コルチゾール(Cortisol)とコルチゾール受容体 | |||||||||||
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DNA DNAが遺伝物質 生物進化と光合成 葉緑素とATP 植物の葉の機能 植物の色素 葉緑体と光合成 花粉の形成と受精 ブドウ糖とデンプン 植物の運動力 光合成と光阻害 チラコイド反応 植物のエネルギー生産 ストロマ反応 植物の窒素化合物 屈性と傾性(偏差成長) タンパク質 遺伝子が作るタンパク質 遺伝子の発現(1) 遺伝子の発現(2) 遺伝子発現の仕組み リボソーム コルチゾール 生物個体の発生 染色体と遺伝 減数分裂と受精 対立遺伝子と点変異 疾患とSNP 癌変異の集積 癌細胞の転移 大腸癌 細胞の生命化学 イオン結合 酸と塩基 細胞内の炭素化合物 細胞の中の単量体 糖(sugar) 糖の機能 脂肪酸 |
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コルチゾールとコルチゾール受容体(遺伝子発現) 細菌では、一群の遺伝子の発現を協調させるのに、1個のプロモーターが制御する1つのオペロン(同一オペレーターによって同時に調節される一組の構造遺伝子)に複数の遺伝子をまとめる仕組みがある。真核細胞では、すべてをまとめる遺伝子がなく、遺伝子は個々に転写され、個々に転写調節因子共働体が働いている。それでは遺伝子発現における全体の協調はどうなっているのだろう。 実は、遺伝子の発現が組み合わせによって調節されていても、1個の転写調節因子が、遺伝子のオン・オフの決定権を握っている。個々の遺伝子の活性あるいは抑制に必要な組み合わせを、この因子が最後に完成させている。異なる遺伝子でも調節に必要な組み合わせの最後に同じタンパク質を使っていることもある。異なる遺伝子であっても、同じ転写調節因子を識別する調節DNAが含まれてさえすれば、この因子によって、ひとまとめに発現をオン・オフにできるのだ。 原核生物や真核生物のいずれも、その細胞は、個々にオン・オフするだけでなく、異なる遺伝子の発現が協調されなければならない。そのため、真核細胞が「分裂せよ」というシグナルを受信すると、それまで発現しなかった多数の遺伝子が活性化し、細胞分裂を誘発する。しかし、各遺伝子の調節配列に、異なった遺伝子活性化因子が結合するだけでは、それらの結合タンパク質の転写後の活性化効率は悪いので、もう1つの別の転写調節因子、即ち活性化したコルチゾール受容体の複合体が、各遺伝子すべての調節配列に結合する。その結果、活性化されたコルチゾール受容体によって、効率的な転写開始に必要な転写調節因子の組み合わせが完成し、関連する遺伝子が揃ってオンになる。 ヒトでも、コルチゾール受容体タンパクに、このような調節が見られる。これも転写調節因子だが、まずコルチゾール受容複合体を形成しなければ、調節部位に結合できない。 多細胞生物の専門化した細胞は、細胞外のシグナルに応じて、遺伝子の発現パターンを変える。例えば、肝細胞が、ステロイドホルモン(コレステロールの誘導体の一種)の1つコルチゾールに出合うと、いくつかのタンパク質の生産量が著しく増え、様々な遺伝子の発現を上昇させる。コルチゾールは、飢餓や激しい運動や長期のストレスの際に副腎で作られ分泌されるストレスホルモンの1つで、アミノ酸などの低分子からグルコースを作るよう肝細胞に合図すると、コルチゾールが副腎から分泌される。また、アミノ酸などの低分子からグルコースを作るよう肝細胞に合図すると、例えば、アミノ酸の一種のチロシン(細胞でのタンパク質を生合成する20のアミノ酸のうちの1つ)をグルコースに変換するチロシンアミノ基転移酵素などの酵素が増加する。肝細胞は、コルチゾールに応答して、様々な遺伝子を発現する。これらの遺伝子すべても、コルチゾール受容体複合体が、個々の遺伝子の調節配列に結合することにより制御されている。コルチゾールが無くなると、これらのタンパク質の生産は正常に戻る。 受容体タンパクはコルチゾールが結合すると活性化して、DNAの特定の調節配列に結合できるようになり、特定の標的遺伝子の転写を活性化する。細胞の種類が違えば、抑制因子としても働く。 コルチゾールなどいくつかのステロイドホルモンの受容体は、細胞質に存在するが、他のステロイドホルモンや甲状腺ホルモンの受容体は、ホルモンがやってくる前から核内のDNAに結合した状態で待機している。ステロイドホルモンは一般に生殖腺や副腎においてコレステロールから合成され、それらのホルモン分子の構造は脂質であり、それらは細胞膜に達すると、容易に内部に通過し細胞核へ到達する。スポーツなどで、その投与がドーピング問題として取り上げられる「ステロイド」は、ステロイドホルモンと同様、あるいはそれより強力なホルモン作用を持つ人工的に合成されたステロイドである。 遺伝子はすべて、コルチゾール受容体複合体が、個々の遺伝子内の調節配列に結合することによって制御される。コルチゾール濃度が低下すれば、すべての遺伝子の発現は安静状態に戻る。この一個のコルチゾールという転写調節因子で、多数の遺伝子の発現が協調させられている。 細胞の種類が違うと、コルチゾールに対する反応も違う。肝細胞はステロイドホルモンの1つコルチゾールに出合うと、アミノ酸からグルコースを作るよう合図されるので、チロシンをグルコースに変換するチロシンアミノ基転移酵素が増加する。逆に、脂肪細胞ではチロシンアミノ基転移酵素の生産を減少させる。またコルチゾールに全く反応しない細胞もある。細胞の種類が違えば、同じ細胞外シグナルに対する応答の仕方も違うことも多く、これが細胞の専門化の一因となっている。そのため、細胞それぞれが独特の特徴を作り出しいく。 限られた数の転写調節因子を使って多数の遺伝子のスイッチを切り替える仕組みは、通常の細胞機能の調節に役立つばかりか、真核生物の細胞が胚形成を経て、特定の細胞へ分化いていく過程でも役割を担っている。その顕著の例が、筋細胞の発生である。哺乳動物の典型的な骨格筋細胞は他の細胞と大きく異なり、細胞質ゾル(サイトゾル;cytosol;細胞質基質)にとどまる筋収縮装置を構成する2種類の収縮タンパク質であるアクチンとミオシンや、受容体タンパク、筋細胞を神経刺激に対して感受性にする細胞膜のイオンチャンネルタンパク(膜貫通タンパク質の一種で、受動的にイオンを透過させるタンパク質の総称)など、特徴があるタンパク質を数多く持っている。 動物の全細胞タンパクの約5%がアクチンで、その半分が細い糸状の構造をなすアクチンフィラメントになっておち、残りの半分は細胞質にアクチン単量体として遊離している。殆どの真核生物の細胞膜の直下には、アクチンフィラメントに富んだ皮層がある。細胞皮層と呼ばれ、アクチン結合タンパクによって連結し荒い網目構造となり、細胞膜を支え強度を高めている。 アクチンと共に働くモータータンパクは、すべてミオシンファミリーに属する。アクチン上を運動するタンパク質であるミオシンの中でも、最も単純なIミオシンは、1個の球状頭部と尾部からなり、頭部でアクチンフィラメントに付着し、尾部で細胞内の他の分子や細胞小器官に付着する。この配置により、頭部がATP加水分解によるモーター活性のエネルギーを得て、細胞皮質にあるアクチンフィラメントを移動させることにより、細胞膜を引っ張って変形させることができる。またフィラメントに沿い結合・解離・再結合を繰り返して移動もする。尾部は特定の小胞をくっつけ、アクチンフィラメントの走路に沿って細胞内で位置移動を行う。 これらの筋特異的タンパクの遺伝子は、筋細胞が分化するにつれ、揃って働き始める。培養筋細胞の分化の研究で、筋細胞になるはずの細胞だけで発現している少数の重要な転写調節因子が見つかり、それらにより筋特異的遺伝子の発現が協調されている。 転写調節因子は、筋細胞の分化に不可欠なタンパク質であることが分かった。これらの因子は筋特異的タンパクの遺伝子の調節領域にある特異な配列に結合し、その転写を活性化させる。 しかも一部の転写調節因子の働きで、特定の型の細胞が別の型に変換することさえある。例えば、転写調節因子の一つMyoD(ミオディ)の遺伝子を、皮膚の結合組織由来の線維芽細胞に人為的に導入すると、この細胞から筋細胞によく似た細胞が生じる。この線維芽細胞は、大雑把な分類であるが、筋細胞と同じ種類の胚細胞から生じるので、筋特異的遺伝子の組み合わせによる調節に必要な他の転写調節因子の多くが、それまでに蓄積していたと考えられる。そこにMyoDが加わって、筋細胞への変化に必要な組み合わせが完成したのだろう。このような再プログラムによって、もっと劇的な変化が生じることもある。例えば、培養した肝細胞に、3種類の神経特異的な転写調節因子を人為的に導入し発現させると、機能するニューロンに変換する。この事が示すように、いつの日か、どのような種類の細胞でも、転写調節因子の適切な組み合わせが分かれば実験室で作り出せるかもしない。 細胞の発生過程で生じる、少数の転写調節因子の組み合わせによって、細胞に数多くの型が生じる。また、その細胞分裂終了後に、新しい転写調節因子を作るかどかの「決定」がなされる。この過程の法則を繰り返すだけで、僅か3種類の転写調節因子を使って、8つの型の細胞も作られている。こうした仮想細胞レベルでは、それぞれが作る転写調節因子の組み合わせ次第で、多くの異なった遺伝子を発現できている。転写調節因子には、様々な細胞の型を誕生させる仕組みが潜んでいた。 転写調節因子には、分化した様々な細胞を、脱分化させる多機能転写調節因子の組み合わせで、分化した細胞を脱分化させ、多能性幹細胞(pluripotent stem cells)に誘導できるまで研究は進んだ。更に、4種類の転写調節因子の遺伝子を人為的に発現させることにより、線維芽細胞を初期化し、EZ細胞(胚性幹細胞)に似た多能性細胞に変えられる。ES細胞のように多様性細胞に分化できる分化万能性 (pluripotency)と、ES細胞とどうように、これらのiPS細胞(アイピーエスcells)は培養すると無限に増殖し、分裂増殖を経ても、その細胞の性質を維持できる自己複製能力を持つ。 平成18(2006)年、山中伸弥率いる京都大学の研究グループによって、特定の転写調節因子の一揃いを使って、マウスの培養線維芽細胞を再プログマ化(初期化)した。胚から作ったES細胞と外見も動作をよく似た人工多機性幹(iPS)細胞(induced pluripotent stem cell)が作られた。iPS細胞は、細胞外から適切なシグナル分子で刺激すると、ヒトの体の殆どの種類の分化細胞集団を作ることができ、研究や治療に貢献するようになる。 |