染色体と遺伝 | ||||||||||
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DNA DNAが遺伝物質 生物進化と光合成 葉緑素とATP 植物の葉の機能 植物の色素 葉緑体と光合成 花粉の形成と受精 ブドウ糖とデンプン 植物の運動力 光合成と光阻害 チラコイド反応 植物のエネルギー生産 ストロマ反応 植物の窒素化合物 屈性と傾性(偏差成長) タンパク質 遺伝子が作るタンパク質 遺伝子の発現(1) 遺伝子の発現(2) 遺伝子発現の仕組み リボソーム コルチゾール 生物個体の発生 染色体と遺伝 |
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1)真核生物の染色体構造 ヒトの大人は、およそ60兆個の細胞からできている 。それは、たった1個の受精卵という細胞から始まる。この受精卵は1個の卵と1個の精子とが結合することによってできる。受精卵は母のお腹の中にある子宮の中で、266日間、細胞の分裂と分化をくりかえして発育し、赤ちゃんになる。やがて、ヒトの成体を形作る細胞は、およそ200種類の形や働きの違いで、大まかに分類できるようになる。 単細胞の細菌を作るだけでも、そのために必要な遺伝情報を書き込むには、大量のDNAが要る。ヒトのような多細胞生物になると、更に膨大なDNAが要る。ヒトの1個の細胞に含まれるDNAは、長短さまざまの46本の断片に区切られているが、それを全部をつなげると、その長さは約2mにもなる。その約2mのDNAが入っている核の直径は、約5~8µm(マイクロメートル;0.001 ミリメートル)しかない。これは、テニスボール内に、40kmもの極細糸が、たたまれているようなものである。 細胞の核内には、DNA分子に暗号化された遺伝子情報を持つ、2分裂された、ヒトでは、22対の常染色体と1対の性染色体、計46本の染色体が存在する。性染色体の組み合わせは特殊で、女性では2本のX染色体、男性ではX染色体とY染色体1本ずつとなっている。女性の2本X染色体のうちの片方は不活性化されており、顕微鏡下ではバー小体(Barr body)と呼ばれるほど、極めて短く、しかも明らかに休眠状態にある棒状に観察される。 雄では1本しかないX染色体で、生存に不可欠な遺伝子を発現させているが、雌では2本のX染色体があるため、それぞれが遺伝子を発現すれば過剰となり、それを避けるために片方のX染色体を不活性化しているようだ。有袋類では、父親由来のX染色体を選択的に不活性化し、遺伝子発現を抑制している。ヒトの場合、どちらのX染色体が不活性化されるかは未解明だが、いったん不活性化が起こると、そのX染色体の不活性化状態は変化しない。 男性の持つY染色体は、変異しづらいとされてきた。しかし最近の研究では、Y染色体においてもX染色体との交叉による乗り換えが起こっていることが判明した。またY染色体内でも、自身の遺伝子の位置が入れ替わっていることが明らかになった。実際にはY染色体の変異は比較的頻繁に起きているようだ。 常染色体は大きさの順に1番から22番までの番号がつけられている。生殖細胞(精子や卵)や高度に専門化してDNAを持たない成熟赤血球などを除き、ヒトの細胞には、染色体がそれぞれ2コピーずつ含まれている。1つは母親から、もう1つが父親から受け継いだもので、この1対を相同染色体と呼ぶ。相同でない染色体は、男性の性染色体対だけである。父親由来のY染色体と母親由来のX染色体が対になっているためである。ヒトの1個の細胞の核には、23対の染色体が含まれていることになる。 細胞はDNAを複製して二分裂して増える。細胞増殖の過程は、多細胞生物の細胞をはじめ細菌や酵母などを含むすべての生物種で起こり、細胞はこれにより遺伝情報を代々受け渡していく。 多細胞生物が、次世代の個体を作り出す生殖は、体細胞分裂よりも随分と複雑な過程で、精緻な発生周期を経て、1個の細胞から個体のすべての細胞や組織と器官を新たに作り上げる。 この最初の細胞は、普通の細胞ではなく、特別な起源を持ち、動植物の大部分の種では、2つの個体、つまり母親と父親に由来する2個の細胞が融合してできる。この細胞融合は、有性生殖の過程で、中心となる第一の出来事であり、2つのゲノムが合わさって新しい1つの個体を形成するゲノムが出来上がる。 有性生殖を行なう生物の遺伝情報を継承する仕組みは、単純な細胞分裂や新しい個体の出芽によって、自分の遺伝情報を無性的に受け渡す生物で働く仕組みと比べると、はるかに複雑な制御システムが働いている。 植物でも、多細胞からなる側枝を出し、これが親木から独立して、新しい植物体を作る無性生殖の例も多い。ヒドラは出芽を伸ばして切り離し子となす、子は親と遺伝的には同一である。再生研究のモデル生物として用いられるプラナリア(ウズムシ)という動物は、2つに切れても、それぞれが失った部分を再生し完全な2個体ができる。昆虫やトカゲや鳥の中には、単為生殖で発生する卵を雌が産む種もある。この場合、雄も精子も受精も必要とせず、健康な雌が生まれ、その次世代の生殖も同じ方法で増えていく。 無性生殖は、単純で直接的な生殖方法だが、親個体と同一な子しか生まれない。有性生殖の方は、2つの個体に由来するDNAが混ざり合うので、生まれた子は、遺伝的にも親とも兄弟とも異なる。この生殖方法を、大部分の動植物が採用しているので、大きな利点があるとみられる。 有性生殖を行なう生物は、普通二倍体である。二倍体生物は、各々の細胞に両親から1組ずつ受け取っているから2組の染色体が揃う。両親は同一種なので、母方と父方の2組の染色体は似ているが、大きな違いがあるのが性染色体(sex chromosome)である。性染色体により、一部の種で、雄と雌の違いを作り出している。二倍体細胞では、性染色体以外の常染色体は、母方と父方それぞれに由来し、それが対をなす相同染色体となるため、同じような遺伝子がセットで存在するようになる。 二倍体生物の有性生殖で、重要な過程にかかわる生殖細胞(germ cell;d rm cèll)、即ち配偶子(gamete; ǽmi t)は、多くの細胞と異なり一倍体である。各配偶子には1組の染色体しかない。殆どの生物は雄と雌が異なる配偶子を形成する。この2種類の一倍体の配偶子が、融合して二倍体細胞となり、これを受精卵、あるいは接合子(zygote;zái out)という。 動物では、1つが大型で運動性のない卵と、もう1つが小型で運動性のある精子がある。この違いは、雌性配偶子(しせいはいぐうし)が、大量の細胞質を抱えているが、雄性配偶子にはそれが殆どないためである。しかし卵と精子において、子の貢献度に変わりがないことから、細胞質が遺伝の本体でないことが分かる。走査型電子顕微鏡写真で、多数の精子は1個の大きな卵に付着しているのが観察されるが、受精されるのは1個だけである。 接合子は、母方と父方両方の染色体群を持つため、両親のどちらとも異なる染色体群を持つ新しい個体として発生する。また両親に由来するDNAが混ざり合うので兄弟とも違うものになる。 ヒトの生命は1個の卵と1個の精子とが結合してできた受精卵からはじまるから、もし、卵と精子が体細胞と同じ量の遺伝子を持っていると受精のたび毎に遺伝子が倍化してしまう。そのようなことが起こらないように卵と精子ができる時には遺伝子が半減する特別な細胞分裂が起こる。これを減数分裂(成熟分裂)という。 脊椎動物を含むほぼすべての多細胞動物は、実質的には生活環のすべてを二倍体で生活する。一倍体細胞はごく短期間しか存在せず、遺伝子の受け渡し機能を果たすためだけに存在する。こうした一倍体の配偶子は、二倍体の前駆細胞から減数分裂という特殊な細胞分裂によって作られる。これらの前駆細胞系列は、生殖細胞を作るだけに特化し、生殖系列と呼ばれ、子を残さない体細胞と区別される。精子と卵は、二倍体の生殖系列細胞の減数分裂で作られるが、受精すれば、一倍体の卵と一倍体の精子が融合し二倍体の接合子を形成する。生殖系列細胞以外のヒトの大部分を占める体細胞の役割は、生物学的には、この生殖系列の生殖細胞が、生き延びて増えるのを助けるだけのために存在し、それを使命としているようだ。 有性生殖周期では、各細胞に染色体群が1組はいっている一倍体細胞の世代と、各細胞に染色体群が2組入っている二倍体細胞の世代とが交代する。交代の意味は、有性生殖をする生物が、遺伝的に多様な子孫を作り出すことにある。 有性生殖が行なわれる度に、染色体の組み合わせが新しくなる。減数分裂では、二倍体の生殖系列細胞にある母方と父方の2組分の染色体が、1組ずつに分かれて配偶子に入る。その際、配偶子が受け取る染色体群に、母方と父方の相同染色体が混じり合う。そのため受精により2個の配偶子のゲノムが混合し、固有な組み合わせを持つ染色体群からなる接合子ができあがる。 母方と父方の相同染色体に同じ遺伝子があるなら、染色体の組み合わせがなぜ重要なのか。それは、各相同染色体にある遺伝子セットは同じでも、それぞれが受け継ぐ遺伝子の父方と母方のバージョンは、同じでない。 遺伝子には多型があり、その同じ遺伝子座を占める個々の遺伝子を「対立遺伝子(allele)」という。1つの生物種が抱える「遺伝子プール」には、それぞれの遺伝子ごとの多数の異なる対立遺伝子が存在している。このことから1つの個体にある任意の遺伝子のコピーは、互いにやや異なり、他の個体にあるコピーともやや異なっている。同じ種でも個体ごとに、遺伝的であっても、それぞれ異なっているのは、対立遺伝子が異なる組み合わせで受け継がれているからだ。有性生殖は、二倍体⇒減数分裂⇒一倍体⇒細胞融合⇒有精卵というサイクルを経て、対立遺伝子の古い組み合わせを壊して、新しい組み合わせを作り出している。有性生殖は、遺伝子組換えという第2の仕組みでも、遺伝的多様性を生み出している。 2016年10月24日、大阪大学大学院の和田直樹特任助教らの研究グループは、シロイヌナズナという植物の細胞とヒト細胞を融合する試みをした結果、部分的にではあるが、世界で初めて人間と植物の細胞融合に成功したという。研究グループによると、ヒト染色体を維持する仕組みが植物染色体にも働くことが判明し、共通祖先から分岐して約16億年を経ても、人間と植物の間で遺伝子発現の仕組みが保存されていたという。 まず減数分裂に先立って遺伝子の複製が起こる。第一減数分裂が始まると染色体が姿を現し、相同染色体同士が平行に並ぶ。さらに相同染色体の間で遺伝子の一部を交換する現象が起こる。それぞれの相同染色体は別々の細胞に移動し、この時点で染色体数は半分になる。それぞれの細胞は分裂間期には入らずそのまま第二減数分裂に移行し、体細胞分裂と同様にそれぞれの染色分体が別々の細胞に移動して、遺伝的に同一でない4個の細胞が形成される。精子の場合は、4個の細胞すべてが受精能をもつ精子となる。卵も2回分裂して4個となるが、うち1個のみが卵細胞となり、他の3個は核と少量の細胞質しか持たないため、退化してやがて消滅する。これら3個を極体という。 目次へ |
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2)遺伝的変動と進化の解明 自然界には、完全に新しく長い塩基配列を作り出す機構は存在しない。そのため完全に新しい遺伝子やゲノムは現れていない。ヴィクター・B.シェファーが表現する、生物界にみられる形や機能の「めぐるめく生物の多様性」は、すべてが、それぞれの生物が祖先から受け継いだDNA塩基配列を素材にして、既存の主旋律を組み替えて編曲するようにして、遺伝的変動を何百万回という世代にわたって積み重ねるにことにより、大きな変化を生み出してきた。 遺伝子とゲノムは、複数の機構によって変化する。遺伝子内の小さな変異・調節DNAの変異・遺伝子の重複と欠失・ゲノムの再編成、あるいは新たな遺伝物質の取り込みさえもが、すべて、ゲノムの進化の一因となる。 紫外線・放射線・化学物質などによって、遺伝子の塩基配列は絶えず破壊されている。通常、破壊された遺伝子を修復する酵素や機構が働き、体の異常として表れないが、程度を超えれば細胞は癌化する。 染色体のある場所から別の場所へと移動できる特殊なDNA配列が、遺伝子の活性や調節を変えることがある。その「動く遺伝因子」は、遺伝子調節配列に入り込んでいるが、こうした寄生因子の移動は、遺伝子重複・エキソンの混ぜ合わせ・その他の調節の変化などの要因となるばかりか、ゲノムの再編成や様々な遺伝的変化を促進する。 人類の歴史を遡り、ヒトゲノムともっとも遠縁の生物のゲノムと比較すると、例えば、ヒトとマウスの系譜は、約7,500万年前に分かれた、とみられている。両者のゲノムは、ほぼ同じ大きさで、ほぼ同じ遺伝子が含まれている。両方とも「動く遺伝因子」だらけで、しかもヒトとマウスのDNAに見出される「動く遺伝因子」の塩基配列は似ている。ヒトとマウスの「動く遺伝因子」は同一ではないが、類縁関係にある。そこで、重要なのが、分布の違いである。2つの種が分岐して以来、それぞれのゲノムで、これらの因子が増え続け動き回り、これほどまでに種の違いとなって発現された。 「動く遺伝因子」の移動に加え、過去7,500万年の間に、染色体の切断と組み換えが何度も起こり、ヒトとマウスのゲノム編成を大規模に改造した。こうした「切断と連結」は180回起こったと推定され、それにより染色体構造が劇的に変化した。例えば、ヒトでは大部分のセントロメア(centromere)は、染色体の中央付近にあり、染色体の結合の中心になっているヌクレオソーム(染色体の基本構成単位で、ヒストンからなる芯にDNAが2回巻き付いたもの)にあるが、マウスのセントロメアは、染色体の両末端にある。ヒトのセントロメアは、染色体の長腕と短腕が交差する部位、染色体のほぼ中央に位置することからこの名が付けられた。 典型的な分裂期染色体は、高度に凝縮している。間期にDNAが2倍になるので、分裂期染色体には、2本の全く同じ娘DNA分子が含まれる。染色体が2倍になると、細胞は有糸分裂、つまり核が分裂するM期へ進行する。有糸分裂では複製で倍加した染色体が凝縮し、遺伝子の発現が殆ど止まり、核膜が壊れて微小管などのタンパク質からなる紡錘体が形成される。M期に、凝縮した染色体が2本になり、その中央部のセントロメアに紡錘体が結合して、染色体は1セットずつ細胞の両端へと引かれる。そして分配された染色体セットの周りに核膜が形成される。M期の最終段階で、細胞が分裂し2個の娘細胞ができる。 細胞のゲノムは、簡素であるが密である。真核生物のゲノムは大きく、ヒトのゲノムDNAは、大腸菌の700倍ほどある。ただし、遺伝子の数は、それほど違わない。ヒトの遺伝子の数は大腸菌の約6倍に過ぎない。それにヒトの遺伝子とそれを指令するタンパク質の多くは、ファミリー(進化上の共通祖先に由来すると推定されるタンパク質をまとめてグループ化する)にまとまってしまう。例えば、ヘモグロビンファミリーは、近縁の9個の遺伝子からなる。このため、本質的に異なるタンパク質の数は細菌に比べても、それほど多くない。しかも似た遺伝子が細菌にもある割合が高い。 様々な生物のゲノム塩基配列を比べると、「ファミリーの類似性」が高い。別々の生物から採取した2つの遺伝子の塩基配列がよく似ていれば、この2つは、共通する祖先遺伝子に由来する可能性が高いとみられる。このような遺伝子とそのタンパク産物を「相同である(homologous)」という。 古細胞・細菌・真核生物という3つのドメイン(生物分類学で界の上に位置する最上位の分類群。古細菌・細菌・真核生物の三つのドメイン)の多様な生物の全ゲノム塩基配列を基に、壮大な進化の分岐全体に及ぶ相同性を系統的に探れるのである。それらが共通に受け継いだ内容から、生命の起源を解くことになる、ごく初期の始原細胞にまで遡ろうとしている。 進化の歴史は、長い歳月をかけてゲノムを変化させる仕組みの構築であった。個々の生物のゲノム内で起こる遺伝的変化だけでなく、異なる種の個体間で遺伝子やゲノムの一部が交換されたこともある。この「遺伝子の水平伝播(horizontal gene transfer)」の機構は、真核細胞ではめったに起こらないが、接合によってDNAを交換できる。細菌の「遺伝子の水平伝播」は、電子顕微鏡でよく観察され、写真でとらえている。遺伝物質を供与する側の供与菌が、性線毛という微細な付属機関を長く伸ばして、受け取る側の受容菌に接着すると接合が始まる。続いて供与菌のDNAが性線毛を通って受容菌に移る。受容菌の遺伝的性質が供与菌のものに変わる。1928年、フレデリック・グリフィス(Frederick Griffith)が、肺炎球菌の無毒性の株が、有毒性の株からの抽出物によって有毒化される現象を発見したことに始まる。グリフィスは、ハツカネズミを使いバクテリアの形質転換を発見した。その実験は、遺伝情報が転移できることを示唆し、後にDNAとは何かということを解明する重要な手がかりとなり、分子生物学の基礎を築くことになる。 接合に関わる性線毛は、ある細菌と同種、または異種の細菌の細胞膜同士を架橋する。プラスミド (plasmid) は細胞内で複製され、娘細胞に分配される染色体以外のDNA分子の総称で、細菌や酵母の細胞質内に存在し、染色体のDNAとは独立して自律的に複製を行う。一般に環状2本鎖構造をとる。 細菌の接合を起こす「Fプラスミド」、抗生物質に対する耐性を宿主にもたらすもの「Rプラスミド(R因子)」などがその主要機能とされている。 供与菌の性線毛の先が受容菌に結合すると、.Rプラスミドは、薬物耐性を決定するプラスミドを持つ薬剤耐性菌と、これを持たない感受性菌の接合が起こり、薬剤耐性プラスミドが伝播する。大腸菌や赤痢菌などの薬剤耐性菌は、性線毛を介して感受性菌を耐性菌に変えられる。ウエルシュ菌のような性線毛を持たない耐性菌でも、感受性菌と密着することによって耐性化する。このような薬剤耐性を接合によって伝達するプラスミドを伝達性Rプラスミドという。 大腸菌は、過去1億年以内に、そのゲノムの約5分の1を、他の細菌から獲得している。このような遺伝子の交換は、今日、危険を招く新種の薬剤耐性菌を出現させている。抗生物質耐性を賦与する遺伝子は、種から種へと簡単に伝達され、その耐性遺伝子を受け取った細菌は医療現場で細菌感染に対して使われる抗菌薬を無効化し、ありふれた細菌感染に使われてきた抗生物質の効力失わせている。今や、淋病を発症さえる淋菌の大部分は、ペニシリンに耐性を示している。 進化の長い歴史は、祖先が共通なために塩基配列が類似している相同遺伝子が、進化的に相当離れている種同士にも認められる事実を見せつけた。ヒトの遺伝子と相同な遺伝子が、少なからず線虫・ショウジョウバエ・酵母などの生物に見つかり、それは細菌にすら存在していた。脊椎動物の進化に至る系譜は、線虫と昆虫に至る系譜から6億年以上前に分岐したとされている。これら3種のゲノムを比較すると、それぞれの種の遺伝子の約50%に、他の2種の片方または両方に明らかな相同遺伝子が見つかる。ヒトの全遺伝子の少なくとも半分は、線虫と昆虫とヒトの共通祖先に存在していた遺伝子なのだ。 細胞は生命の基本単位である。現存する細胞は、すべて30億年以上前に存在した1個の祖先細胞から進化したと考えられる。多細胞生物体として進化したヒトの細胞は、同じDNAをもっているのに大きく異なっている。それは各細胞の発生段階に、外から受け取るシグナルに応じて異なる遺伝子の組み合わせが使われるからである。 ゲノムの塩基配列を見る時、「遺伝子中心的」になりがちだが、ゲノムに含まれるのは遺伝子だけではない。ヒトのDNAの大部分は、タンパク質や機能を持つRNA分子を指令しないが、遺伝子活性を調節する塩基配列と、あってもなくてもよさそうな塩基配列からなる。 真核多細胞生物のゲノムには、調節DNAが大量にあるので、多様な遺伝子を時と場所に応じて働かせる、極めて複雑な手の込んだ方法がとられる。遺伝子がいつどこで発現するかは、遺伝子の活性を調節するDNA塩基配列により影響されるが、ヒトと魚類は驚くほど多数の遺伝子を共通に持っている。こうした遺伝子の調節のかかわる変化が、最も劇的な種の違いとして表現される。 細胞と複雑な生物の誕生・成長・発達・増殖のプログラムが、ある限られた長さのDNAの中に存在しているという驚嘆に値する事実と、DNAの仕様に従って細胞が作る基本的部品のリスト、つまりタンパク質のセットの数は、自動車の部品の数とあまり変わらず、しかも、これらの部品の多くは、動物に共通なだけでなく生物全体に共通している事実が解明されてきている。 遺伝子に起こる単なる変異から、ゲノムに起こる広い領域の重複・欠失・再編成・付加といった遺伝的変動が、それぞれの現存生物の進化の過程で、重要な役割を果たしてきた。生物は進化し続け、遺伝的変動は今日でも行われている。 遺伝情報に、あるところで遺伝的変動が生じたら、安定性と変化の間で均衡をとる必要が生じる。変異率が高すぎれば、その個体の生存に不可欠な遺伝子に変異が蓄積され、その生物は死に絶えるだろう。ある種が進化の過程で生き延びるためには、個々の個体が遺伝的記憶をしっかり保つDNA複製の高度な忠実性も必要で、その一方、変化する状況に適応しなければならないならし、その変化を取り入れなければならない。その変化が改善となり、その選択によってその種は存続するだろう。変化が中立なら蓄積されるかどうかは不明だが、変化が破滅を招くなら自然選択され不運な被験者として死ぬが、その種はおそらく生き延びるだろう。 有性生殖をする多細胞生物では、系統樹のつながりはもっと複雑になる。生物個々の細胞は分裂するが、特殊化した生殖細胞(germ cell)だけがゲノムの写しを生物の次世代に受け渡す。体内のそれ以外のすべての細胞は、即ち体細胞(somatic cell)は、進化の過程で自分自身の子孫を残さず、死ぬ運命にある。体細胞は、生殖細胞の存続と増殖を助けるために存在するにすぎないといえる。 体細胞に生じる変異は、その個体に、例えば癌を生じる不運を招くことがあっても、その生物の子孫には伝わらない。変異を次世代に伝えるためには、生殖系列(germ line)にある生殖細胞を生み出す細胞系譜を変えなければならない。そこで有性生殖をする生物の進化の過程で、蓄積する遺伝的変化をたどるとき、生殖系列の細胞に生じた出来事を見ることになる。一連の生殖系列細胞の分裂を通して、有性生殖する生物は、その祖先とのつながりの究極には、35億年以上も遡る生命が誕生した、その最初の細胞にたどり着くはずだ。 有性生殖は、種を存続させと共に、雄と雌との生殖細胞が受精過程で合体すると、いずれの親とも異なる子ができる。有性生殖をする生物の交配によるゲノムの混合により遺伝的変異が生じ、それが受け継がれる仕組みの多くは、生きとし生ける生物すべてが共有している。 目次へ |