癌変異の集積 | ||||||||||
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DNA DNAが遺伝物質 生物進化と光合成 葉緑素とATP 植物の葉の機能 植物の色素 葉緑体と光合成 花粉の形成と受精 ブドウ糖とデンプン 植物の運動力 光合成と光阻害 チラコイド反応 植物のエネルギー生産 ストロマ反応 植物の窒素化合物 屈性と傾性(偏差成長) タンパク質 遺伝子が作るタンパク質 遺伝子の発現(1) 遺伝子の発現(2) 遺伝子発現の仕組み リボソーム コルチゾール 生物個体の発生 染色体と遺伝 対立遺伝子と点変異 疾患とSNP 癌変異の集積 |
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1)癌細胞の浸潤 ヒトの体は、作り替え、修復する組織であるため、その代償として更新と修復の過程を制御する精巧な仕組みに損傷が起これば、組織自体が全滅するという事態が生じる。 組織の作り替えに伴う病気で重大なのが癌(cancer)である。ヒト集団の主要な死因で、欧米では5人に一人が癌で亡くなっている。 癌にはいろいろあり、それぞれ性質は異なるが、共通する原則もあるため、包括的に癌と呼ばれる。 癌は、通常、癌の進行に繋がる一つの細胞の誤った活動から始まる。それぞれ異なる遺伝子あるいは遺伝子群によってコントロールされている一連の段階を経て、良性の細胞から悪性細胞へ変化し、さらには転移した細胞に変化を引き起こす。 ヒトの細胞組織が増殖と入れ替えをするたびごとに、個々の細胞は、体全体の機構に合わせて活動する役割を果たす。必要となれば分裂し、不要となれば停止し、必要とされる限り生き続けるが、不要となれば消滅する。細胞それぞれは、専門化した特性が与えられているため、適切な場所で活動する使命を果たし、それが諸々に連鎖し、遺伝子を発現させる。 大型生物では、例えば、たった1個程度の細胞が誤った活動をしても問題にならないはずだが、それが遺伝的変化を伴い、適切でない場所で生き延びて分裂を重ね、体全体の機構を無視し増殖すれば、体内組織は崩壊し始める。異常組織のクローンが跋扈し、諸器官を破壊し、やがて体全体の機構を無力化させる。人類にこの過酷な試練を与え続けてきたのが癌である。 癌細胞の遺伝的特徴は、その細胞や子孫細胞が、正常な制御から外れて増殖し、他の細胞があるはずの場所にまで浸潤して定着することである。「浸」は浸みる、『潤』は潤って水気を帯びる、『浸潤』とは、水が少しずつ浸み込んでいくように、次第に癌細胞が周囲の組織1つずつ壊しながら入り込み,拡大していく。 癌細胞の性質が、「正常な制御から外れて増殖」する程度でとどまれば、異常増殖する細胞の塊となって腫瘍を作るが、良性と判断され、外科処理で完全に取り除ける。その腫瘍細胞が癌化するのは、周囲の組織に浸潤する能力を獲得した時で、この腫瘍は悪性となる。しかも癌は、離れた部位まで転移することが多い。 浸潤性の悪性腫瘍細胞は、原発腫瘍の基底膜を横切り、統合組織を通り抜けてから離れて、血管やリンパ管に入り、体内の別の部位に転移し二次腫瘍を作る。その転移が拡大するにつれ、その根絶が困難となる。 目次へ |
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2)癌の原因を同定し回避 癌の予防は、治療に勝る。そのためには、癌の原因を知る必要がある。疫学とは、人間集団における病気の頻度と、それに相関する環境因子や生活習慣などの探索から得られる統計解析である。 癌を誘発して、それを助長する重要因子として環境が関わることは、疫学の手法で実証されている。多発する癌の種類が、国ごとに異なり、また移民の医療活動から癌を誘発するのは、生まれた場所ではなく、住んでいる環境だと分かったからである。 未だ環境や生活習慣などの特定因子が、癌それぞれの種類に、どの程度の要因かまでは特定できていないが、子宮頸部の上皮に生じる子宮頸癌が、性体験のない女性より、体験した女性の方がはるかに上回ることは何年も前から注目されていた。その後の疫学研究により、子宮頸癌症例の大部分は、ヒトパピローマウイルス(HPV)の亜型が、子宮上皮に感染して発生すると知られた。 HPVの型は極めて多様で、現在までに80を超える型に番号が与えられているが、新たな型が発見されており、実際には100を超える型が存在すると見られている。HPVは性行為によって感染し、時には感染細胞が無制限に増殖する。しかもHPVは、広く蔓延しており、性交渉の経験があれば一生の間には半数以上の女性が感染する。感染しても、明らかな病変を作るのはその一部であることも分かっている。今では、HPVに対するワクチンにより、性交渉体験前の若い女性に接種すると高い予防効果が得られると知られている。しかし癌の大半は感染症ではなく、ヒトの癌でHPVのように、ウイルスが関与するものは殆どない。 疫学は他の因子が、癌の危険性を増すことを明らかにしている。その危険因子の1つが肥満であり、もう1つが喫煙で、タバコの煙は肺癌のほぼ全症例の原因であり、膀胱癌など他の癌でもその発生頻度を助長させている。禁煙により癌死亡の30%が減らせるという。喫煙は、癌死亡率に劇的な影響を及ぼし、他の因子にはこれほどのものはない。 環境因子は、癌の発生頻度に影響し、一部の癌には主要な働きをするが、それが唯一の原因であるわけではない。健全な生活だけでは防げない。有効な治療法には、癌細胞の生物学と、腫瘍の増殖や転移の機構を根本から研究解明されなければならない。 目次へ |
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3)癌変異の集積 癌は基本的に遺伝子の病気である。DNAにある情報が、病的に変化したことに起因する。ただ、通常の遺伝性疾患とは異なり、その変異は主として、多細胞生物の生み出す生殖細胞にはなく体細胞で起こる。 電離放射線や発癌性化学物質など、癌の原因に繋がるとされる因子は、変異原と呼ばれる。これらがDNAの塩基配列に変化を引き起こす。しかし自然変異は、タバコの煙・放射線、その他の変異原のない環境下でも生じる。実際、タバコの煙は顕著過ぎて例外としても、発癌性物質は癌原因の一部に過ぎず、これらの外部危険因子をすべて排除しても、癌は多分避けられないであろう。 DNAは極めて正確に複製され修復されるが、109(10億)個か1010個の塩基が複製される度に、平均1個の誤りが見逃される。つまり、変異原のない環境下でも、細胞分裂1回あたり1つの遺伝子に10-6(1÷(10×10×10×10×10×10);100万分の1)から10-7(1,000万分の1)の率で自然変異が起きる計算になるという。 ヒトの体内では、平均的な一生で、およそ1016(1京(けい)分の1)回の細胞分裂起きるから、個々の遺伝子は109回以上の独立した変異が生じる計算になる。極めて高い数字である。それにしては、逆に現実の癌の発症率が少なすぎる、と判断される。変異は、正常な遺伝子に働きかける必要があり、しかも正常細胞を癌細胞に変えるには、一回ではなく多数回の変異が必要で、癌の大部分では、それが少なくとも10回は起こっているようだ。それも一度に起きるのではなく、次々と通常は何年も掛けて起こっている。 最初の1個の細胞を起点に、癌ができるまで細胞に2つよりはるかに多くの変異を蓄積する必要があり、しかも最初の変異が同じ細胞の系譜に起こっている場合のみ、クローンを蓄積させ細胞を癌化するわけで、長い年月が必要で、そのため癌の殆どは加齢に伴う病気と言える。癌を発生させる道筋は複雑で、連続して起こる変異によって細胞の数や行動が変化し、その後に変異が起こる確率と癌を進化させる選択圧(変異が実際に起こる要因・現象)が変わる。しかも、ヒトの癌細胞の大部分は、いくつもの変異を持ち、遺伝的に不安定でもある。 大量喫煙者や工業労働者が、DNAに変異を誘発する発癌性化学物質に、一定期間さらされている間に、変異は誘導されるが、個々の細胞に起きる変数の数は、細胞が直ぐに癌化する程に多くない。その生活習慣や職業に特有な癌の発生に至るまでには、変異が起きていた細胞に、さらに変異が蓄積され、やがてその中に癌細胞になるものが現れるには、曝露後10年、20年、あるいはそれ以上の年月が掛かるので、タバコの製造や工場に伴う発癌性物質の発生源に対して法的責任を立証するのを困難にしている。 「平成27 年12 月に明らかになった福井県の膀胱がん事案を契機として、オルト-トルイジン(C7H9N)等を取り扱ったことのある全国の事業場に対して、労働局・労働基準監督署による調査を行ったところ、オルト-トルイジンを取り扱ったことのある事業場において、労働者1名、退職者6名、計7名が膀胱がんの病歴又は所見が明らかになった。」 「膀胱がんの病歴又は所見が明らかになった労働者・退職者とも、全て男性、発症年齢は30 代から60 代。」 オルト-トルイジンは、アゾ系及び硫化系染料・有機合成・溶剤・サッカリンなど、主に染料や顔料の原料などに使われる。 IARC(国際癌研究機関)は、アメリカのゴム添加剤製造工場の1,749人を対象としたコホート調査(曝露から疾病発生までの過程を、時間を追って観察する)等でヒトで膀胱癌を起こす十分な証拠があり、実験動物マウスやラットでも発癌性の十分な証拠がある。発癌には代謝活性化、 DNA付加物形成(活性化された化学物質が、遺伝子DNAの塩基と共有結合する)、DNA損傷が関係する、と発表した。 膀胱癌は、尿路上皮が癌化することによって引き起こされる。癌の中でも初期症状が現れやすく、早期に発見されるケースが多い。そのうち90%以上は尿路上皮癌という種類で、まれに扁平上皮癌や腺癌の場合もある。それでも、年齢別にみた膀胱癌の罹患率は、40歳未満の若年では低く、男女とも60歳以降で加齢と共に増加する。 白血球の過剰生産を引き起こす変異によって生じる、「血液の癌」とも言われる白血病は、平均発症年齢が他の癌と比べて若い。遺伝子変異の結果、増殖や生存において優位となった白血病細胞が、造血機能を担う骨髄で自律的に増殖するクローン性の疾患群を形成する。多くは骨髄のみにとどまらず、血液中にも白血病細胞があふれ出て、正常な造血を阻害する血液疾患となる。白血病細胞が造血の場である骨髄を占拠するために、造血が阻害されて正常な白血球が減ることで感染症や、赤血球が減少することで貧血に、血小板が減少することで易出血(いしゅっけつ;わずかな刺激・接触を受けただけで外出血または内出血をする)などがよく見られる。あるいは骨髄から血液中にあふれ出た白血病細胞が、様々な臓器に浸潤して障害する。 通常、白血球は血流中を循環し、組織を出入りして感染を防ぐ役割を果たすので、本来、他の細胞組織に浸潤する性質があるため、白血病細胞は、体中に拡散させ蓄積して変異を加える必要が無いため、変異の数が少なくても、他の細胞の生産調整を狂わせる変異を引き起こせる。 遺伝的不安定性(genetic instability)は、ゲノムの正確な複製と維持を妨げる変異率そのものを高める変異が原因で生じる。損傷DNAの修復やDNA複製の誤りの修正に必要なタンパク質の1つが欠損して変異率が高まる場合がある。また損傷DNAを抱えた細胞が、修復を完了する前に分裂しようとするのを防ぐはずの、細胞周期チェックポイント機構に欠損がある場合もある。さらに有糸分裂装置の欠陥が、染色体の損傷・喪失、あるいは余分な獲得を招く場合もある。遺伝的不安定性は、染色体の切断と再編成だけでなく、余分の染色体を生成することもあるため、癌細胞は、遺伝的不安定性を反映して、極めて異常な染色体を持つことも多い。それは核型の酷い異常でも観察される。核型は、正常であれば、46本の染色体を持つ、それが48本あることもある。こうした染色体の異常は、細胞分裂の際に、さらに細胞分離の誤り引き起こし、ますます遺伝子が破壊され、そのため癌の発達が増長される。 目次へ |
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4)性ホルモンは自然の発癌性物質 発癌物質(carcinogen)とは、1つあるいは複数で、癌の発生を促進する物質として定義される。なれば性ホルモンも、自然の発癌性物質と言える。carcinomaとは、癌腫(がんしゆ) 、genとは、ドイツ語でゲン;遺伝子、carcinogenesisとは、発癌(現象)。 殆どの発癌性物質は、直接、変異を引き起こす作用を持つが、それ以外のやり方で発癌させる場合も少なくない。性ホルモンは、乳房・子宮・前立腺などホルモン感受性臓器の細胞の分裂速度や細胞の数を増大させる。前者の細胞の分裂速度を増大させる作用が、細胞当りの変異率を増加させ、それは環境因子の影響を受けず、DNA複製と染色体分離の過程で変異を生じさせる。そして細胞が増えるごとに危険性が増す。性ホルモンは、直接作用する変異原ではないが、癌発生に深く関与している。 女性の性活動や女性の特徴を際立てる働きをする女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)の濃度が高いと、ある種の癌の発症率が増加する。初期の避妊薬(ピル)のいくつかは、エストロゲンを高濃度に含んでおり、子宮内膜の癌の危険性が増すことが分かり使用されなくなった。女性的外見を求めてエストロゲン製剤を服用する男性は、乳癌の危険性が増大する。 また高濃度のアンドロゲン(男性ホルモン)は、前立腺癌など別種の癌の危険性を増やす。アンドロゲンは、ステロイド・ホルモンで、その中にテストステロンを含む。テストステロンは、「陰毛が生える」「声変わりが起こる」「睾丸や陰茎が発育する」など、男性の性徴を発現させる。厄介なことに、ヒトと言う生物の長寿を阻むように、エストロゲンやアンドロゲンに変異原性がある。 一般的に乳癌や前立腺癌など、ホルモン感受性臓器に関わる癌では、女性ホルモンや男性ホルモンのバランスが癌の進行に大きく関わっている。例えば、前立腺癌の増進には男性ホルモン(アンドロゲン)が関わっているため、前立腺癌の治療では男性ホルモンをブロックする必要がある。逆に、乳癌の場合であれば、女性ホルモン(エストロゲン)の取り込みを阻害するため、アンドロゲンが役に立つ。これら「ホルモン療法」が、乳癌の標準的治療の一つとなっており、再発した患者の治療にも使われていた。 近年のホルモン療法では、ホルモン依存性の乳癌の増殖を促す女性ホルモン(エストロゲン)が作用しないようにする治療法に変わり、 「抗エストロゲン剤」による治療法となり、寧ろ「ホルモン療法」と言うより「抗ホルモン療法」というべきだ。しかし当初活躍した「ホルモン療法」という名称が、そのまま残った。「抗エストロゲン剤」は、乳癌の増殖を促すエストロゲンがエストロゲン受容体(ER)と結合するのを妨げることにより、ホルモン依存性の乳癌の増殖を抑える作用をする。 「RHアゴニスト製剤」は、卵巣でエストロゲンを作ることを促す下垂体のホルモンの働きを抑え、閉経前にこの薬を皮下注射すると、卵巣におけるエストロゲンの産生が低下して、体内のエストロゲンの量が減少し、ホルモン依存性の乳癌の増殖が抑制される。 ウイルスや細菌類が、生物40億年の進化の過程で築き上げて来た、ヒト細胞に対しての侵害能力を、生物史上稀な勤勉である人類が、熾烈な新技術の開発競争により、阻んで来た。 目次へ |