ヒトの疾患とSNP
 
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 多くの真核生物は、両親から配偶子を通してそれぞれ 1 セットのゲノムを受け取ることによって、計2セットのゲノムを持つ。これはすなわち、各個体はそれぞれの遺伝子座について、2個の遺伝子を持っていることを意味する。このとき、同じ遺伝子座を占める個々の遺伝子を対立遺伝子と呼ぶ。
 また、両親から同じ対立遺伝子を引き継いだ状態をホモ接合、異なる対立遺伝子を引き継いだ状態をヘテロ接合と呼ぶ。ホモ接合の個体はホモ接合体、ヘテロ接合の個体はヘテロ接合体という。



 
   目次
 1)遺伝子多型
 2)深刻な疾患に関連する希少変異
 3)ヒトの疾患を解明
 4)ヒトは多数の有害な劣性変異を潜在的に保有している
 5)ゲノム関連解析
 
 1)遺伝子多型(genetic polymorphism)
 細胞に、生体を作って生かし続けるのに必要な遺伝情報を保存し、それを取り出し読み取る能力によって生命は存続し、次世代へ受け継がれっていく。遺伝情報は細胞分裂によって娘細胞へ引き継がれ、多細胞生物では生殖細胞である卵と精子に、各種類の染色体それぞれが、1コピーずつだけ配分され、その一倍体ゲノムを通して次世代へ伝えられる。この情報全てが、細胞の核内に遺伝子(gene)という仕組みで蓄えられている。遺伝子は情報を担う基本単位であり、種として、また個体としての生物の形質や特性を決定する。また減数分裂中に生じた変異は、配偶子を生存不能にするものでない限り次世代に伝わる。
 多細胞生物では、一生の間に遺伝情報が、何百万回も娘細胞に写し取られ受け継がれる。その間、遺伝情報は殆ど変化しない。
 際限のない正確な複製を行ない、細胞の発生や日常の生命活動を指示する膨大な情報を蓄え、細胞という狭い空間で、複雑な様々な能力を発揮する分子とは何か。また限りない遺伝情報には、どんな指令が含まれているのか、どのような物理的な形態で極小な細胞内に納められているのか。
 1,940年代になって、遺伝情報はタンパク質の作り方の指令に他ならないことが分かった。タンパク質は、細胞構造を組み立てる材料となり、細胞の働きの大部分を担い、酵素として細胞内で発生する化学反応の触媒となり、また遺伝子の活性を調節し、細胞内の小組織の運動や連携を支えている。
 遺伝子は、特定のタンパク質やRNA分子を作るための指令を含んだDNAの区切りと定義される。遺伝子から作られるRNA分子の大多数は、タンパク質を作るためにあるが、RNA分子自体が最終産物となる場合もある。後者のRNA分子は、タンパク質と同様に、細胞内で様々な構造機能や触媒機能、遺伝子調節機能を果たす。
 ゲノム(genome;遺伝情報の全体・総体)は、ある生物の全染色体に書き込まれた遺伝情報全体、言い換えれば、その生物が持つすべてのDNA塩基配列をいう。ヒトの染色体にあるヒトゲノムは、30億にもおよぶ文字が並ぶ塩基配列で構成されている。
 有性生殖では、二倍体の時期と一倍体の時期が交互に現れる。二倍体の生殖系列細胞は、減数分裂によって一倍体の配偶子を作り、その2個体の一倍体配偶子が受精で融合して新しい二倍体細胞ができる。
 減数分裂では、母方と父方の相同染色体が、それぞれ1コピーずつ配偶子に分配される。これらの相同染色体の分配はランダムで、相同染色体間に交差が生じるので、1つの個体から生じる配偶子の遺伝的な違いは何通りにもなり得る。交差は、遺伝子の混合を促進するだけでなく、減数分裂中の染色体の適切な分離が確実に行われるよう機能している。
 減数分裂の過程は通常の細胞分裂とは異なり、染色体の動作に特徴がある。減数分裂では、連続して2回の細胞分裂が起きて、遺伝的に異なる4つの一倍体細胞が生じる。1個の卵に1個の精子が受精してできた受精卵が、2個の胚に分割して発育した一卵性双生児以外に、同じゲノムはない。人はそれぞれ多型セットを持ち、その塩基配列の差異が、個人の表現型に現れる。
 通常の体細胞分裂では、1回の細胞分裂で遺伝的に同一の二倍体細胞が2つできる。

 同一種内の同一遺伝子で、異なる構造の遺伝子を持つ集団が複数存在する。アミノ酸配列の多型や、1ヌクレオチドの多型など、ある遺伝形質に対して異なる複数の遺伝子型が同一種の集団に固有の比で存在する。
 複数のヒトゲノムの塩基配列を比較すると、どの2人の間のも塩基対1,000個につき、ほぼ1個の割合で違いがある。こうした差異の大部分は、集団内に広く存在するが、殆どは遺伝子の機能に大きく影響しない場所にある。ゲノムの塩基配列の中の同一部位に2通りの塩基配列があり、それが集団内に広くあれば、これを遺伝子多型(polymorphism;多型・ 多型性)という。単に多型ともいう。多型で最も多いのが塩基1個の置換であり、これを一塩基多型(SNP : Single Nucleotide Polymorphism)と呼ぶ。残りの多型は欠失または挿入によるものが殆どで、変化が少規模な場合をインデル(Indel;挿入欠失)、大規模な場合をコピー数多型(CNV;Copy Number Variation)という。
 
 同一種に属する生物であっても個々のゲノムの塩基配列は多種多様である。その変化は、表現型に病的変化を与える場合と与えない場合とがあるが、後者で人口の1%以上の頻度で存在する遺伝子の変異を遺伝子多型という。
サンプリングをやり直すと前回は1%以上であったSNPが1%以下になってしまうということもあり、厳密に1%という定義には無理があるが、遺伝子多型の発生頻度はその程度で、決して珍しくはないようだ。多型を生じる原因は、種内に生じる各種の突然変異、すなわち塩基がほかの塩基に置き換わる「置換」、塩基が失われる「欠失」、塩基が入る「挿入」や「重複」、及び遺伝的組換えなどがある。ひとつの塩基が他の塩基に置き換わっている、この一塩基多型が、生物個体の遺伝型、もしくは個人の特定、親子・親族関係、血統あるいは品種などの目印となる個体に特有なDNA配列として、その個体を特定するマーカーとして有用となる。ヒトゲノムを個人個人で比べると0.1%の塩基配列の違いがあり、全ゲノム中には、300万~1,000万箇所のSNPs(スニップス;single nucleotide polymorphisms)があるといわれている。
 その多くの遺伝子多型により違いが生じても、表現型に変化はないが、一部の個体に疾病しやすいなど、深刻な影響を与えている。ヒト集団内に広く見られる一塩基多型(SNP;スニップ)とは、塩基配列の文字の並びが1つだけ異なるもので、遺伝が関わる疾患では、その原因遺伝子や遺伝子群の発見が、予防や診断・治療の重要な第一歩となるため、SNPなどの研究が注目されている。1,999年、国際研究チームが、300,000個のSNPを調べ上げて公開した。現在では、そのデータベースは、1,700万個以上にまで拡大している。
 変異対立遺伝子には、慢性のものと劣性のものとがある。変異対立遺伝子を1コピーと、自然に最も多く存在し、「変異」せず、正常に機能している野生型対立遺伝子を1コピー持つ個体の表現型が変化すれば、その変異対立遺伝子は優性であり、変化しなければ劣性と認められる。SNPはヒトの個体差を明らかにするだけでなく、遺伝学では、糖尿病や肥満・喘息・関節炎・胆石、さらには「むずむず脚症候群」など、一般的なヒト疾患に関わる遺伝子を見つける糸口になっている。
 多型の研究は、ヒトの健康に深く関わり、インデル(Indel)やコピー数多型(CNV)などSNPをマーカーに使うと、ヒトの遺伝子地図(genetic map)を作製したり、特定の疾患の原因に関わる変異が探り出せるようになる。1本の染色体上にある隣接する複数の遺伝子は、交差の頻度からみて、交差されず、ひとまとまりで遺伝する可能性が高い。このため、ヒトの赤緑色覚異常と血友病に関与する遺伝子が共に遺伝するのが通例となる。2つの遺伝子が離れている場合、間に交差が生じていることが多い。2つの遺伝子の間に生じる交差の頻度を使って、染色体上の遺伝子の配置を示す遺伝子地図が作成できる。
 2種類の遺伝子が共に遺伝する頻度調査により、それらが同一染色体にあるならば、その離間の程度が知られる。この遺伝子連鎖の解析により、多くの生物の染色体上にある遺伝子の相関的な位置関係の地図が作られる。これにより嚢胞性線維症など、ヒト遺伝子疾患が関わる変異している病因遺伝子を、単離したり特性解析したりするなど、実務的に極めて有効となる。

 アルビノ(先天性白皮症)や先天性難聴などは、家系調査で突き止められる。このような1つの遺伝子の変異で起こる単一遺伝子疾患は、その遺伝パターンがメンデルのエンドウの種子のしわや紫色の花のように追跡しやすので、メンデル型と呼ばれる。しかし多くの通常の疾患では、むしろその遺伝的要因は複雑で、糖尿病や関節炎などは、複数の遺伝子が組み合わさって関与している。このような多遺伝子性の疾患には、集団調査で原因遺伝子を探るやり方が有効である。
 集団調査では、その患者多数からDNA試料を集め、患者でない人々から集めた試料と比較し、患者集団でより高頻度で見られるSNPを探る。一本の染色体上の近くにあるDNA塩基配列同士は、共に受け継がれる傾向がある。そうしたSNPがあれば、問題の疾患のリスクを高める対立遺伝子が、その近くにあると考えられる。原理的にみて疾患が、問題のSNPそのものによって起こっている可能性もあるが、本当の原因は、SNPと連鎖している塩基配列変化にある可能性の方が高い。
 SNPに焦点を当てたゲノム関連解析は、糖尿病や冠動脈疾患(冠動脈の閉塞は狭心症発作や心筋梗塞を招く)・関節リュウマチ・うつ病など一般的な疾患の素因となる遺伝子の探求には有効と考えられている。これら疾患は、遺伝子を素因とするばかりでなく、生活習慣や環境も大いに関わっている。現段階で発見済みのSNPの大半は、疾患の素因としては僅かな存在であるが、疾患に影響する分子構造を発見する手掛かりが得られ、ヒト集団の差異を解析するためには有効である。慎重に選んだ対照群と数千人に及ぶ患者集団を対象にすれば、疾患に関わる遺伝子を突き止められると期待されている。
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 2)深刻な疾患に関連する希少変異
 疾患リスクを高める遺伝子の探求に役立つ遺伝的多型は、集団内には比較的普通に見られる。これらの多型は、ヒトの進化史の中で太古に出現し、現代でも1%以上の割合で存在している。しかも、こうした多型で、ヒトの個人差の90%程度が説明できる。それでも罹患しやすさや、身長などの遺伝的形質との関連性はそれ程ではなく、一般的な疾患の発生リスクを2倍未満に高める程度に過ぎない。
 ヒト集団内に普通にみられるSNPなどの多型と違い、稀に存在するDNA変異は、機能欠損変異や自閉症・統合失調症などの疾患リスクに大きく関わっている。これらの変異の多くは、両親のどちらからも受け継がれておらず、子で初めて生じた変異で、両親のどちらかの生殖系列細胞の卵子や精子の時に、自然発生したde novo(di nóuvou;新たに, 新規に)変異による。
 自閉症スペクトラム障害とは、対人コミュニケーションに困難さがあり、限定された行動・興味・反復行動がある障害である。自閉症やアスペルガー症候群などが統合してできた診断名である。アスペルガー症候群には「コミュニケーションの問題」「対人関係の障害」「限定された物事への興味やこだわり」の3つの症状があり、自閉症と同じ自閉スペクトラム障害(ASD)の一種とされている。脳の前頭葉の下前頭回(かぜんとうかい)などの社会的な活動をするための脳の部位に機能異常があるといわれている。
 今では極めて多くの遺伝子が、自閉スペクトラム症の発症と関連している可能性があることが分かっている。その中に統合失調症や他の精神疾患と共通するリスク遺伝子が、多数あることもわかってきている。

 細胞内の全DNAの塩基配列情報を「ゲノム」という。ある生物種の細胞内にある全塩基配列の情報を読み取るmRNAの全体を「トランスクリプトーム(transcriptome)」と呼ぶ。ゲノムに対して造られた用語である。トランスクリプトームの大半はタンパク質の情報を持たないノンコーディングRNA(ncRNA)であるが、死後の脳の組織での遺伝子の発現の状況を、このトランスクリプトーム解析という方法で調べると、自閉スペクトラム症と統合失調症のグループの間に類似点が見いだされる。
 自閉症や統合失調症の人の子は、殆どいないのに、ヒトの集団には1%ほど存在する理由は、こうした変異が一定頻度で自然発生するからである。希少な変異が数百種類の遺伝子のいずれかで起こり、自閉症や統合失調症のリスクを大きくしても、自然選択によって極めて低頻度に抑え込まれる。
 現在、DNA塩基配列の解析費用が大幅に安くなったため、希少だが影響が大きい変異を同定するには、全エキソン(エキソーム)が全ゲノムの塩基配列を、障害のある人と、対照群である両親や兄弟姉妹について調べるのが最も有効である。エキソームの解読では、遺伝子調節に影響する非翻訳領域の変異を見落としかねない。希少だが影響が大きい変異の大多数はエキソン内にある一方、一般的であるが影響が小さい変異は、非翻訳領域の配列で多くが見つかっている。
 大規模な集団の移動によって異なる集団が流入した場合は別として、ヒトの遺伝子は時間をかけてゆっくりと変化する。そのため50年前に生まれた人々は、現在生まれた人々は、おおむね遺伝的には同じのはずだ。
 最近の自動解析により、年齢別のヒト集団から集めたDNA試料で、ゲノム全体に散在する数千個のSNPが分析された。これらSNP部位の大部分に、年齢による多型の相対的頻度の変化に違いはなかった。ただ1か所の特定の多型に、稀だが50歳を超える人々で、年齢にともなう頻度低下が見られた。このSNP型の重要な遺伝子産物を、ヒトの寿命を縮めるために変化させたか、あるいは、そうした作用をする近隣の対立遺伝子と共働したのかもしれない。現に、このような特性を備えたSNPを使って、心臓の異常で死亡する確率を高めると見られる遺伝子があった。
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 3)ヒトの疾患を解明
 もしも二本鎖切断がDNAの複製直後に、二重らせんの一本に生じたならば、損傷されていない相同関係にある二重らせんを簡単に使い、切断されたDNAの修復の鋳型とする。この2つのDNA分子は、壊れた部分以外のヌクレオチド配列を同じくする相同なので、この修復機構を相同組換え(homologous recombination)と呼ぶ。相同組換えにより、二本鎖切断は正しく修復され、その遺伝情報は失われずにすむ。相同組換えが起こるのは、細胞分裂に先だつDNAが複製された直後に多いため、この時、丁度、倍加した二重らせんは互いに接近している。修復を始める際には、修復ポリメラーゼという特殊な酵素の力を借りて、相同なDNA二本鎖に侵入して、塩基対を形成しながら相補的な配列を探す。合致する長い領域が見つかると、この相補鎖を鋳型にして、侵入したDNA鎖をDNA修復ポリメラーゼが伸ばしていく。修復ポリメラーゼが切断部分を通り過ぎると、修復された新しい鎖が本来の相手と再会し、塩基対を作って、壊れて離れた二重らせんの2本の鎖を対合させる。両の鎖の3‘末端で、更にDNA合成が起こり、DNAリガーゼが主鎖に生じた切れ目を繋ぐと修復が完了する。
 相補性試験によれば、同一の表現型を生じる2つの変異が、同じ遺伝子にあるか、別の遺伝子にあるかが分かる。
ヒトとクジラの体の基本設計は全く違うが、使われているタンパク質に違いはない。ヒトとクジラが分かれてから何千万年も経っているのに、多くの遺伝子の塩基配列は非常によく似ている。相同組換えによる修復の機構や、それを実行するタンパク質が、地球上のあらゆる細胞に存在するのは、その汎用性の高さによると見られている。
 相同組換えは、配偶子(卵と精子)を作る減数分裂の際に起こる遺伝情報の交換にも重要な役割を果たしている。有性生殖を通して1つの種の中でも遺伝的な多様性を実現している。
 極めて稀にDNAの複製と修復が完全に行われないことがある。DNA配列に永続的な変更が生じ、それにより重大な結果をもたらすことがある。一塩基多型(SNP)であっても、それが重要な場所で生じていれば、生物の適応度を大きく損なう。タンパク質の構造と活性は、アミノ酸配列で決まるので、一塩基多型が原因となって、殆ど、あるいは全く機能しなくなることもある。
 ヒトは血液中の酸素の運搬役にヘモクロビンを使う。ヘモクロビンは、異なるポリペプチド鎖が2つ以上集まるタンパク質である。このタンパク質では、2個の相同なαグロビン・サブユニットと2個の相同なβグロビン・サブユニットが対称的に配置される二量体である。それぞれのサブユニットには、複数のドメイン(domain)がある。ドメインは 、極限環境に生息する生物として古細菌という新しい分類群に対応して、分類学上の界(kingdom)の上位の階級として設けられた。英語のdomainは、領地や勢力圏を意味するが、タンパク質を作るポリペプチド鎖の機能や構造がまとまった領域を表す。
 ヘモクロビン遺伝子の塩基1個に永続的な変化が起きると、誤ったアミノ酸配列のヘモクロビンができてしまう。鎖状赤血球貧血症の原因となる。βグロビン・サブユニットには、全部で146個のアミノ酸があるが、βグロビンの遺伝子に塩基1個の変異があると、6番目のアミノ酸では、正常なβグロビンのグルタミン酸がバリンに置き換わる、分子異常を引き起こしたβグロビンができる。
 この置換によりβ鎖の立体構造が変化する。さらに血漿のpH域では、グルタミン酸は負電荷を持つがバリンは電荷を持たない。このために異常ヘモグロビンのβ鎖の6位の位置、これは分子の外表面にあるため、疎水結合性を持つ接触点が現れる。そのため酸素が外れた状態のヘモグロビン分子は相互に会合して線維状の集合体に凝集してしまう。このため酸素運搬能力は極めて減少する。異常ヘモグロビンの線維は、赤血球の形を鎌状に変える。鎌状のヘモグロビンは、正常なヘモクロビンより溶解度が低く、細胞内で線維状の沈殿を作るので、これを持つ変異赤血球は鎌の形になる。
 ヒトは、両親それぞれから1個ずつ受け継ぐから、全ての遺伝子を2コピーずつ持つので、2個のβグロビン遺伝子の片方だけに鎌状赤血球変異があっても、正常な遺伝子で補完され個体に害は生じない。
 しかし、変異βグロビン遺伝子を2コピー受け継いだ個体は、鎌状赤血球を作る。ヘモグロビンは、赤血球に含まれるタンパク質であり、酸素を運搬する。赤血球は円板のような形をしている。この形によって、一番細い血管の中でも移動が容易になる。それが、鎌状赤血球になると、赤血球の形が異常な三日月形となり、しかも粘性が生じ柔軟性を失うため流動性を欠き、細い血管に引っ掛かりやすくなり、血液が身体の隅々まで届かなくなってしまう。これが痛みや組織の損傷の原因になる。また、その赤血球は脆く血液中で裂けやすいため、赤血球数が減少して鎌状赤血球貧血を発症する。そのため虚弱で立ちくらみや頭痛・息切れに悩まされ、異常な赤血球の凝集により小血管が詰まり、痛みや重篤な臓器不全を惹き起こす。
 鎌状ヘモクロビンは変異であっても個体は生き残れる。この変異にはマラリア抵抗性が高まる利点があり、ヘモクロビン遺伝子には、進化の過程で、他にも多くの変異が生じたが、集団の中に残ったのは、ヘモクロビンを完全に破壊しない変異だけとなった。鎌状赤血球貧血は重い合併症の原因となるが、鎌状赤血球貧血患者や正常遺伝子と鎌状赤血球遺伝子を1個ずつ持つ保菌者は、変異を持たない個体よりマラリアに対する抵抗力が強い。マラリア原虫は、鎌状赤血球型のヘモクロビンを持つ赤血球では、増殖が難しい。
 遺伝性疾患である鎌状赤血球貧血の例から、生殖細胞を変異から守る重要性が認識される。生殖細胞に生じた変異は、その配偶子から誕生した多細胞生物の体細胞に受け継がれ、次の世代を生む生殖細胞にも遺伝する。
 体細胞を一生の間に生じる変異から守らなければ、体細胞の塩基の変化が際限なく成長して、分裂しては他の細胞を犠牲にする。やがて生体内で異常かつ無制限に増殖するようになった変異細胞が癌(cancer)となる。癌が生命維持に必要な臓器や組織で起ると正常な機能が損なわれ、やがて停止し死に至る。欧米の死因の30%を占める癌は、細胞内のDNAにたえず生じる偶発的な変異が、細胞分裂の度に体細胞や子孫細胞に伝えられ蓄積されて起こる。そのため細胞が癌になる可能性は、複数の変異の蓄積によって発生するので年齢と共に大幅に増大する。
 遺伝子を次世代に伝える生殖細胞でも、多細胞生物という複雑な細胞社会の一員として規律に従って活動する体細胞でも、DNAの塩基配列の複製と修復が忠実に行われることが不可欠である。DNAの変異を減じようとする精密な機構が、あらゆる細胞に備わり、何百もの遺伝子が、その度ごとに修復過程で働いている。
 変異の大多数は、その生物には、当面、無価値で殆ど影響を及ばさない。生物に有害な変異は、自然選択によって集団から排除される。個体の死や不妊によって変異そのものが失われる。一方、有利な変異は、生存に有効であるため伝播する。
 DNAの変異が、その生物の適応性に無価値であれば、その領域にある遺伝情報は、数千万年もの間、忠実に保存されて来る。そのため進化の過程で、分岐してから約500万年も経っていながら、ヒトとチンバンジーのDNAの塩基配列は未だに98%同じなのだ。ヒトのゲノムも仲間の生物のゲノムも、同じ遺伝情報を過去から受け継いでいる。ヒトの細胞では、DNAの1個の複製起点から、2分子のDNAポリメラーゼが、互いに逆向きに、毎秒約100ヌクレオチドで移動する。そのDNA複製と修復が厳密なおかげで、1億年を経過しても基本内容に殆ど変化が生じていないのである。

 ダウン症候群とよばれる精神遅滞は、体内の核を持つ細胞すべてに、21番染色体が1本余分に存在し、3コピー(トリソミー)ずつ存在することで発症する。新生児に 最も多い遺伝子疾患である。後頭部扁平・特徴的な顔貌など多発奇形を示す症候群で、日本では新生児1,000人に1人の割合でみられる。母親の年齢が高くなるほど出生頻度も高くなり、近年の高齢出産の増加に伴い、その頻発が懸念されている。
 減数分裂の際、有糸分裂した姉妹染色分体は、中期紡錘体が伸ばす微小管によって引き離されて細胞の両極に分かれが、その微小管の結合が外れると、同じ染色体のコピー2つが1個の配偶子に入ることになる。また互いに反対の極に向う動原体微小管が、2つの姉妹染色分体対にある染色体の動原体に付着しても同じことが起こる。これが、減数分裂による配偶子形成過程で起こるため、この異常な接合子(受精卵)を元にして細胞分裂をして誕生する、すべての娘細胞の21番染色体対の一方では、その染色体上の全遺伝子を1コピーずつしか受け取れず、もう一方では、1コピー余分となるため、3コピー(トリソミー)ずつ存在することとなる。
 21番染色体は最も小さい常染色体のため、その遺伝子座にある遺伝情報も少ないので、発現するタンパク質の量もそれ程でもなく、そのためうまく生まれて来る頻度が高い。他の染色体のトリソミーは、受精卵が着床しなかったり、胎児がうまく育たなかったりで、誕生にまでにいたらない。それで、流産胎児を調べてみると高頻度 に染色体の変異が見つかる。21トリソミーでも、70~80%の胎児は誕生しない。
 遺伝子とは、タンパク質や機能を持つRNAを指令するDNAであるから、この21番染色体の遺伝子量と、残りすべての染色体の遺伝子量とのバランスが崩れれば、発現するタンパク質の量に異常が生じ、それが大半の細胞を害することになる。ダウン症候群と呼ばれる精神遅滞は、その一例に過ぎない。
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 4)ヒトは多数の有害な劣性変異を潜在的に保有している
 父親が1対の染色体のうち1本に優性形質MとNの遺伝子を保有すると、実際には各染色体あたり複数の交差が起こり、あたかも形質MとNが別々の染色体にあるかのように伝わる。しかも、2遺伝子雑種が交雑すると、独立して分離する対立遺伝子は、実現可能なすべての組み合わせで配偶子に入る。そのため4通りの配偶子がほぼ同数作られる。実際の状況では、子の1/4は両方の形質を、1/4は形質Mのみを、1/4は形質Nのみを、それぞれが受け継ぎ、残りの1/4はどちらの形質も受け継がないと見られる。 変異は進化の原動力でもある。変異により生物の適応力を向上させ、個体が生き残って子孫を残せる可能性を高める。自然選択がその変異の存続を決定する。選択により、生物に有利に働く変異は残り、生物の適応度、即ち子孫を残す能力に欠ける変異は、個体の死や不妊によって変異そのものを消滅させる。
 偶然生じる変異の大部分は、表現型(phenotype;遺伝子発現がなされた生物が示す外見上の形質)に影響を及ぼさない中立変異か、有害な変異のいずれかである。1コピーでも負の影響が現れる優性の有害変異は、殆ど直ぐに排除される。変異個体に繁殖能力がなければ、その個体が死ねば、繁殖不能となる変異は集団から消えていく。
 有害変異が劣性であれば、初めは1コピーだけなのが普通であるため、その変異を持つ個体でも、他の個体と同じくらいの数の子を作る。これらの子の多くは、この変異を1コピー受け継いでいるが、外見上は親と同じ健常者である。ところが、彼らの子が誕生すと、ある遺伝子について対立遺伝子が2つとも同じ型である場合、その遺伝子について、個体はホモ接合であるという。それが互いに違い型であれば、ヘテロ接合であるという。そのため1つの個体の中で、遺伝子Aについてはヘテロ接合といい、遺伝子Bについてはホモ接合ということもある。
 この同じ型の対立遺伝子を持つホモ接合個体が、繁殖できなければ、2コピーの変異対立遺伝子は集団から消え去る。最終的に、その遺伝子に新たな変異が生じる率と、生じた変異対立遺伝子が交配で、異常なホモ接合変異個体を生み出すことで消え去る率とが、釣り合うような平衡状態が保たれている。その結果、有害な表現型の個体はごく稀でも、違う対立遺伝子を持つ個体同士のヘテロ接合体には、多くの有害な劣性変異が意外なほど高頻度で存在することになる。そのため、最もよく見られる型の遺伝性難聴が、4,000人に1人の割合だが、その原因遺伝子の機能欠損変異型の対立遺伝子は30人に1人が保有していることになる。
 集団から劣性致死遺伝子を排除するには、自然選択だけでは不十分である。ホモ接合の異常個体は、2つのヘテロ接合体同士が交配してできた子にしか現れないからだ。メンデルの遺伝法則で明らかなように、こうした交配でできる子の、正常なホモ接合体:ヘテロ接合体:異常なホモ接合体の割合は、1:2:1となる。そのためヘテロ接合体は、異常なホモ接合体よりも数が多くなる。また自然選択でも、死という手段で集団内のホモ接合体の異常遺伝子を効率よく排除し抑制するが、表現型に現れないヘテロ接合体の異常遺伝子にまで排除できないため、その個体に保たれることになる。
 異常遺伝子の頻度が低い場合、別の重要な要因である、ヘテロ接合個体に偶然起きる死によって異常遺伝子の頻度が抑制され、ヘテロ接合体同士の交配でできた子が、すべて正常になることがある。低頻度ながら新しい変異が生じ、有害な劣性変異のコピーが作られてくるが、大きい集団では、このような対立遺伝子の新しいコピーの持続的な出現と、死という偶然により、そうしたコピーが排除され、そのバランスが保たれている。
 配偶子の接合体において二つの対立遺伝子が同一のときはホモ接合体(homozygote;hòʊmoʊzáɪɡoʊt)、異なるときはヘテロ接合体(heterozygote ;hètero • zýgote)という。ヒトのABO式血液型ではAA、BBおよび OOの遺伝子型がホモであるが、AO、BO及びABの遺伝子型がヘテロである。
 ヘテロ接合型には、二倍体生物のある遺伝子座に Aa、Bb のように異なった対立遺伝子が存在する。メンデルの「優性の法則」通りに、この状態の生物では、どちらか一方の遺伝子の形質のみが表現型として現れる。
 ヘテロ接合体では、一方の遺伝子のみが他方の遺伝子の発現を抑えて現れる。このように発現する遺伝子を優性遺伝子といい、逆に保持されながら発現しない遺伝子を劣性遺伝子という。また、どちらの遺伝子も発現することを共優性という。ヒトのABO式血液型ではA遺伝子とB遺伝子がどちらもO遺伝子に対して優性であり、A遺伝子とB遺伝子は互いに共優性である。したがって、OO となる場合だけ、 O 型という表現型になる。
 アルビノ(白化現象)の主要な表現型であるアルビノⅡ型は、ヒトを含む多くの動物に稀に現れて、劣性遺伝する。虹彩の色素欠乏による羞明など、幾つかの変異の原因となる遺伝子は知られている。しかし、どの遺伝子が原因なのかは、症状のみからは見分けられない。
 アルビノ個体は、劣性対立遺伝子のホモ接合体で、遺伝子型は 𝒂 𝒂となる。この遺伝子の優性対立遺伝子は(𝑨)は、メラニン生産に関わるチロジナーゼという酵素を指令して、毛髪・皮膚・目の虹彩を茶色や黒色などメラニン色素で染める。劣性の対立遺伝子が指令するこの酵素の別型は、活性が低いか全くないので、アルビン個体は、毛髪や皮膚が白く、目は網膜にメラニンがないため、網膜の血管にあるヘモクロビンの赤色が透けて瞳孔がピンクに見える。眼底網膜の色素欠乏による視力低下がみられるが、知的な問題は全くなく、他の合併症もない。
 アルビノⅡ型の男性(遺伝子型は 𝒂 𝒂)とアルビノⅡ型の女性(同じ𝒂 𝒂)の間の子は、アルビノになる可能性が高い。この場合でも、原因となる遺伝子が複数あるため、次世代が必ずアルビノになるわけではない。また症状に軽重があるようだ。アルビノでない男性(𝑨𝑨)とアルビノの女性(𝒂 𝒂)の間の子は、全員がヘテロ接合(𝑨 𝒂)であるためメラニン色素を備える。男性も女性もアルビノではないが、遺伝子がどちらも𝑨 𝒂である場合、その子供がアルビノ(𝒂 𝒂)になる確率は25%である。
 難聴の原因となる劣性対立遺伝子を持つ家系では、従妹同士の結婚により、その有害な劣性変異をホモ接合する子ができやすい。

 疾患の原因となる対立遺伝子を探す時、SNPは、詳細な染色体上の遺伝子の位置を示すため、遺伝子連鎖地図を作成する際に必要な、遺伝子間の距離を知るマーカーとなる。遺伝子連鎖地図により、一群の遺伝子の相対的な位置関係が分かるようになるので、2つの対立遺伝子が一緒に受け継がれる頻度を元に地図を作る。この頻度は、それらの対立遺伝子と関連する2つの表現型形質が、どれほどの頻度で、1個体に一緒に現れるかにより調べることができる。同一染色体で近くにある2つの遺伝子は、離れている遺伝子同士よりも一緒に遺伝する頻度が高くなるはずである。1本の染色体上の2つの遺伝子座(染色体上にあるゲノム塩基配列内の遺伝子の位置)の位置が離れているほど、その間で交差が生じ、2つの遺伝子の組み換えが起こっている可能性が高い。その交差により、2つの遺伝子が別々に活動する頻度を調べれば、遺伝子間の相対的な距離が算出でき、染色体上の遺伝子の配置を示す遺伝子地図を作成できる。
 同様の解析を使えば、1個のSNPと1個の対立遺伝子の間に連鎖が見つけられる。そのSNPと特定の遺伝疾患などが、一緒に遺伝するかを探すのは容易である。連鎖が見つかれば、その遺伝疾患の原因となる変異は、そのSNPそのものか、少なくともそのSNPの近くにあるはずで、おそらくは後者の可能性が高い。
 調べれば、SNPは、どれもヒトゲノム塩基配列内の正確な位置が分かるので、両者の連鎖から原因の変異がその近くにあることが分かる。異常のある個体で、その領域をより詳細に調べ、DNA塩基配列の欠失や挿入、もしくは機能的に重要な異常を探すことで、原因遺伝子を突き止めることができる。
 このような連鎖解析は、通常、特定の疾患に特に罹りやすい家系を対象に行われ、その家族が多いほど解析の精度が上がる。因果関係が単純で、1つの変異遺伝子が、その疾患の直接かつ確実な原因であれば、この方法は最適である。例えば、嚢胞性線維症(のうほうせいせんいしょう;指定難病)の変異遺伝子では、非常に有効であった。
 嚢胞性線維症の死因の約95%は呼吸不全である。「嚢胞」とは、体内にできる袋状の病変で、その中に分泌物が溜まる。嚢胞性線維症は、遺伝子変異を原因とする全身性の常染色体劣性遺伝性疾患である。肺に重い変性を引き起こす嚢胞性線維症の原因となる変異の多くは、細胞膜の輸送タンパク質の1つの折り畳みが僅かに変化していることによる。
 通常、細胞小器官の小胞体で作られるタンパク質は、一部はそのまま小胞体で機能するが、正しく折り畳められたタンパク質は、輸送小胞により小胞体と接しているゴルジ体へ送られ、そこで修飾・選別され細胞外へ分泌されるか、細胞膜に届けられ塩素イオンチャンネルとして働く。
 小胞体で誤って折り畳まれたタンパク質は、小胞体内にあるシャペロンタンパク質が結合して小胞体に留められる。やがて細胞質に送り返されて、そこで分解される。活性を持っている重要なタンパク質が、機能する場が得られず分解されるため、気道内液・腸管内液・膵液などの全身の分泌液が著しく粘稠となり、肺や膵臓・小腸・肝臓など様々な器官の管を詰まらせ機能不全となる。
 胆汁の粘性が強くなると、胆石をおこしたり、膵炎をおこしたり、肝機能障害からついには肝硬変をきたす。膵臓が萎縮して膵外分泌不全による消化吸収不良を来たす。特に、気管支の症状は致命的で、患者の多くは感染症を繰り返しながら、肺疾患ために亡くなる。医療の発達により寿命は伸びたとはいえ30代である。

 一般の疾患の大半は、多数の要因が関わり、遺伝や環境要因、更には確率の問題まで絡んでくる。そうした疾患では、リスク遺伝子の特定には、別の方法が採られる。ゲノム関連解析によって、一般的な疾患に関わる遺伝的多型が、その素因として僅かに影響している場合であっても探り出せようになった。
 エクソン(exon)を網羅的解析する「エキソーム(exome)」やゲノムの解読研究から、患者集団のみならず外見上は健康な人の集団でも、未報告の遺伝的多型が次々と発見されている。遺伝子のコピーとして知られる重複遺伝子に遺伝的多型が生じ、機能を発揮する部位が変化したり、産生するタンパク質が変化したりすることが、生物の形態進化に大きく貢献していることは、既に解明されている。重複遺伝子とは、ある遺伝子または遺伝子群をコピーしてできた遺伝子または遺伝子群の総称であるが、1つの遺伝子が何回もコピーされ、複数の同じ遺伝子から構成される場合もある。
 ヒトは誰でもタンパク指令遺伝子に100個ほどの機能欠損変異をもっており、そうした変異の中の20個は2つの遺伝子コピーを含む両方で、活性を消失させていることが示唆されている。ヒトが正常に発生・発育して機能するには、もっている遺伝子すべてが必要というほどでもないようだ。
 DNAを損傷する変異原物質は、動物を処理して、その変異体を作り出すことができる。変異原性物質(mutagen)とは、細胞の集団または生物体に突然変異を発生する頻度を増大させる物質である。放射線(X戦、ガンマー線)・紫外線・アスベスト・煙草の煙・殺虫剤(マラチオン、パラチオン、ケボン、DDT)など、イニシエーター(initiator;発がんを促進する要因や物質)発がん性物質は、遺伝情報に異常を起こしてがんの原因を作るものが殆どで、変異原性物質である。これにより作り出された変異体をスクリーニング検査にかけて目的の表現型を見つけて、最終的に原因遺伝子を単離する。
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 5)ゲノム関連解析
 同じゲノムを持つのは一卵性双生児のみである。人はそれぞれ独自の多型セットを持ち、その塩基配列にある差異が、個人個人の表現型に現れる。DNA塩基配列の解読研究で、一般的なヒト疾患の発症リスクに大きく影響する希少な変異が次々と見つかっている。
 重要な遺伝子の活性を奪う変異の殆どは、その変異個体が自然選択に適応できないため、やがて集団から消えていく。それが、遺伝子の機能を多少変化させる程度の変異であれば、広く受け継がれる。そうした遺伝的多型を究明することで、一般的な疾患の病理に関わる遺伝子が、ごく限られた素因の一部であったとしても探り出されるようになった。
 そのためのゲノム関連解析では、ゲノム全体に散らばるSNPなどの遺伝的マーカーを使って、特定の疾患を持つ患者群と持たない対照群のDNAを比較すると、患者群には、明らかな高頻度でSNPが見出される。
 加齢により網膜の中心部にある黄斑に障害が生じ、視野の中央に不自然な諸現象が現れる、加齢性黄斑変性症(AMD;age-related macular degeneration;macular黄斑の、degeneration変性)は、高齢者が失明する主な原因となっている。ゲノム関連解析により、疾患を持つ人の有意で高頻度のDNA多型を究明するため、146人それぞれのゲノム全域に散らばる10万個以上のSNPを、AMD患者96人とAMDではない50人を対象に調べ、SNPそれぞれの塩基配列を決定した。その結果、10万個以上のSNPの中に、患者にかなり高頻度で存在するSNPが1つ見つかった。
 このSNPがあるのは、 Cfh(complement factor H)と呼ばれる遺伝子領域の中にあり、しかもイントロンの内部にあるため、遺伝子機能そのものには、直接、関わっていなかった。それでも、Cfh遺伝子の領域の塩基配列を再度読むと、既に解明されていたSNPのほかに、Cfhタンパクのアミノ酸配列を変化させる多型が3つ見つかった。その1つが、特定箇所のチロシン(細胞内でタンパク質生合成に使われる22のアミノ酸のうちの一つ)をヒスチジン(アミノ酸の一種、血液中のヘモグロビンの中には特に多く 、約 11%含まれている)に置き換えるもので、AMDと強い連関が見られた。この高リスクの対立遺伝子を2コピー持つ人のAMD発症の確率は、Cfh遺伝子の別の対立遺伝子を1つ持つ人の5~7倍あった。Cfhの多型がAMD発症の確率を上昇させていたことが明らかになり、その連関が確認された。
 Cfhタンパクは、生体が病原体を排除する際に、抗体および貪食細胞を補助する免疫システムとして機能する補体系に属し、その補体系が過剰反応を起こし、炎症や組織損傷が生じないように抑制する。
 AMDの発症に影響する環境リスク要因となるのは、喫煙・肥満だけでなく、当然、加齢も炎症や補体系の活性に影響を及ぼす。こうしてCfhの重要性が解明され、AMDの発症を防ぐ早期診断法や治療の糸口に繋がった。
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