」と呼ばれる部分である。顕微鏡を使わなければ見えない極小な組織が、新しい茎と葉を作り、時には枝分かれして花を作り、やがて植物として複雑な多数の器官を揃えていく。根の先端にも同じように細胞が活発に分裂する組織があり、それを「根端分裂組織」と呼ぶ。 植物の縦方向への成長は、茎や根の先端で「細胞分裂活動」によって増えて独立した細胞が、先端から離れるに従って成長し大きくなることによって起こる「伸長成長」である。子葉鞘の先端部には、下部の伸長を促進するオーキシンが含まれ、そのオーキシンが下部に移動して下部の細胞を伸長させ、また不等伸長によって屈曲を引き起こすことが明らかになっている。 根における伸長成長も、根端の「細胞分裂活動」によって増殖した細胞が、先端から離れるに従い、細胞が「伸長成長」を起こすことによる。こうした伸長成長は、光や温度・栄養などの環境要因の影響を受けるものの、オーキシンが細胞の数と大きさの両方を増やすという「細胞分裂」や「伸長成長」の両方に植物ホルモンとして働いているからだ。植物の成長は、オーキシンのこの働きにより促進される。 植物学の用語としては、モヤシ(糵、萌やし)とは、主に穀類や豆類の種子が、暗い所で発芽する「芽生え」をいう。モヤシの特徴は、胚軸が白く細長く、その先端付近が、フックし鈎状にまがる。子葉は葉緑素がないので黄色い色をして閉じている。それが光を感じると、胚軸は忽然と長く伸び、フックも直立し、子葉は大きく開き クロロフィルを作って緑色の植物らしい姿に変わる。 この「芽生え」のモヤシ状の成長を「暗形態形成」と呼び、それが光を浴びて「芽生え」が緑色の植物らしい形に変わることを「光形態形成」と呼ぶ。この光の環境に適応して形を変えるのが被子植物に共通する能力である。 モヤシが、その特徴である長い胚軸を伸ばすのは、光を求めているためで、植物であれば当然、その生存に欠かせないのが「光合成」により獲得する化学エネルギーとブドウ糖などの栄養分である。そのために、いち早く子葉を作り、光合成を始め、そのエネルギーを元手にして茎を伸ばし、エネルギーと栄養分を大量に合成しなければならない。 モヤシが芽生えても、直ぐに光が得られない環境では、種に蓄えられた養分に頼らなければならない。陽生植物が日陰で芽生えると、その日陰から脱出するために、茎をひょろひょろと伸ばす。これを「避陰反応」と呼ぶが、「暗形態形成」に極めて近い反応である。芽生えても直ぐに光が得られなければ、子葉で光合成ができないため、生きていくためのエネルギーと栄養はタネに蓄えられた養分に頼るしかない。もし光のない環境で無理に葉を作れば、ごく僅かなにしかない養分を使い果たし、その後の生存が全うできなくなる。とはいえ、暗環境にいつまでも留まってもいられない。太陽の光は上にある。その環境から脱出するには、重力とは反対方向の上へ背を伸ばすしかない(負の重力屈性)。 植物はタネの養分を使い切らないよう、葉もクロロフィイルも作らず、省エネ状態で、少しでも太陽光に近付こうとする。芽生えて白いモヤシ状態のままとなる「暗形態形成」は、その暗環境から被子植物が効率よく脱出するために獲得した仕組みと言える。通常、葉が緑色であれば、茎も緑色である。植物は茎にもクロロフィルを作り光合成を行なっている。モヤシがひょろひょろと伸びるのは、細胞が水を吸収して縦方向に伸長成長するためで、そのためには植物ホルモンのプラシノステロイドの働きが欠かせない。 モヤシの先端部は、鈎状に曲がったフック状である。この部分の茎は、よく観察すると他より太く丈夫にできている。フックは土の中で植物の先端部にある「子葉」を守っている。双子葉植物では、通常、2枚の「子葉」にくるまれている先端部に「茎頂分裂組織」がある。茎や葉や花のもとになる細胞を作り出す重要な部位である。芽生え以後、重要な役割を担う「茎頂分裂組織」と子葉を土の中で守り抜くため、芽生えは、その先端部を鈎状に曲げ、更にその部分にあたる胚軸を太く丈夫にするため「フック」を備えた。フックは地中で土をかき分け、最初に顔を出す部位で、芽生えてフックにより光を感じると「光形態形成」を開始する。 そこでは2種類の色素タンパク質が光センサーとして働いている。一つは、タネの芽生えの際にも働く、赤色光を感知するフィトクロムと、もう一つが、青色光に感知するクリプトクロムで、この両方の働きにより、植物は「光形態形成」を正常に行う。 「光形態形成」と「暗形態形成」の大きな違いは、光合成が行なえるかどうかにある。「光形態形成」により、植物が最初に手掛けるのは、「葉緑素(クロロフィル)」や「反応中心複合体」及び「アンテナ複合体LHC」など、光合成に必要な光合成装置を作る事であった。「暗形態形成」では、暗い中のモヤシの状態のまま、ひたすらエネルギーを節約するが、当然、「葉緑素」のもとになるものもある。 モヤシの中の「エチオプラスト(etioplast)」は、光合成装置は持たないが、黄色・橙色・赤色の色素成分のカロテノイド(carotenoid)と、光エネルギーの助けがなければ、クロロフィルを合成ができないクロロフィルの前駆体を含む。 光合成活性はもたないが、サブユニットとなるタンパク質は蓄積されており、光照射により速やかに光合成装置を作り、光合成ができる準備は整えられている。また、モヤシの中には、「アンテナ複合体LHC」や二酸化炭素を炭素化合物に同化する重要な酵素である「ルビスコ」を作る遺伝子も、発現できない状態でとどまっていることも明らかにされている。それは、暗い環境下では、クロロフィルを合成ができないし、その環境下では無駄となる光合成装置を作らない仕組みが備わっていることでもある。それらは、光の一助があれば発現する。 地中で曲がっていたフックは、ようやく地上に出て光を浴びると、真っ直ぐ伸び始める。こうして「光形態形成」により植物らしい姿になると、光センサーは芽生えのフックだけでなく、植物の全身で作られる。光照射が可能となる環境となると、光センサーは、「葉緑体の定位運動」・「光屈性」・「気孔の開閉」・「避陰反応」・「花芽の形成」など、植物の様々な光反応に関わっていく。 目次へ |