癌細胞の転移(metastasis) | ||||||||||
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DNA DNAが遺伝物質 生物進化と光合成 葉緑素とATP 植物の葉の機能 植物の色素 葉緑体と光合成 花粉の形成と受精 ブドウ糖とデンプン 植物の運動力 光合成と光阻害 チラコイド反応 植物のエネルギー生産 ストロマ反応 植物の窒素化合物 屈性と傾性(偏差成長) タンパク質 遺伝子が作るタンパク質 遺伝子の発現(1) 遺伝子の発現(2) 遺伝子発現の仕組み リボソーム コルチゾール 生物個体の発生 染色体と遺伝 対立遺伝子と点変異 疾患とSNP 癌変異の集積 癌細胞の転移 |
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1)癌細胞とRas(ラス)遺伝子 やがて癌となる変異により、変異細胞は深刻な打撃を受けているわけではなく、寧ろ、周囲の細胞より優勢になる。それにより体全体に害が及ぶようになる。最初の変異細胞の集団は、増殖しながらゆっくり発達していく。やがて新たな変異が重なり細胞が増強され、生存力を高め、自然選択に有利になるものが生まれてくる。2度3度と偶然の変異と自然選択を繰り返しながら発達し増殖する癌細胞は、体を構成する細胞の集団内に浸潤性を育て、それにより既存の構造を破壊させていく。 癌細胞は、発達のそれぞれの段階で、細胞の生存能・増殖能を増強させる変異が起こり、最終的には、完全に危険な悪性腫瘍となる。その細胞の子孫が、腫瘍中を支配するクローンとなり増殖する。このクローンの増殖が、次の変異が起こる危険性を冒しながら細胞集団を拡大し、腫瘍が次の段階に進む速度を速めていく。そのため腫瘍は、1個の変異細胞に由来する一揃いの変異の他に、各々独自の変異を持つ複数の悪性クローン群も育っている。 肥満などの変異原ではない環境や生活習慣の要因が、組織に働く選択圧を変化させ、癌の発生を有利にさせることもある。循環する栄養分の供給過多や、ホルモン・分泌促進因子・増殖因子の異常な増加は、危険な変異を持つ細胞の成長・増殖・分化・生存・移動の異常を助長し、やがて十分に発達しきった癌細胞が備える異常をすべて持った細胞を誕生させる。 本格的な癌細胞になるには、破壊的な振舞いができる能力を次々と獲得する必要がある。例えば、腸内壁の上皮の増殖性の前駆細胞(分裂して自分と同じ細胞を作る能力と、別の種類の細胞に分化する能力を持つ幹細胞から、前駆細胞を経て最終分化細胞へと分化することのできる)となった癌細胞は、通常は細胞分裂を止めるべき時に、分裂を続けるよう変化する。その細胞と子孫細胞は、細胞死を回避し、周囲の正常細胞と置き換わり、腫瘍増殖を続けるために、血液の供給を確保する必要がある。 腫瘍細胞が浸潤するには、上皮層から離脱し、基底膜を通り抜け、その下の結合組織に入り込まなければならない。他の臓器に転移するには、血管かリンパ管を経由して、別の部位に浸潤し増殖する。 癌細胞は、他の細胞から送られるシグナルに余り依存せずに生存し、成長して分裂する。これは、刺激に応答する細胞のシグナル伝達経路の構成要素の変異に起因することが多い。例えば、Ras(ラス)遺伝子の活性化変異により、Rasのスイッチを入れるのに必要な細胞外からの指示がなくとも、細胞内増殖シグナルが反応することがある。細胞の成長・増殖・分化・生存・移動の異常は、癌細胞の基本的な特徴であるため、酵素共役型受容体(RTK=receptor tyrosine kinase=受容体チロシンキナーゼなど)を介するシグナル伝達の異常は、殆どの癌発症の主因となっている。チロシン(tyrosine;táirsìn)は、タンパク質を構成する芳香族アミノ酸の1つ。キナーゼ(Kinase;リン酸化する)とは、酵素の総称であり、リン酸化酵素とも呼ばれる。 活性化したRTKは、様々な細胞内シグナルタンパクを集めて活性化し、その細胞質側の尾部上に大きなシグナル伝達複合体を作る。シグナル伝達複合体で中心的な分子の一つがRasという小型の結合タンパクで、細胞膜の細胞質側に脂質の尾によって固定されている。傷口の細胞増殖を支える血小板由来増殖因子の受容体や、脊椎動物の特定のニューロンの成長に重要な役割を果たす神経成長因子の受容体など、ほぼすべてのRTKがRasを活性化する。 活性化したRasタンパクは、キナーゼシグナル伝達モジュールを次々と活性化しシグナルを伝達する。モジュールの中の最後に位置するキナーゼが、下流にある様々なシグナルタンパクやエフェクタータンパクをリン酸化する。 Rasは正常細胞で発見される前に、ヒトの癌細胞で変異型が見つかった。Rasは、その変異によって、自身をオフにできなくなり、細胞増殖を暴走させ癌を発症させる。ヒトの癌の30%で、Ras遺伝子の過剰活性変異が見つかっている。Ras遺伝子に変異がない癌でも、多くはRasと同じシグナル伝達経路で働くタンパク質の遺伝子に変異がある。これらの正常な細胞内シグナルタンパクを指令している遺伝子の多くは、癌遺伝子の探索中で発見された。 目次へ |
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2)癌細胞とアポトーシス機構 一生の中、人の体では、約1016(1京)回の細胞分裂が起こっていながら、なぜか成人の体を作る細胞は約1013(10兆)個に過ぎない。1 回の細胞分裂で細胞が1個増える、そのため体の細胞数は、分裂の回数に1を加えた数と等しいはずである。分裂の回数が、細胞の数より1,000倍大きい、この数値の違いは、その1,000倍もの細胞が、アポト-シスなどの機構により切り捨てられているからだ。 動物細胞の調節は、多数の細胞外シグナルの組み合わせが関わっている。細胞はその種類により、特定の組み合わせ受容体タンパクを発現しており、それが別の細胞が生産する細胞外シグナル分子群に応答する。このシグナル分子の組み合わせで細胞の挙動が調節されている。分化するにもまた別のシグナルに応答するからだ。細胞の生存は、複数のシグナルで制御されている。それら生存のためのシグナルを失えば、殆どの細胞はアポト-シス(apoptosis)と呼ばれる、動物で最も一般的なプログラム細胞死(programmed cell death)により取り除かれる。 Apoptosisはギリシャ語で、「葉が樹から落ちる、その“落ちる”を意味する」。 多細胞生物の細胞は、高度に組織化された共同体の一員である。共同体の細胞数は、細胞分裂の速度と細胞死の速度を厳密に制御することによって保たれている。不要になった細胞は、プログラム細胞死という自身の死のプログラムを活性化し自死する。 発生途上でも成体でも、動物組織で起こるアポトーシスの数は、極めて多い。正常に発生を続けている脊椎動物の神経系では、ある種の神経細胞の半数以上が生まれて直ぐに死んでしまう。健康な成人の骨髄や腸では、1時間あたり数十億個の細胞が死んでいる。これほど多くの細胞が、その大多数が完全に健康でありながら自死する。これは、動物の形態変化などに伴う能動的な細胞死である。 例えばオタマジャクシからカエルに変態する際に、 の細胞が消失するのはアポトーシスによる。変態の際に起こる変化は、アポトーシスの誘導を含めて、すべて血液中の甲状腺ホルモンの増加によって引き起こされる。人やマウスの指の形成過程も、最初は指の間が繋がったままの状態で形成され、後にアポトーシスによって指の間の細胞が死滅することで完成される。さらに免疫系でも自己抗原(自分の体の構成成分に反応する抗体やリンパ球を持続して産生するために起こる自己免疫疾患の原因物質)に反応する細胞の除去など重要な役割を果たす。不要となった細胞もアポトーシスで死ぬ。 成体の組織では、組織が肥大や萎縮する時を除き、細胞死は通常の細胞分裂とつりあっている。例えば、成体ラットの肝臓の一部を除去すると、肝細胞は盛んに増殖し失われた分を取り戻そうとする。逆に、ラットにフェノバルビタール(肝細胞の分裂を促進する)を投与すると肝臓は肥大化する。その後、投与をやめると肝臓内のアポトーシスが大幅に増加し、1週間程度で肝臓は元の大きさに戻る。肝臓も、細胞の死と出生の両方で調節され、一定の大きさが保たれている。 突然の損傷で死ぬ細胞は、細胞の壊死を起こし、通常は膨張し破裂して内容物を放出する。これにより周囲に害が及ぶため炎症を引き起こす。アポトーシスが作用した細胞は、整然と死に周囲に被害を与えない。アポトーシスの最終段階には、ブレブ(bleb;不規則な隆起)が細胞表面に生じ凝縮する。細胞骨格が壊れ、核膜が分散し、核DNAは分解されて断片になる。 アポトーシスによる細胞表面の性質の変化は、通常、組織内に広く存在する食作用専門の食細胞であるマクロファージを、直ちに引き付け、内容物が周囲に漏れ出さないうちに食細胞に取り込まれる。例えば、マクロファージは、1日あたり1011(1千億)個を超える数の老朽化した赤血球細胞を捕食している。死にかけた細胞を、速やかに除去し、壊死した細胞ように有害な影響を周囲に撒き散らすことなく、アポトーシスを引き起こした細胞の有機成分は、取り込んだ細胞により再利用される。 癌細胞は、正常細胞がアポト-シスにより自殺する程のストレスや内部攪乱があっても切り抜けて生き延びる。というよりは、癌細胞の自殺回避は、細胞内でアポトーシスに関与する「死のプログラム」を調節する遺伝子が変異したことによる場合が多い。ヒトの癌のおよそ50%には、p53 遺伝子(ピー53いでんし)に不活性化変異が認められる。正常なp53タンパクは、DNA損傷を受けた細胞の分裂停止や、アポトーシスによる死を引き起こすDNA損傷応答の一部として働いている。例えば、染色体切断が修復されない場合、細胞は通常自死する。しかしp53に欠損がある細胞は、それでも生き延びて分裂し、非常に異常な娘細胞を作り出しては、状況をより悪化させる。ヒトの癌細胞の多くは、p53遺伝子に変異があるため、DNA損傷を受けた細胞でも、生き残り分裂し増殖できるようになる。 正常細胞の多くと異なり、癌細胞は無限に増殖できることが多い。ヒトの正常な体細胞の多くは、培養系では限られた回数しか分裂できない。酵素テロクラーゼを作れなくなるなどが原因で、正常細胞が分裂する度に染色体末端のテロメアが、徐々に短くなって終には分裂できなくなるが、癌細胞は、この増殖障害をテロメラーゼの生産を再活性化することで、テロメアの長さを無限に維持していく。 DNAの複製では、二重らせんを開いて、新しいDNAを合成するために、多数のタンパク質の共同作業が伴う。これらのタンパク質が綿密な複製装置を形成する。DNA複製に関わるタンパク質は、大きな酵素複合体を作り、ヌクレオチド三リン酸の加水分解で得たエネルギーで、一団となって親DNAらせんに沿って働き、二重らせんをホスホジエステル結合(phosphodiester bond)を軸に自由に回転させ、DNAに掛かった歪みを解消し、切れ目を繋ぐなど、複雑精緻な2本鎖のDNA合成で協調する。 ヌクレオチドは、DNAの構成単位であり、生物にとって必要な情報の貯蔵と、その取り出しという根源的な役割を果たす。ヌクレオチドは、糖の五員環の5‘炭素原子と隣の3’炭素原子が、それぞれの末端にあるリン酸基(5‘末端にある;構造式はH2PO4−と表記)とヒドロシキ基(3’末端にある;−OHと表記)との間で共有結合するホスホジエステル結合で次々と繋がり、長い重合体を作る。DNAは、ヌクレオシド三リン酸の無機ピロリン酸(二リン酸)が外れる際に生じる豊富なエネルギーを得て、ホスホジエステル結合ができる縮合反応によって合成される。 DN合成は、複製起点で始まり、その複製装置が染色体の末端に達するまで続く。そのため、線状の染色体の末端を複製する特別な仕組みがないと、細胞分裂を繰り返す度ごとに染色体が縮み、DNAが失われていく。真核生物は、染色体の末端に長い反復配列で構成されたテロメア(telomere)を置いて、この問題を解決している。テロメアは、染色体末端のラギング鎖と呼ばれる部位まで完全に複製するために、コピーされるDNAよりも鋳型鎖を長く伸ばすことで完璧を期している。それはラギング鎖の3‘末端に、テロメラーゼ(telomerase)という酵素が、自身が持つRNAを鋳型にして、テロメアと呼ぶ反復配列を付加して、染色体の末端を新たに担保している。 生物がこれほど多様化し、地球上のあらゆる場所で生息できるに到ったのは、40億年を掛けて遺伝子の変異を蓄積した成果であった。酷烈な環境変化に出遭えば、それに適応する遺伝子を発現して凌いだものだけが、その生物の系譜を受け継ぎ、次代の進化へ繋がる。 癌細胞に関しては、個々の成体で働く遺伝子の変異が有害となって働き、個々の生物体では、極めて複雑に作用し、しかも巧妙に発生や生理作用の調節を狂わせている。癌細胞は、多くの正常細胞とは異なり無限に増殖できることが多い。細胞が正しく振舞うよう課せられる増殖障害を、テロメラーゼによる酵素の生産を再活性化して、テロメアの長さを無限に維持し続ける。 目次へ |
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3)癌遺伝子と癌抑制遺伝子 多くの癌細胞は、遺伝的に不安定で、変異率が非常に高く、染色体数にも異常がある。特段に浸潤性が高いのも、正常細胞を適切な場所に保つ働きをするカドヘリン(cadherin)など、特定の細胞接着分子を持たないことが原因とされている。 皮膚の外層(表皮)のような重層上皮や、腸の内壁を作る単層上皮の細胞結合(cell junction)は、カドヘリンファミリーに属する膜貫通タンパクを中心に形成される。細胞膜のカドヘリン分子は、隣の細胞の膜にある、全く同じカドヘリン分子と直接結合する。 細胞の種類ごとに異なるカドヘリンなどの細胞接着分子が細胞膜にあり、同じ種類の細胞同士が同種結合によって選択的に接着する。他の種類の細胞がぎっしり詰まっている場合と、特定の細胞外マトリックス(extracellular matrix)で個々に隔てら得ている場合がある。この細胞接着の選択のおかげで、組織内の異なる細胞が混ざり合わないようになる。細胞外マトリックスは、細胞から分泌された多糖(グリコサミノグリカンやセルロースなど)とタンパク質(コラーゲンなど)からなるゲルで、互いに連結した複雑な網目の組織構造を作る要素であり、組織の形成や生理作用を担う。細胞外基質ともいう。 増殖した癌細胞は原発巣から転移する。本来、それを阻止する分子がカドヘリンである。カドヘリンは細胞膜貫通タンパクであるが、細胞外領域(ドメイン)にある隣接する細胞相互のカドヘリンと結合(adhesion)することで細胞接着が生じる。浸潤性の癌では、カドヘリンが低下し、原発巣から癌細胞が離脱すると考えられている。 通常、専門化した細胞は、自分が置かれている環境を絶えず監視し、他の細胞からのシグナルを受け取り、それに応じて自らの振る舞いを調節している。殆どの正常細胞は、周りからのシグナルに依存もしている。その情報により、必要な時に必要な場所に、新しい細胞が正しく作られるおかげで存続できる。 細胞は特定のタンパク群と調節RNA群の生産を始めたり、止めたりしながら分化する。またシグナル分子を作って周辺の細胞に影響を及ぼすが、周辺の細胞から送られるシグナルにも応答する。細胞は過去に受け取ったシグナルの効果を記憶し、次第に専門化し特徴を備えていく。この様々な細胞を指示しているのが、細胞それぞれの核にある事実上同一のゲノムである。それら同一のゲノムが働き、多細胞生物が、たった一個の受精卵から精妙で複雑な構造体が作られていく。 受精卵は発生の当初から分裂を繰り返し、基本的に同じゲノムを持つ、様々に分化した細胞のクローンを、驚異的な数で作り出す。ヒトのその数は10兆個にもなる。胚発生の過程で作用したシグナルによって特定化した遺伝子の発現様式は、その後も安定して維持され、細胞の各々に定められた、その性質は子孫に引き継がれていく。 健常な成体には、細胞の生産と消滅の均衡を保つ精巧な制御の仕組みがある。そのため、正常細胞の大部分は、与えられた本来の場所でしか生きられない。 癌細胞にいたっては、その制御を侵して発生し、その組織を作り変える細胞を存続させ、その所在を変えても生き延びて増殖する。 癌細胞が、未知の領域にも定着できるのは、自分で細胞外生存シグナルを作る能力と、アポトーシスプログラムを抑制する能力があり、貪欲に栄養を求める代謝異常があり、その栄養を酸化的リン酸化によるエネルギー源とせず、生合成に集中的につぎ込んで増殖する。 癌化に重要な遺伝子の中でも危険な変異は、その細胞が産み出すタンパクを過剰に活性化することにある。この細胞機能に関わる変異は優性であるため、1対の染色体にある遺伝子のうち一方が変異するだけで問題が起こる。この変異遺伝子を癌遺伝子(oncogene)と呼び、元の正常型の遺伝子を原癌遺伝子(proto-oncogene)と呼ぶ。この原癌遺伝子の変異により癌遺伝子となる。 通常、変異が遺伝子活性を破壊する危険に繋がる場合、この機能欠損変異は一般的に劣性である。表現的に影響が現れるには、相補関係にある1対の遺伝子が両方とも欠損または不活性化する必要があるためである。この正常遺伝子を癌抑制遺伝子(tumor suppressor gene)とよぶ。 「tumor;腫瘍,suppressor;抑圧する者」とは、「腫瘍抑制因子」をいう。癌を促進する変異には、原癌遺伝子を過剰活性型の癌遺伝子に変えるものと、癌抑制遺伝子を不活性化するものとがある。こうした遺伝子の変化の他に、遺伝子の塩基配列を変えずに遺伝子発現を変化させるエビジェネテックな変化によって、癌抑制因子の発現が抑制されることもある。ヒトの殆どの癌では、エビジェネテックな変化が複数の癌抑制遺伝子の発現を抑制していると考えられる。 高等生物では、その遺伝子調節ははるかに複雑で、DNAがクロマチンに凝縮されているので、制御できる段階もかなり多くある。ヒトの一個の細胞に存在する染色体DNAをまっすぐ繋ぐと、その長さは約2mにも達する。それを直径約10μm(micro metre ;1 mmの1/1,000)の核に収納するために、凝縮度の高い円球のクロマチン構造となる。それが、DNAとタンパク質が一緒になって存在する染色体の在り様である。 様々な原癌遺伝子と癌抑制遺伝子からは、癌細胞が示す種々の勝手な振舞いに見合った多種多様なタンパク質ができる。これらのタンパク質には、細胞の生存と成長、あるいは分裂を調節するシグナル伝達経路に関与するものがあり、またDNA修復にも関わるものあり、DNA損傷応答を媒介するもの、クロマチンを修飾するもの、細胞周期やアポトーシスの調節を助けるもの、更には、細胞膜貫通タンパクのカドヘリンなどの細胞接着や、転移に際し、重要な別の性質で関わるものなど、その多くが研究課題として提示されている。 目次へ |
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4)多くの癌の変異は、3つの重要径路を破壊する 癌細胞からみれば、癌遺伝子と癌抑制遺伝子、及びこれらに影響を及ぼす変異は、癌遺伝子の活性化や癌抑制遺伝子の不活性化により癌の発達を促し、どちらの変異も殆どの癌でみられる。癌化に重要な遺伝子群の分類では、機能獲得型か機能欠損型かは、変異が働く径路と比べれば重要ではなさそうだ。 高速で低費用のDNA塩基配列決定技術が、今では、様々な癌を進行させる変異について、かつてない量の情報を提供してくれている。今では、患者の腫瘍の癌細胞にある全ゲノム塩基配列を、その患者の癌でない細胞や体内の別の部位に転移した癌細胞のゲノム塩基配列とで比較検査ができる。 様々な患者のデータをまとめれば、特定種類の癌に関わる重要な遺伝子の完全な目録が作成できる。一人の患者のデータを解析して、その患者の癌細胞の系図を推測し、最初の癌細胞の子孫細胞が増殖し、別の部位に転移しながら進化し多様化してきた過程が調査できる。これらの研究で、注目すべき知見が得られた。 個々の腫瘍で変異を起こした遺伝子の多くが、細胞増殖開始の統制、細胞の成長の制御、DNA損傷やストレスに対する細胞の応答の調節、その鍵となるが3つに分類される調節径路で見られた。例えば、ヒトの脳腫瘍で最も多い、大脳に発生して、周囲の脳に浸潤する神経膠芽腫(こうがしゅ)のほぼ全症例で、ここで生じた変異が、この3つの基本径路すべてを中断しており、同じ径路が、ヒトのほぼすべての癌において何らかの形で破壊されていた。癌のゲノム塩基配列解析によると、多くの癌には、細胞増殖・細胞成長・DNA損傷とストレスに対する応答を制御する、同じ3つの重要な径路を破壊する変異がある。しかし癌の症例によって、細胞増殖の変化・細胞成長の変化・DNA損傷応答の3つの変化による、径路破壊の仕方は様々である。 どの患者も各径路1個の遺伝子だけが変異を起こしている傾向にあるが、必ずしも同じ遺伝子とは限らない。癌の発達にとって重要なのは、その径路の活性が過少か過剰かであって、この活性異常に到達する仕組みではない。同じ3つの基本制御系が様々な癌で壊れているので、この調節が殆どの癌進行の鍵を握るに違いないと思われる。 目次へ |